第190話 社畜、ドギマギする
「おい、大人しく歩け!」
「痛っ! もうちょっと優しくできないの!?」
「いいから歩け!」
槍を持った衛兵さんたちに小突かれながら、アルマさんが連行されていく。
彼女は口ではそう言いつつも、特に痛がるそぶりはない。
……と、数歩歩いたところで彼女が足を止めた。
それから俺の方を振り返る。
「おい、何をしている! 止まるな!」
「…………」
彼女は衛兵さんを無視しつつ、なぜか意味ありげに片目を瞑ってみせた。
唇が小さく動き、俺に何かを伝えようとしているように見える。
……いや。
俺の耳には、彼女が発した言葉がきちんと聞こえていた。
『ま・た・ね』……だ。
「おい、止まるな!」
「はいはいごめんねー。でも拘束術式のせいで身体がダルくってさ……ちょっと一枚、護符を剥がしてくれない?」
「剥がすわけないだろうが! 大人しく歩かないとこの場で突き殺すぞ!」
「はいはい歩きますよー。そんな怒らないでよ。ちゃんとご飯食べてる?」
「いいから歩け!」
アルマさんの反抗的な態度からか、護送する衛兵さんがいきり立つ。
だが彼女はそんな様子にもどこ吹く風といった様子だ。
一応彼女は、俺が縛った縄を解かれたのち改めて衛兵さんに両手両足を枷で拘束され、さらには魔力封じの護符を全身に貼り付けられている。
ちなみにムルクさんに聞いたところ、彼女に貼られた護符は身体の魔力を吸い取り外部からの魔力吸収を遮断する、簡易結界のような術式が施されているとのことだった。
最近王国内で開発された、対魔族用の拘束術式だそうだ。
見た感じ、なんだかキョンシーレベル100見たいな見た目でちょっと面白いが、貼られているアルマさんは常に魔力不足で虚脱状態のはずだから、実際大変だろう。
身体がダルいという訴えは、本音のはずだ。
まあ、不死族っておそらく弱点を攻撃されない限り文字通り不死っぽいけど。
「よう兄弟、大手柄だなァ。不死族相手に無傷で捕縛するとか、一体どんな手を使ったんだ?」
彼女が連行されていくのをぼんやり見送っていたら、周辺の捜査を終えたムルクさんが俺のもとにやってきた。
彼は今、立派な軍服を着用している。
おそらくこれが近衛兵団の正装で、本来のムルクさんなのだろう。
なんか肩とか胸にいろんな勲章とかワッペンが付いているが、この国の軍事に疎い俺は彼がどのくらい偉いのかまったく見当が付かなかった。
ただ、数が多いので多分それなりにお偉いさんなのだとは思うが。
チンピラ期間が長かったのか素の性格がそうなのか、たまにチンピラ口調が出てくる時があるのはご愛敬(?)である。
「特別なことはしてませんよ。ただ、ちょっとばかり頭を使っただけです」
ウソです。
特に考えず、思いっきり魔法とスキルで戦いました。
まあどちらも魔眼の力ではあるので、『頭を使った』という発言にウソはない。多分。
「まあいいか。あんたの力量は、もうイヤというほど見ているからな」
言いながら、ムルクさんがアルマさんの後ろ姿を眺めている。
「……これで一連の聖女襲撃事件は解決に向かうだろう。とはいえ、俺らはここからが本番だ。調べたところ、思ったよりアルマ・マルディグラの手足となって動いてた連中が多くてな。どこの誰とまでは言わねェが……とにかく、事件の全容を解明するにはまだまだ時間がかかりそうで頭が痛ぇよ」
「それは……苦労しそうですね」
「だから、まあ……他国の工作員やら密偵やらが王国に潜伏しているのは今さらって話だ。魔王軍やらどこぞのお貴族様なんかと違って話が通じる分、ずっとマシだからな。……それに利害の一致で共闘できるヤツは、なおのこと貴重だ」
「…………」
そう言ってムルクさんが意味深な視線を投げかけてきたが、俺はあえて笑顔でスルーする。
そんな俺の様子に気にしたふうもなく、ムルクさんが続けた。
「とはいえ、あとは俺ら王国の問題だ。兄弟には世話になったが、これ以上迷惑はかけられん。……意味は分かるな?」
「そこは弁えております」
要するにこれ以上は嗅ぎまわるな、ということだろう。
俺も俺の都合でこの国の安定を望んでいるし、進んで事件に関わるつもりはない。
「うむ、いい返答だ。じゃあ、俺はもう行くぜ。衛兵隊長に事の経緯を説明しに行かなけりゃならねぇ。はあ……本部に戻ってしばらくは表の仕事か。面倒臭ぇな……と、そうだ」
ムルクさんがそんなことをぼやきつつ、その場を立ち去ろうとして……足を止めた。
「言い忘れたが、『黄金の聖女』様の疑いは晴れた。街を歩いていていきなり衛兵に捕縛されるようなことはないだろう」
「……お取り計らいいただき、ありがとうございます」
