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第187話 社畜vs不死族 上

「はぁ……なんでバレちゃったのかな」



 冒険者ギルドの裏で、アルマさんがそう言った。



「まさか期待の新人のアラタさんに『個人的な要件です』なんて呼び出されたから、デートに誘われるのかも……とか思うじゃない?」


「それは期待させてしまい、申し訳ありませんでした」



 ガックリと肩を落とし、ポリポリと頭を掻きながら。


 だが彼女は、俺の指摘に激昂したり狼狽することもなく、襲いかかってくる様子もなかった。


 それどころか、俺が彼女を一連の聖女襲撃事件の犯人の一人だと断じた瞬間、苦笑すら浮かべたのだ。


 それを、俺は余裕と判断した。


 アルマさんは……おそらく相当強い。



「……で、なんで分かったの?」



 そう口にした瞬間。


 アルマさんの雰囲気が変わった。


 急に威圧感が増し、ビリビリと大気が震えるような錯覚に陥る。



「ていうか、貴方が聖女のお守り役(・・・・)だったなんて、私聞いてないんだけど?」



 いまだ顔には笑顔を湛えているが、こちらを見据える視線は鋭い。


 彼女の口元がつり上がり、鋭い犬歯がのぞく。


 雰囲気も相まって、まるで豹のようだ。


 《状態異常:魅了……レジストに成功しました》


 ……とはいえ、この程度の威圧にビビるほど、俺のハートは脆くない。



「……聖女様については、ちょっとしたご縁でして」



 特に彼女に説明する話でもないので適当に流し、さらに続ける。



「鮮やかな推理を期待していたなら申し訳ありませんが、残念ながらそう難しい話ではありません。『魅了』というスキルは、不死族(ノスフェラトゥ)の固有スキルですよね? そして、被害者に刻まれた呪印はそれぞれ固有のパターンを持っているそうで。あとは……総合的に判断して、ですかね。まあ、私も色々ツテ(・・)がありますので」



 実際、ヘイリィさんの胸に刻まれた呪印に『アルマ・マルディグラ』と本名が書かれているとは思わなかった。


 同姓同名の別人か、そういう魔物の名称だったならば……どんなによかったことか。



「えぇっ!? アラタさん、『魅了』の呪印が読めるの? ちょっ……何者!? もしかして商人と冒険者は世を忍ぶ仮の姿で、実は王都とかじゃ有名な魔法使いだったりとか? そういうのは早く言ってよ……ギルドも正当な評価を与えられないしさぁ……」



 そんな俺を睥睨(・・)しながら、アルマさんは大げさに驚いたあと、わざとらしくしょげて見せた。


 それからチラリ、と悪戯っぽい笑みを浮かべて見せる。


 《状態異常:魅了……レジストに成功しました》


 この飄々とした態度は、彼女が俺を敵と認識していない証だ。


 まあ、俺もそう思ってもらっていた方が都合がいい。


 時間稼ぎができるからな。



 今、ムルクさんは彼の裏社会のツテを使い人を集めたり衛兵隊に呼びかけたりしつつ、ギルド周辺の住民避難と封鎖を進めている。


 さらには、彼女以外にも街に魔物が浸透している可能性を考慮し、別の街から討伐隊を派遣してもらうよう動いているとのことだった。



「もちろん、それだけではありません。貴方の立場ならいろいろなつじつまが合います。冒険者ギルド職員なら衛兵隊から聖女様の警備情報をいくらでも抜くことができますし、寺院のシスターさんをたぶらかせば、そちら側からも聖女様の動向がある程度分かります」



 俺はさらに話を続ける。



「依頼を通じて聖女様を支援したり、互いに敵対している貴族の皆さんとのコネもあるでしょう。もちろん暗殺者ギルドの皆さんも、不死族の力があれば武力で動かせなくはないと思います。……まあ、すべては状況証拠でしたので、あっさり白状するとは思っていませんでしたが」


