第195話 社畜とワルプルギスの夜
「……なるほど、そういう経緯があったんですね……」
俺は居心地の悪さを感じながら、テーブルのポテチを摘まんだあとそう呟いた。
アンリ様の部屋は、六畳ほどのワンルームだ。
俺はテーブルの前に置かれたクッションに座らされていた。
いわゆる誕生日席というやつである。
そして俺の隣にピッタリと陣取るニコニコ顔のアンリ様。
さすがに肩が触れ合う距離なのはどうかと思うが、彼女が気にする様子はない。
テーブルを隔てて反対側に座るのは、朝来さんと加東さん。
二人は一見すると和やかな笑みを浮かべている。一見は。
「それにしてもまさか廣井さんがアンリちゃんはずっと前からお知り合いだったんですねえ私は知りませんでした」
ええと、加東さん。
肺活量すごいのは分かったけど適度に息継ぎしながら喋ってほしい。怖いから。
あと朝来さん。
笑顔なのはいいけど瞳孔拡大しすぎて俺を見る目つきが獲物を狙う虎みたいになってますよ。普通に怖いよ!
ちなみに能勢さんは最初に『お疲れ様でーす』と俺に挨拶したあとはベッドの上でスマホをずっと弄っている。
おそらくこちらに関わりたくないのだろう。
俺だったら絶対関わりたくない。
そう。
なぜか俺は、アンリ様と魔法少女三人の女子会に強制参加させられていた。
ただアンリ様に差し入れを持ってきただけなのに、どうしてこうなった。
もちろん俺は、彼女にお菓子を渡してさっさと退散するつもりだったのだ。
だがアンリ様は、踵を返して扉へ向かおうとする俺の肩をガッ! と掴み、にこやかな顔でこう言った。
『ヒロイ様も一緒にお話し、しますよね?』
ていうかアンリ様、想像以上に腕力というか握力が強い。
下手をすれば成人男性の平均握力の倍くらいはあるんじゃなかろうか。
一般人だったら肩の骨を砕かれてもおかしくない力だ。
……ゴリ……いやなんでもない。
とにかく。
俺は見た目は超絶美少女の人外フィジカルエリート聖女様によりこのお誕生日席に強制的に着席させられ、今ここにいる。
そして当のアンリ様は事態が分かっているのか分かっていないのか、俺の隣に座り大変ご満悦なご様子である。
パッと花が咲くような笑顔とは、まさに彼女のような表情を指すのだろう。
っていうかなんなんだよこの女子会逆魔女裁判かな?
◇
ちなみに、まだ日本語が堪能とは言えないアンリ様に代わって事情を説明してくれたのは加東さんだ。
どうやら俺が異世界で滞在している間に、魔法少女三人組とアンリ様が友達同士になってたらしい。
きっかけは、アンリ様が地元のヤンキーにナンパされているところに偶然通りかかり、助けてあげたからだとか。
その後三人はどういう訳かアンリ様と意気投合し、ここ数日は学校が終わるとほぼ毎日遊んでいるらしい。
おかげでアンリ様が退屈しなくて済んだのと、日本語能力が格段に向上しているので三人に対しては感謝の気持ちもある。
本来ならば、俺がしっかり面倒を見なくてはいけないことだからな。
ちなみに自己紹介はすでに済んでいるらしく、アンリ様は三人が『魔法少女』だということをご存じだった。
まあ、アンリ様もこちら側の基準で言えば魔法少女みたいなものだし問題はなかろう。
違いと言えば、マスコットがいないことくらいか。
それにしても、たった数日で片言ながらも日本語が話せるようになったアンリ様のスペックの高さに驚くしかない。
まあ、聖女様って基本ハイスペックだろうけどさ。フィジカルとか。握力とか。あと魔法も使える。
「……で、廣井さん。アンリとどういう関係なわけ? ていうかこの子と知り合いだったとか、私聞いてないんだけど?」
テーブル越しに身を乗り出して肩肘をつき、朝来さんが切り込んできた。
相変わらず目が怖い。
ていうか人間って、こんな真っ黒な深淵を称えた瞳になることができるんだな。
あと彼女の周囲に『ビキビキ』とか『おぉん!?』とか『!?』みたいな擬音が見えるし周囲の空気が歪んで見える。
さすがは魔法少女、この世の理を覆す存在。
変身して尋問(物理)しないのは、最後に残った一欠片の理性ゆえか。
多分朝来さんは『深淵魔法』を伝授したらすぐに使いこなせると思う。
