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第183話 社畜、裏を取る

「……さて」



 いったん宿の部屋の戻った俺は、ベッドに腰掛け一度大きく深呼吸をした。


 まさか、ムルクさんから重大情報の提供があるとは。


 本人は借りの利子分だと言っていたが、十日分程度なのか今後発生する利子全部まとめてなのかは紙片を開いてみないと分からない。


 まあ、別に利子なんて取るつもりはないけどさ……



 いずれにせよ、一連の事件の裏で動いている連中が分かれば、多少は動きやすくなるかもしれない。


 まあ俺ひとりでどうこうできるような話ではないので、ムルクさんのくれたリストが無駄になる可能性は高いが……


 とにかく、内容の確認だけはしておくべきだろう。


 俺はさきほど貰った紙片を丁寧に広げた。


 そこには複数の人名と、それぞれの所属が記されていた。



「…………これは」



 一瞬、思考が止まった。


 リストの中に、見知った名前があったからだ。



 『レティエリ修道院 院長 シャロク教司祭補佐 ターシャ・ニーベル』



 ……ターシャさんだ。



「そんな、まさか」



 ありえない……とは断言できなかった。


 白銀の聖女様はともかく、現状、アンリ様の動向を一番把握できているのは彼女だと思われるからだ。


 そしてリストの人物は、肩書を見る限り彼女を含め全員がシャロク教の関係者だった。


 まさかの『獅子身中の虫』案件である。



 俺としては、利子どころか熨斗(のし)付けて元金ごと叩き返された気分だ。



 もちろん、これらの人たちはあくまでムルクさんの捜査線上に浮かんだ重要参考人レベルの人たちであり、犯人と確定したわけではない。


 襲撃事件に関する確たる証拠もない、とも言っていたしな。



 しかしこれは……どういうことだろうか。


 教団内での内輪もめなのか?


 それとも組織内部が、魔王軍とかに取り込まれているのだろうか?


 部外者の俺には全く見当もつかない。



 だが……違和感もある。


 少なくとも俺がターシャさんと話した感じでは、彼女に不審な点は感じなかった。


 俺もそれなりに社畜歴が長いので、多少は人を見る目はあるつもりだ。


 もちろん『鑑定』の精度に比べればカスみたいなものではあるが……



「うーむ……」


『…………』



 俺が考え込んで動かないので退屈なのか、クロがピョンとベッドに飛び乗り俺の側で丸くなった。


 こういうときに邪魔をせず大人しく待ってくれるのは本当にありがたい。


 取り合えず空いている手でその身体をワシワシと撫でてやりながら、さらに考え込む。



 本当に、彼女は主犯格なのだろうか。


 もちろん、表面は聖人らしく振舞っていても裏であくどいことをやっている人間なんていくらでもいる。


 けれども……そういう連中は、取り繕っていいても特有の傲慢さや胡散臭さのようなものを身体から醸し出しているものだ。


 ターシャさんには、それが感じられなかった。



「やっぱり、利用されているのかな……」



 文字通りの希望的観測というやつだが、可能性はなくもない。


 黒幕の立場に立って考えれば、指示役や実行犯に自分の特定につながるような情報は与えたくないはずだ。


 つまり指示役などの中間者も、自分が犯罪や悪事の片棒を担がされていることすら自覚できないよう巧妙に目的が隠されている、というわけだ。


 現実世界でも、組織犯罪はそうやって官憲の追及を防いでいると聞く。



 とはいえターシャさんが犯人の一味だとすれば、アンリ様だけでなく俺の身辺も危うくなってくる。


 思いっきり、関係者だと言ってしまっているし。


 今のところ怪しい動きはないものの、アンリ様と一緒に行動していた俺が連中にとって脅威と映っていないとはとても思えなかった。


 もしかしたら、彼女経由で暗殺者ギルドとかにさらに情報が出回っているかもしれない。



「……もしかして俺、泳がされてるのか?」



 その可能性はあるかもしれない……


 俺もジェントの住人というわけでもないので、ムルクさん――今はヒューゴさんだったっけ――のように気配を隠す気もない尾行ならいざ知らず、顔も知らない連中が街角でさりげなくこっちを監視していたりしたら気づくことは不可能だ。