「あー、ヘイリィちゃんか。あの子、同じ村の出身だからさ。すっごく可愛い子でしょ? ついつい構っちゃってたら懐かれちゃってさ。だから、しばらく私の下でお仕事をしてもらったあとは、『眷属』にしてあげようと思ってたんだけど……残念」


《状態異常:魅了……レジストに成功しました》


「…………」


「あれ……? アラタさん、それってどういう感情なの? ……ああ、そうか。『不死族』って、人間みたいに交尾で数を殖やすわけじゃないんだよ? もちろん、それもできなくはないけど……まあ、数も少ないし冒険者でもそれほど知っている人はいないか」



 彼女は一瞬怪訝な表情をしたあと、妖しい笑みとともにチロリと舌なめずりをした。


 それから、俺に向かって手招きをする。



「ねぇアラタさん……貴方も不死族にならない? 最初は私の『眷属』からだけど……冒険者って《状態異常:魅了……レジストに成功しました》命の危険ばかり多い仕事でしょ? 『太陽の簒奪者(サン・イーター)』の人たちも、過酷な職業だから《状態異常:魅了……レジストに成功しました》結構ありがたがってくれてね。ま、アラタさんのところに送ったのは眷属化前の人だったかもだけど」


《状態異常:魅了……レジストに成功しました》


「……ご教示頂きありがとうございます。ですが謹んで辞退させていただきます。まだ私は人間でいたいので」


「……そ。ま、いいけどね。ところで、アラタさん。ひとつ聞いても良い?」


「私がお答えできる範囲なら」


《状態異常:魅了……レジストに成功しました》


「さっきから、この辺りが妙に静かなんだけど……何かやった?」



 アルマさんが周りを見回して言った。



「さあ、皆さん家に帰ったのでは? もう夕方ですしね」



 もちろん冗談である。


 最近は、魔物を倒してばかりでマナをほとんど使っていなかった。


 だから、そこそこ取得コストの高いスキルも取り放題だったわけで。


 ……例えば、『遮音結界』とか。


 そしてアルマさんもすぐに気づいたようだ。



「あー……なるほど。これは結界かぁ……面倒だなぁ……誰も呼べないじゃん……一応聞くけど、アラタさんをどうにかしたら、これって解けるんだよね?」


《状態異常:魅了……レジストに成功しました》



 やはり彼女は周囲の連中の何人かに『魅了』を掛けて操っていたようだ。


 念のためクロは別行動をとってもらい、外で冒険者や職員たちに妙な動きがないか見張ってもらっているが……さすがに彼女の警戒を突破して『遮音結界』に干渉できるような連中はいないことを祈りたい。



「えぇ、もちろん解けますよ」



 俺は頷いた。



「この結界は私が気絶するか死ぬかすれば解除されます」


「そ。ちょっと安心したかな。アラタさんを殺したあとに、永遠に出られないのは嫌だからさ」


「……アルマさん。貴方、本当に魔物になってしまった(・・・・・・・)んですね」



 俺の目の前に、アルマさんのステータスが浮かび上がっている。


 彼女は、たった今、俺が『鑑定』を掛けたことに気づいていない(・・・・・・・)



