第196話 社畜と打ち合わせ
「廣井さん、明日からインターンシップの方がやってくることはご存じですか?」
月曜日。
逆魔女裁判地獄編をどうにか乗り切り会社に出勤した俺に、桐井課長がそう切り出した。
「明日からですか」
インターン、とはアンリ様の件だろう。
しかし明日からだったとは初耳だ。
「ええ」
桐井課長はため息交じりで頷いてから、先を続けた。
「社長肝入りの案件とのことで、各部署への調整などがあればすぐに動けるようにと準備しているのですが……まだ名前とか、どんな方なのかとか、まったく情報が降りてこない状況で。……もし廣井さんが何かご存じでしたら教えて欲しかったのですが」
ええ……
困り顔を浮かべる課長殿に、俺は苦笑を返すしかない。
そもそも『別室』は魔法少女に関することがメインだが人事課の一部だ。
それなのに課長にインターンの詳細が降りてきていないのはマズいだろう。
これでは受け入れの準備も何もあったものではない。
……とはいえ、桐井課長も誰かしらがインターン生としてやってくる、というところはではご存じだということがポイントだろう。
何が言いたいかといえば、そこで話が止まっているわけではなく、現時点まで社長殿が調整を重ねていた……とみるのが正しい認識なのではなかろうか。
何しろ、アンリ様は外国人どころか異世界人だ。
米国とか英国とかから普通にやってきた留学生とは性質が根本的に違う。
さしもの彼女でも、その辺の身分をどう辻褄合わせるかで何日かウンウン唸って悩まなければならなかったのだろう。
とはいえ、俺の側で仕事をしてもらうという話は出ているわけで……書類仕事などを手伝ってもらうような形だろうか?
いや、さすがにそれは無理な気がする。
ということは、魔法少女として活動することになるのだろうか。
いや彼女なら余裕でこなせるとは思うが……
「うーん、実は私も休暇中でしたし、特には……ん? これは」
そんなこんなで桐井課長と会話しつつ、休暇明け恒例の大量に溜まったメールをひたすら片付けていたところ……その中に社長からのメールが紛れていることに気づいた。
ちょうど、先週金曜日の夕方頃に来たもののようだ。
……そして、『CC』欄に課長のアドレスが入っていない。
つまりは俺だけに宛てたメールということになる。
「どうかされましたか?」
「いえ、社長から私宛にメールが……少々お待ちください」
桐井課長に返事しつつ、メールの中身を確認する。
これは…………
案の定、アンリ様のインターンに関する内容だった。
具体的な話は特になく、要約すると『社長室に来い』とのことである。
要するに桐井課長と情報共有する前に俺とのすり合わせを行いたい、ということだろう。
正直、しがない社畜としては上司である桐井課長を飛び越して動くのは抵抗感がすごいのだが……今回ばかりは事情が事情なだけに、致し方あるまい。
「すいません、どうやら社長室に呼ばれているみたいです。実は、インターンの方というのは私の知り合いでして。受け入れの話を事前にしておきたいみたいです」
「そうだったんですか! 廣井さんの、その……ご家族とか?」
桐井課長がおずおずと聞いてくる。
「いえいえ! ただの知り合い……ですよ」
なかなか説明の難しい間柄だが……アンリ様はただの知り合いだ。
異世界の、だが。
◇
「おお、来たか。休暇は楽しめたかのう?」
社長室に入ってすぐ、ソファに腰掛けリラックスした様子のソティが目に入った。
すでに彼女は魔法少女姿に戻っている。
もちろん人払いは済ませてあるようで、秘書のお姉さんもいない。
完全に二人きりだ。
「お疲れ様です、社長。……お陰様で」
「そんな堅苦しい挨拶はよいのじゃ。ワシとお主の仲じゃろう?」
そう言ってニヤリと笑みを浮かべるソティ。
だが俺は慌てず騒がず、軽く頭を下げる。
「親しき中にも礼儀あり、と申しますので」
「…………慇懃無礼、という言葉もあるのじゃが……まあよい。内容はともかく、呼ばれた理由は分かっておろう?」
「アンリ様の件ですね」
「うむ」
ソティは頷いてから、続けた。
「インターンの件じゃが……アンリ殿には当面の間、魔法少女として活動してもらおうと思うておる。実はお主の休暇中に、何度か彼女と話し合いをさせてもらってな。そのうえで可能と判断したのじゃ。……了解を得るのは、これからじゃが」
「……そうですか」
まあ、想像していた通りの回答だ。
当たり前だが、日本語がまだまだうまく喋れないアンリ様に書類仕事を任せることはできない。
そもそも人事の仕事は機密情報の塊だからな。
一般のインターンでも無理だ。
さらに俺の目の届く範囲で、となれば……やれることは限られてくるわけで。
「ひとつ確認じゃが、アンリ殿は『魔法』を使えるのじゃな? さすがに部屋で使われるわけにはいかぬ故、聞いただけなのじゃ」
「それは確認済みです。ただ、こちら側でどれだけ威力が発揮できるかは未知数ですが」
「ふむ……マナ濃度の問題じゃな……まあ、問題はなかろう。魔法の種類は分かるかえ?」
「一応、治癒系の魔法と隠密、変装などの魔法を使えると聞いております」
聞いたというか『鑑定』で知ったのだが……そこは伝える必要はないだろう。
ついでに、『次元書庫』なる魔法の存在も。
「うむ、悪くないのう。全員攻撃特化の魔法少女組には回復要員が必要じゃからな」
「……アンリ様を他の魔法少女と組ませるのですか?」
「当然じゃろう? それともアンリ殿一人で妖魔狩りを任せるつもりじゃったか?」
「私と一緒に行動するとのことで、私が攻撃側に回るのかとばかり思っていました」
「この場でボケるとは、お主も存外お茶目な性格じゃのう」
お前は何を言っているのだ、みたいな表情でソティがツッコミを入れてくる。
「お主が前に出て戦うとして、アンリ殿の活躍の目があると本気で思うておるのか?」
「いや、それは……」
ないとは言い切れないが……あまり想像できないのも確かだ。
「まあ、よかろう。人選は、考えておる。お主も知っておるメンツじゃ」
「……もしかして」
「現在本社周辺を担当しておるのは、マキナ、セイラの二人じゃ。それと……彼女らは最近ルナとも仲良くしているらしいのう」
どうやら社長殿は彼女らのプライべートもよくご存じらしい。
こっそり連中の素行チェックでもしているのだろうか。
加東さんはともかく、朝来さんはちょっと危なっかしい性格をしているからな。
……いや、まて。
ということは……まさか俺はストーキングとかされてないよな!?
今度自宅のコンセントとか家電製品をチェックしておかねば。
「…………お主、今めちゃくちゃ失礼なこと考えておったじゃろ?」
「滅相もありません。それで……いつからですか?」
ジト目で睨んでくるソティをスルーしつつ、俺は話を先に進める。
まあ、魔法少女三人組のことならば活動の実績が桐井課長経由で上がってくるだろうし、ソティが把握していてもおかしくないわけだが。
「……本格的な活動は来週からじゃ。本人には、明日会社まで来てもらって説明をする予定じゃ」
「承知いたしました。以後は桐井課長も交えての打ち合わせとする方がよろしいのでは?」
「うむ。早速ですまぬが、30分後に下の会議室で集合じゃ」
「承知いたしました。ひとまず桐井課長に伝えてきます」
「うむ」
ということで、アンリ様の魔法少女生活がスタートすることになった。