それは助かる。
それならば、アンリ様がたまにお忍びで帰郷するくらいならば何とかなるだろう。
「だが、これだけは覚えておけ」
と、ムルクさんが鋭い視線になってこう付け加えた。
「確かに『黄金の聖女』様は放逐された身分だ。だが聖女様はすべて我が国のものだ。どこにも渡すつもりはない。いずれアンリ様のもとに、近衛兵団の誰かがお迎えに上がるだろう。……じゃあな。また会おうぜ」
そう言ってから、ムルクさんが手を振りつつ衛兵隊の中に戻っていった。
◇
その後は、俺も衛兵隊に連れて行かれ簡単な取り調べを受けた。
もっとも、ムルクさんの計らいのおかげか特に素性などは追及されず、あくまで偶然にアルマさんと一緒に結界に閉じ込められた一般人、という体でいくつかの質問をされただけだ。
扱いは丁寧で、むしろ事件に巻き込まれたことを同情されたくらいだ。
正直かなり正々堂々と現場に立っていたので、かなり無理のある設定だが……そうだけに、ムルクさんの衛兵隊に対する影響力をひしひしと感じる。
まあ、取り調べを行った衛兵さんは現場に出ていなかったそうだから、書類で俺のことを確認しただけだったのも大きいだろうが。
そんなこんなで取り調べが終わると、すでに辺りは暗くなっていた。
◇
「えぇ~、アラタさん、もう出発しちゃうの……?」
異世界滞在最終日。
朝食を終え、チェックアウトをしていたらリンデさんが悲し気な表情でそんなことを言ってきた。
いや、予定通りなの知ってるでしょこの人。
まあ、そう言ってくれるのはちょっとありがたいけどさ。
「いやぁ、そろそろ次の予定がありますから」
「そっかー……ま、しばらく私はこの街で避難生活が続きそうだし、気が向いたら遊びにきてよ。……この街に、あんまり知り合いもいないしさ」
リンデさんはそう言って、今度は寂しそうに笑った。
さっきのようなわざとらしさはなく、儚げな表情だった。
――冒険者ギルド職員のアルマさんが聖女襲撃事件の犯人として捕まったことは、その翌日には街中に広まっていた。
なんだかんだ大掛かりな逮捕劇だったので、箝口令なんぞ敷きようがなかったからだろう。
リンデさんは、ギルドの知り合いづてにその話を聞いたそうだ。
彼女と知り合いだったリンデさんは、彼女が不死族となっていたことにショックを受けていたが……思い返せば、違和感を覚えることがあったそうだ。
急に夜遊びに行こうと誘われたり、相談したいことがあるからと、深夜にギルドまで来てほしいと言われたり。
そのときリンデさんは仕事中で誘いを断っていたそうだが……もしアルマさんの誘いに応じていたら、どうなっていたか分からない。
まあ、リンデさんは魔法使いなので『魅了』の防衛策も考えていたかもしれないが。
いずれにせよ。
もちろんこの街には、また遊びにくるつもりだ。
というか、街の近くに転移魔法陣も設置してあるからな。
多分、また来週あたりまた遊びにくると思う。
その辺の予定はまだ決まっていないから、彼女に伝えることはしないけど。
「もちろん、そのときはぜひ」
「じゃ、約束してよ。ほら……手を出して」
言って、リンデさんが片手を差し出してきた。
これは握手だろうか?
こっちでは、別れの挨拶で握手なんてしただろうか?
「ほら、早く早く」
「えっ、ああ……はい」
特に深く考えもせず、彼女に促されるまま手を差し出した。
それを、彼女がギュッと握り――
「えっ」
リンデさんが思いもよらない力で俺を引っ張ったのだ。
そんな行動を予想していなかった俺は、そのままカウンター越しに、彼女に向かってよろめいてしまう。
やばっ……!?
リンデさんの顔が、俺の顔に近づいてきて――
「じゃ、また遊びに来てね」
顔を離したリンデさんは、陶然としたな笑みを浮かべていた。
今まで見せたことのない、魅力的な表情だった。
一方、俺の顔は……どんな表情をしているだろうか。
「……はい」
頬には、柔らかい感触が残っていた。
どうやらAmazonの予約ページ(ページ下部にリンクあります)で口絵と主要な登場人物のイラストも公開されているようです!
なんと、あの狂暴魔法少女の姿も……!? これは要チェックですよ…!!
それはさておき、書き下ろしとなる番外編2本と購入特典SS1本の内容が
決まりましたのでお知らせいたします!!
番外編1⇒○○編
番外編2⇒クロ編
特典SS⇒ロルナさん編
番外編・特典SSともにかなり読み応えある内容になっていると思います…!
なお番外編○○編につきましては少々ネタバレ要素が強いため、読んでのお楽しみとさせてください!!
それでは引き続きよろしくお願いいたします…!




