第194話 聖女、現代日本を冒険する③【side】
「あんたら、やめなさいよ! その子、嫌がってるじゃない!」
アンリと男たちの間に割って入ってきたのは、三人の少女だ。
小柄で野良猫みたいな雰囲気の黒髪少女と、貴族のような淑やかな雰囲気の黒髪少女。
もう一人は長身で少々やさぐれた雰囲気の、金髪少女だ。
というか、自分と男たちの間に立ちふさがり彼らと言い争っている野良猫少女が彼女らの中で一番背が低く華奢なのだが、大丈夫だろうか。
残りの黒髪少女と金髪少女はそんな彼女の様子を苦笑しつつ見守っているが、止める様子はない。
と、見守っている二人のうち黒髪少女の方がこちらを向き、笑みを浮かべながら目配せをしてきた。
もう大丈夫、と言いたいのだろう。
「あ? なんだこのチビ」
「なにこいつら? お前らこの子の知り合いなの?」
「まあ、みんな顔は可愛いからいーじゃん。全員お持ち帰りでよくね?」
「は? うっさい刈り上げデブ! あんたなんかに品定めとかされたくないんだけど?」
「ツーブロックだこれは! ……つーか女だからって舐めてると痛い目見せんぞガキ!」
『………!?』
男たちと、野良猫少女の言い争いがヒートアップしているのが分かる。
けれども何を言っているかは分からない。
助けてくれようとしているのは分かるので、ありがたくは思うのだが……これではどうすればいいのか分からない。
かといって、この状況で無言のまま立ち去るのは、さすがにどうかと思うし……
「クソ、そろそろいい加減にしろよこのガキ!」
言い合いの末、ついに男の一人が激高したように大声を上げた。
手始めにと野良猫少女に掴みかかろうとする。
が、彼女は慌てず騒がず、印象通りの猫のような身のこなしで男の腕からひらりと逃れた。
「遅すぎ!」
「うわっ!?」
さらに彼女は身をかがめると、男の足元に自分の足を差し込んだ。
たまらず男が躓き、そのまま地面に顔から突っ伏してしまう。
「ぐえっ」
「なっ……こいつ格闘技でもやってんのか?」
「クソッ、女に舐められてたまるか! いい加減にしろよコラァ!」
と、今度はもう一人の男が、あろうことか貴族風の黒髪少女に殴りかかった。
……が、彼女も紙一重でこれを躱すと、そのままその伸びきった腕を取り、軽やかな動作でくるりと回転。
次の瞬間、男の身体が宙を舞った。
「ごめんなさい! 大人しくしてもらうには、こうするしかなくて」
「は……? ぐげっ」
黒髪少女が何やら小さな声で呟くと同時に、男が背中から地面に叩きつけられる。
蛙が潰れたような声が男の喉から漏れた。
案の定、男はかなり大きなダメージを負ったようだ。
その後は苦悶の声を上げるだけで起き上がってこない。
(えっ……なにこの技!?)
これにはさしものアンリも驚愕した。
もちろん彼女とて、護身術の心得はある。
だから分かる。
黒髪少女の使ったのは、魔法などではなく純粋な格闘術。
おそらくは、投げ技の一種だろう。
けれどもそれは……まるで舞うような、美しい所作だった。
――以前、アンリに護身術を教えてくれた冒険者の話を思い出した。
『武』とは、極めれば極めるほどに『舞』に近づくのだと。
見た目に似合わず、どうやら彼女たちは相応の戦闘力を身に着けているらしい。
そのことに、少しだけ安堵する。
「で、残りのあんたはどうするの? これ以上やると警察来ちゃうと思うけど?」
「くっ……お前ら全員、ツラ覚えたからなァ!!」
さすがに男たちは自分たちの不利を悟ったようだ。
唯一無事だった男が蹴っ飛ばされた野良犬のような悲鳴を上げつつ倒れた二人を助け起こし、一目散に逃げていった。
周囲に静けさが戻る。
「ふん、顔ならこっちだって覚えたっての。制服からして『蘭高』か……あー、そこの外人さん、安心していいよ。ウチの弟、あいつらの高校で番張ってるからさ。探し出してシメてもらうから」
「あなた、大丈夫? 怪我はしてない……って、日本語分からないか。えーと、えーと……アー、アーユーオーケー?」
「セイラ、外人さんだからって英語喋るとは限らないでしょ。なんか困ってるわよ」
「…………」
困った。
三人の少女が交互に何かを話しかけてきているが、まったく分からない。
多分、心配してくれているのだとは思うが……
(あ、そうでした!)