……とりあえず今の俺は、ものすごくかつ丼が食べたい。
とはいえ、俺もこんなところでJCに眼力で負けるつもりはない。
何しろ俺の左目は魔眼だからな。
またチリチリ火の粉が舞わないかだけが心配だったが、とりあえず今のところは落ち着いている。
大丈夫だ、問題ない。
俺はニッコリ笑みを返しながら、彼女たちに返答する。
「実はアンリ様とは、出張先で知り合いまして」
「「…………アンリ『様』?」」
朝来さんと加東さんの声が重なり、さらに室内の空気が『ビキィッ!?』と硬さを増した。
……どうやら俺は選択を間違えたらしい。
フラグとか選択肢とかが見えるかセーブポイントまで戻れるタイプのスキルの出現が待たれる。
いやまあ、彼女たちの気持ちも分からないでもない。
俺みたいなおっさんがJCくらいの年頃の女の子に『様』付けして呼べば気にはなるだろうし。
もちろんこういう事態に備えて言い訳は用意してある。
さすがにそこは、アンリ様とも口裏を合わせ済みだ。
それは、先ほど加東さんから聞いた話からも間違いはない。
「すでにアンリ様から聞いているかもしれませんが、実は彼女、とある外国にある取引先の関係者でして。仕事柄、口外できないことが多くこれ以上の詳細は語れないのですが……そういう訳で、日本にいる間は私が彼女の保護者をしているんです。……そこで察して頂ければ」
などと言葉を濁しておく。
まあ、嘘は言っていないから大丈夫だろう。
ただ、その外国とやらが異世界にあるだけで。
「そ、そうなの? ま、まあお仕事関連ならば仕方ないわよね!」
あ、朝来さんの態度がちょっと軟化した。
俺とアンリ様の関係がだいたい把握できたので安心したようだ。何に安心したかは知らない。
「外国の会社の関係者……うーん……確かに、アンリちゃんから聞いた話と矛盾はありませんね……」
だから加東さんは俺の話で裏を取るのはやめてほしい。
「ア……そうデス! ヒロイ様、この後デスが……もちろん夕食モご一緒されますよネ?」
と、俺たちの微妙な空気に割って入るようにアンリ様がそう切り出した。
そういえば、気づけば窓の外は薄暗くなっている。
時計を見れば、17時を過ぎたところだ。
もうあと30分もすればとっぷりと日が暮れることだろう。
「……もちろんこのあと、私たちと夕飯一緒に食べるわよね? というかあとで話、いいかしら? いいわよね?」
「奇遇だねマキナちゃん。私もそこにちょっっっっとだけ引っかかっているんだよね。廣井さん、私もあとでお話があるんですけど」
アンリ様に同調するように、朝来さんと加東さんが身を乗り出してきた。
二人とも圧が凄い。
「いやぁ、今日はこのあと仕事の残りが――」
「は? 今日って日曜よね?」
「休日出勤ですか働き者ですねえ『ヒロイ様』」
「ダメデス、ヒロイ様! 今日は一緒ニ夕飯を食べまショウ! それニ、ヒロイ様と皆さまノご関係も、もっと知りタク思いマス……!」
「「……!?」」
立ち上がろうとする俺の腕に、アンリ様が両腕を絡めてきた。
その様子を見た二人の雰囲気がさらに恐ろし気なものになる。
今や彼女たちの背後に浮かぶオーラは、もはや般若か悪鬼のそれだ。
だ、誰か……誰か俺を助けてくれ……!!
……とそこで、こちらをチラ見している能勢さんと目が合った。
頼むからこの空気をどうにかしてくれ……! と目で助けを求める。
だが彼女は一瞬目を泳がせたあとフッと目を逸らし……スマホに視線を落としてしまった。
「『スパダリ』かぁ……年齢はともかく、私はもうちょいイケイケな方がタイプかな……」
そうボソッと呟く小さな声とともに。
能勢さんの好みとかどうでもいいから、この状況をどうにかしてほしいんだが?
「それじゃ、駅前のレストラン行くわよ!」
「行きまショウ!」
「ヒロイさん、私、ステーキプレートがいいです! ……デザートにはパフェ、いいですよね?」
「じゃー私はハンバーグ定食かなー。デザートはコーヒーゼリーで」
「…………」
能勢さん、お前もか。
どうやらワルプルギスの夜は、まだまだ終わらないらしい。
……領収書は会社宛てで切ってもらおう。