《対象の名称:不死族(ノスフェラトゥ) 個体識別名:アルマ・マルディグラ》


《性別:女性 年齢:28歳》


《身長:159cm 体重:40kg》


《体力:600/600》


《魔力:770/770》


《スキル一覧:『身体再生(強)』『魅了』『獣化』『影獣召喚』『身体強化付与』》


《ノースレーン王国出身。ジェント郊外の寒村ウストの生まれ》


《18歳で両親を疫病で(うしな)う。その後、ノースレーン王国と周辺諸国にて冒険者として活動》


《2年前、魔界に近いダンジョンを探索中に不死族により襲われ眷属化。その後不死族に進化》


《不死族化は不可逆であり、魔物として処理するしかない》



 ……これまでの経験から、『鑑定』に何かしら反応を示すのは人間だけであることが分かっている。


 俺は彼女に気づかれないよう、奥歯をギリリと噛みしめた。



《状態異常:魅了……レジストに成功しました》

《状態異常:魅了……レジストに成功しました》

《状態異常:魅了……レジストに成功しました》

《状態異常:魅了……レジストに成功しました》

《状態異常:魅了……レジストに成功しました》

《状態異常:魅了……レジストに成功しました》

《状態異常:魅了……レジストに成功しました》

《状態異常:魅了……レジストに成功しました》

《状態異常:魅了……レジストに成功しました》

《状態異常:魅了……レジストに成功しました》



「………本当に残念です」


「……チッ」



 アルマさんが舌打ちをした。


 それから彼女の顔に、初めて狼狽の表情が浮かぶ。



「なんでだよッ! なんで、お前……私の『魅了』が効かないんだよッ!?!? ふざけてんじゃねぇぞッ!!」



 ついに本性をあらわしたアルマさんが絶叫する。


 血走り収縮した瞳が俺を射殺さんばかりに睨みつけている。


 両腕の筋肉が瞬時に膨張し、指先に鋭い鉤爪が生えた。


 ステータスにあった『獣化』のスキルだろうか。



「効きませんよ、こんなもの」


「だったら!! 身体の半分でも吹き飛ばして!! てめぇから『眷属化にしてください』って懇願させてやるよッ!!」



 アルマさんがさらに吼え――次の瞬間、俺のすぐ前に現れた。


 凄まじい敏捷性だ。


 『身体強化』だけを施されたヘイリィさんとは比較すらできない。


 そしてムルクさんいわく、不死族の身体能力は人間の十倍以上を超えるそうだ。


 あの腕の膂力に任せた鉤爪攻撃を喰らえば簡単に挽肉にされてしまうだろう。


 喰らえば……だが。



「ガアァッ!!」



 彼女の攻撃が俺の顔に迫り――


 キン! と甲高い音とともに彼女の手首が消失した。



「うがッ……!?」



 アルマさんの顔が驚愕と苦痛からか、激しく歪む。



 これは俺があらかじめ置いておいた(・・・・・・)深淵魔法『奈落』によるダメージだ。


 俺は彼女の攻撃が()えていた。


 あとはタイミングを見計らい、顔の左右に30センチ四方の『消失範囲』を発生させるだけだ。


 別に未来予知なんて大それたものじゃない。


 ただ、魔眼により強化された動体視力と反応速度をもってすれば容易いことだった。それだけだ。



 もっとも、その後の彼女の判断は素早かった。


 手首の断面をかばいつつ、すぐさま俺の間合いから離脱し、大きく距離を取ったのだ。



 『奈落』を視認できなくとも、このまま次撃を繰り出すことが致命的な状況を作り出すことを瞬時に理解したらしい。


 やはり冒険者ギルドの職員になるような人は、戦闘センスが突出している。


 少なくとも『竜の顎』の三バカに比べたら天と地ほども実力差がある。



「ハハッ……やるじゃんアラタさん……! 結界魔法だけじゃなく、まさかそんな罠みたいな魔法も使えるなんてね……!」



 アルマさんが獰猛な笑みを浮かべる。


 手首の怪我を痛がる素振りは見せなかった。


 それどころか、喋っているうちに彼女の手首はまるで逆再生でも見ているかのように元通りになってしまった。


 不死族の固有スキル、『身体再生』だ。



 まあ、俺の役割は彼女を殺すことではなく足止めだ。


 だから別にいくら身体が再生しようが問題ない。



「さて、お互い挨拶(・・)は済んだからね。近接攻撃は怖いことが分かったから私も安全圏から攻撃させてもらうよ。――来な、『影獣』」



 アルマさんが呟いた瞬間。


 俺たちの周囲に、数十体もの影の獣が姿を現した。

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