第198話 社畜、聖女の実力を知る①
アンリ様の初陣(?)は、顔合わせの二日後となった。
「うっわ……この山、妖魔の気配だらけじゃない!」
「確かにこういう寂しい山道って、妖魔の格好の隠れ家だよね」
「みんな、気をつけて。物陰が多い場所は奇襲に遭いやすいよ」
日の落ちかけた山道を歩きながらも周囲に目を光らせているのは、朝来さん、加東さん、能勢さんの魔法少女三人衆である。
寂しい山道を派手な格好で歩く少女三人の姿は非現実的で、まるで悪い夢の中に迷い込んだような光景だった。
ここは本社から電車で三十分ほど揺られた先にある、ちょっとした山の中。
いちおう縄文時代だか弥生時代の遺跡が発掘された場所らしく、山全体が里山公園という体で整備されている。
そのせいか俺たちの歩く道には所々に街灯が設置されており、視界はそれほど悪くなかった。
すでに一帯はマスコットたちによる『遮音結界』により封鎖済みで、耳が痛くなるほどの静けさだ。
そのおかげか、うっすらとマナの残り香のようなものが漂っているのが感じ取れる。
不思議な感覚だが、これが妖魔の気配であることは直感で分かった。
ちなみに俺がいるのはアンリ様の護衛のためだ。
彼女は三人と違って生身なので、万が一の事態に備え、後方待機ということになっている。
そして今回は初陣とはいえ、『見取り稽古』の意味合いが強い。
基本的にはアンリ様は戦闘に加わらず、魔法少女組が戦っているところを見学してもらうのが主な目的だ。
ちなみに桐井課長も他部署との打ち合わせが入っていなければ参加したかったそうなのだが……こればかりは仕方ない。
『ヒロイ様、この森の様子……どことなく『聖域』のような厳かな雰囲気も感じますが……『魔界』のような禍々しさも感じます。ここはどういう場所なのですか?』
俺の隣を歩きつつ、アンリ様がそんなことを聞いてくる。
さすがにうまく日本語で表現しづらいのか、喋っているのは『大陸語』だ。
俺も彼女が理解できるよう、『大陸語』で説明をする。
『ここは……そうですね、元々この辺りには小さな遺跡があったそうです。もっとも今はもう遺構もほとんど残っておらず、跡地に広場があるくらいですが……禍々しい雰囲気は、おそらくここに巣食う『妖魔』……『魔物』のせいでしょう』
『なるほど……そうであれば、この不思議な雰囲気も頷けます』
アンリ様は合点の言った顔でそう頷いたあと、興味津々な様子であたりを見回した。
今回、この場所で目撃情報があったのは『土蜘蛛』という魔物だ。
俺も実物は見たことがないが、ブリーフィングの際に妖魔の写真を確認したから特徴は分かる。
頭部が人間で、身体が蜘蛛。
大きさはだいたい中型犬くらいで、群れで行動する。
おそらく対峙した魔法少女かマスコットが撮影した写真だろう、なかなかに生理的嫌悪感を催す見た目の妖魔だった。
ちなみに見た目はともかく、戦闘力はさほどではない……とのことである。
「ちょっと、二人とも来て!!」
……などと考え事をしていたら、先をゆく朝来さんの声が聞こえた。
険しい声色だ。
「何かありましたか?」
「……ッ、これハ……」
急いで彼女たちのもとに駆け付ける。
俺の隣で、アンリ様がそれを見て息を呑んだ。
「……妖魔に捕食されたあとだわ」
険しい顔をした朝来さんたちの足元には、何かぼろきれのようなものが転がっていた。
「……これはまた、ひどい有様ですね」
灰色と黒の縞模様のペラペラのそれは、アライグマと思しき獣の毛皮だった。
まるで敷物のようにぺしゃんこで、骨すら残さず抜き取られたかのように見える。
よく見れば、周囲のあちこちにアライグマの残骸が散乱していた。
群れか何かを一網打尽にされたのだろうか。
近年、都市部にも出没してゴミなどを荒らしまわっている害獣アライグマだが……魔物に捕食されたあげくズタボロに打ち捨てられているのを見ると、さすがに何とも言えない気分になる。
……妖魔を片付けたら埋葬しておくか。
『ヒロイ様、どうやらここは魔物の狩場のようですね』
『そうですね。アンリ様、油断しないように』
『もちろんです……この子たちの魂が安らかに眠れますように』
アンリ様が油断なく周囲を見回したあと、アライグマの死骸に向かって数秒の間、黙祷した。
この惨状を見て物怖じしないのは、さすがは異世界人と言ったところである。
一方、加東さんは気分を悪くしたのか、青い顔で口を押さえている。
「うう……私、こういうグロいの嫌いなんです……」
「中二系ゴスロリ衣装でよく言うわね」
「ちょっ……!? 私、中二病じゃないよ!?」
「ちょっと二人とも、黙って。来るよ」
「「……!」」
能勢さんの警告で、二人がすぐさま戦闘態勢を取る。
「……囲まれてますね」
すでに俺の『オートマッピング』には複数の反応がある。
音もなく、四方から近寄ってきていたようだ。
だが、姿が見えない。
「姿が全く見えないけど……この森の微妙な妖魔の気配……偽装かしら?」
「多分、そうだと思うよ。もしかしたら擬態してるかも」
「……それにしては、遠慮なく気配が近づいてるんだよねぇ……なのに見えないってのがイラつくけど」
「四人とも注意してください。魔物は確実に接近しています」
この里山公園に入ったところから展開している『オートマッピング』によれば、すでに5メートル以内に妖魔が近づいている。
数は十体以上。
だが周囲には妖魔に気配はあるのに、影も形も見当たらない。
周囲が雑木林に囲まれているからといっても、今の季節はまだ春先だ。
視界を遮るような茂みはない。
だとすれば……隠密スキルなどを使っているのだろうか?