と、そこでアンリは先ほどソティからもらった魔道具の存在を思い出す。
慌てて取り出し、『助けて頂き、ありがとうございました!』と吹き込む。
するとすぐに魔道具の表面に『にほんご』が浮かび上がった。
それを三人に見せる。
彼女たちは魔道具を覗き込むと、すぐに顔がパッと明るくなった。
「ありがとう、だって!」
「翻訳アプリ持ってるんだ、これなら分かるわね!」
「へえ……こんなアプリあるんだ。どこの言葉か全然分からないけど……」
三人の反応を見るに、どうやら意味が通じたらしい。
ホッとするが、彼女たちの言っていることも知りたくなった。
さらに魔道具を操作し、さらに言葉を吹き込み、三人に差し出す。
『ここに向かって喋ってくれますか?』
「ここに喋ってくれ、だって」
「じゃあじゃあ、私から行っていい!? いいよね!?」
「いーんじゃない? マキナが助けたようなもんだし」
野良猫少女が魔道具に声を吹き込む。
『わたし、マキナ! よろしくね!』
『よろしくお願いします。私はアンリと申します』
「アンリちゃんだって!」
「可愛い名前だ……! じゃあ、次は私でいい?」
「いーよー。結局私は後ろで見てただけになっちゃったし」
その後も魔道具を通した会話は続いた。
三人の少女の名は……野良猫少女がマキナ、貴族風少女がセイラ、金髪少女がルナというそうだ。
歳は順に14、15、17。
皆住んでいる場所はバラバラだそうだが、三人は友達同士だそうだ。
今日はこのあと、セイラの家で遊ぶ予定だったのだとか。
(友達、ですか……)
彼女たちと翻訳魔道具を通して会話しながら、ふと思う。
そういえば、自分に『友人』と呼べる存在はいただろうか。
修道院では、それらしき関係の者は何人かいた気がする。
けれども聖女として各地を巡礼することになってからは……援助や施しをしてくれる人々はいたが、こうやって他愛のない会話をする存在はいただろうか。
いなかった気がする。
アンリは彼女たちが眩しく見えて、少しだけ目を細くした。
『あ、そうだ。ここで立ち話もなんだし、駅前のレストラン入らない? 時間とか大丈夫かしら?』
マキナが言って、通りの向こう側を指さした。
建物の二階部分だ。
窓から暖かな光が漏れており、楽しそうに食事をする客と忙しなく動く従業員の姿が見える。
『レストラン、ですか』
『そうそう。アンリの話、もっと聞きたいし。それにあそこのハンバーグ、気合入ってて美味しいわよ!』
「マキナ、あんたがご飯食べたいでしょそれ……」
「ていうかマキナちゃん! アンリさんの袋見て! 見て!」
と、そこでセイラとルナの声が割り込んできた。
マキナがハッと何かに気づいた顔になる。
「あっ……もしかして夕食調達済み!? しまった……」
「いや見たら分かるっしょ……」
「あ、二人とも翻訳翻訳!」
何やら三人が慌てた様子で会話を交わし、それからセイラがアンリの持つ魔道具に言葉を吹き込む。
『ゴメンね、アンリさん。夕飯もう買ってたんだね……マキナが変なこと言ってゴメンね』
『いえ、よろしければご一緒させて頂けませんか?』
アンリは魔道具に、そう吹き込んだ。
『こんびに』で購入した食品は、『れいぞうこ』で保管して明日にも食べればいい。
けれどもこの出会いは、今日を逃せば再び訪れるとは思えなかった。
……それに、である。
今日、自分は『冒険』するためにここまでやってきたのだ。
ならば、まだ続けたっていいだろう。
『……本当にいいの?』
『もちろんです。ぜひ、レストランでお話したいです』
アンリは大きく頷いてから、魔道具を三人の前に差し出した。
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