いや……だとすれば、魔法少女組はともかく俺やアンリ様が見破れないのはおかしい。
土蜘蛛はそれほど強力な妖魔じゃない。
となれば……そうか。
「違う、上だよ!」
俺が気づくのと同時に声を上げたのは、加東さんだった。
『アギィィッ!!』
それと同時に、四方八方から俺たちに向かって黒い塊が『降ってきた』。
中型犬ほどの大きさの――蜘蛛の化け物だ。
写真の通り、頭部が人の顔をしている。グロい。
ただし人間らしさは、目と鼻と口があるところまでだ。
ばっくりと上下左右に裂けた口腔には、鋭く長い毒牙が四本並んでいる。
なるほどこれは……アライグマを食い散らかした捕食者といった趣である。
「うわっ、キモッ……死ね!」
が、そこはさすがに魔法少女である。
朝来さんは顔をしかめつつも手に持った戦槌『ガベル』を振り回し、襲いかかってきた土蜘蛛をまとめて三体ほど叩き潰した。
「うぅっ、キモいキモいキモい!」
「はあ……『軍曹』なら益虫なんだけどねー……」
もちろん加東さんと能勢さんも、口では悲鳴を上げたり文句を言いつつも、的確に土蜘蛛を処理していく。
だが、襲いかかってくる妖魔たちの数は膨大で、なかなか数を減らさない。
もしかして、どこからか湧き出てきているのか?
例えば、ダンジョン化した遺跡から……とか。
それとも、他に本体がいるのかも。
それらを探すには、ひとまず襲撃を凌がねばならない。
俺も戦闘に加わりたいところだが……彼女らは俺と違って、妖魔を倒すことで武器や装備の強化ポイントが手に入ることになっている。
邪魔をするわけにはいかない。
「なんだってのよ! ポイント稼ぎできるからいいけど、こんな大量に妖魔を処理するの久しぶりなんだけど!?」
朝来さんが悪態をつきつつ武器を振り回す。
彼女一人で、もう三十体は倒しているだろうか。
すでに彼女の『ガベル』の先端は紫色の液体でドロドロだ。
「あっ……やばい! 朝来さん、後ろから妖魔が来てるぞ!」
『ギィッ!』
「えっ……」
目の前の妖魔を片付けた彼女が慌てて振り返る。
そこに、木の影から土蜘蛛の一体が彼女に飛び掛かろうとしているところだった。
朝来さんは目の前の妖魔を処理するのに手いっぱいだったせいか、背後の警戒がおろそかになっていたようだ。
そのせいで反応が一瞬遅れた。
――『別室』の資料によれば、土蜘蛛の牙から染み出す毒は強力な溶血毒だ。
魔法少女衣装で防げればいいが、貫通して皮下に毒を打ち込まれると重傷を負う可能性があった。
クソ、面倒だがフォローするしかないか……!
『魔眼光』をチャージせず、そのまま放とうとした、そのときだった。
「マキナチャン!」
隣のアンリ様が小さく叫び、ドン、と地面がえぐれた。
次の瞬間、彼女の姿が朝来さんのすぐ近くに出現した。
魔法少女もかくや、という俊敏さで一気に踏み込んだのだ。
アンリ様は飛び込みの勢いを殺さず、すらりとした長い足をブン! と振るう。
『ピギッ!?』
――ばちゅん!
次の瞬間、土蜘蛛の身体がはじけ飛んだ。
生身にも関わらず、魔法少女もかくやと言う凄まじい威力の回し蹴りだった。
「「「……えっ」」」
これには、さすがの魔法少女たちも動きが止まった。
「マキナチャン、大丈夫……ですカ!?」
「え、うん……」
アンリ様の圧倒的な戦闘力に驚いたのか、朝来さんが若干引いた表情で頷いている。
というか今……アンリ様、ちょっと光ってなかった?