 残念ながら俺の魔眼はそこまで万能じゃないし、俺自身も社畜の自覚はあれど探偵やスパイではないからな。


 もっとも俺は暗殺者ギルドの連中を二度撃退(二度目の連中は勝手にムカデの魔物に食われただけだが)しているので、それを知っているならば闇雲に手を出してくるとは思えないが……


 いやいや、そんなことを考えていたらキリがない。



「はあ、面倒だな……」



 ……このまま無駄に神経をすり減らすくらいなら、いっそ日本に帰ってしまおうか。


 正直それが、一番楽な解決方法だと思う。


 だがこのまま事態を放置すれば、最悪の場合、俺は異世界に来ることができなくなってしまう可能性があった。


 それは極力避けたかった。



 それに……俺はともかく、アンリ様はどうだ。


 俺と違って、一生日本で過ごすわけにはいかないだろう。


 それに、リンデさんだって俺の関係者だと見なされれば危険な目にあうかもしれない。


 まあ、彼女は最低限自分の身は護れる人だと思うが……



「くそ、なんか護るべき人がやたら多くないか……?」



 なんか、人間関係の深みにハマっていく感覚がある。


 だが他者と深く関わるということは、つまりはこういうことだ。


 社畜歴が十数年も続けば、そんなことはイヤというほど分からされる。


 今さら泣き言を吐くつもりもない。



 問題は、この状況をどう打破するかだ。


 幸い俺には『魔眼』があるし、クロもいる。


 どうにかできるだけの、力がある。



『…………』



 ふと気づくと、クロが俺を見上げているのに気づいた。


 視線からすると、どうやら心配されているようだ。



「わかってるよ、やるしかないよな」



 頭を優しく撫でていると、少しだけ元気が出てきた。



 いずれにせよ、彼女の真意を確認するために話を聞く必要がある。


 ただ、当然だが正面から行って聞き出せるとは思っていない。


 いきなり俺がやってきて『アンタ騙されてますよ』とか『悪いヤツに利用されませんか?』とか言ったところで衛兵を呼ばれるのがオチだ。


 それならまだ良い方で、もしターシャさんが自覚的にアンリ様や白銀の聖女様の襲撃を支援していたら……最悪、彼女と話している間に暗殺者ギルドの連中に囲まれる可能性だってある。


 となれば……


 正面から(・・・・)じゃない方法(・・・・・・)で裏を取る必要がある。



「また『鑑定先生』の出番かぁ……」



 俺はグリグリと眉間を揉みほぐしつつ独り()つ。


 いやまあ、使い道としては間違っていない。


 道徳的に完全に間違っている、ということを除けばだが。


 いずれにせよ、俺は己の身の安全を確保するためにもターシャさんの疑いを晴らすためにも、彼女に『鑑定』を掛けなけれ(・・・・・)ばならない(・・・・・)



「まあ、やるしかないよな」



 迷っていても仕方ない。


 俺は準備を整えたあと、クロと共にターシャさんの修道院へと向かった。




 ◇




「ターシャさんは……いた」



 建物の陰に隠れつつ、修道院の中を窺う。


 幸い、日中は建物の入口が開放されている。


 遠くからでも中の様子がうかがい知れた。



 彼女は、祭壇近くで信者と思しき女性と話をしているようだ。


 さすがに距離があるので、強化された俺の聴覚でも内容は聞き取れない。


 もっとも、大っぴらに会話しているところを見るに俺の求めている情報ではなさそうだ。



 さて、この後どうアプローチするべきか……と考えていた、その時だった。



「……おっと」



 信者さんとの会話を終えたターシャさんが、修道院から出てきた。


 俺が隠れていることなど気づいていないだろうが、念のため身を隠す。



 彼女はそのまま通りの坂道を下ってゆく。


 どこへ行くのだろうか?


 ターシャさんは俺に気づいた様子は全くない。


 やろうと思えば、背後からこっそり近づいて『鑑定』を掛け逃げ(・・・・)することは可能だ。


 おそらく彼女は一瞬不快感(?)を覚えるだろうが、自分が何をされたのかを自覚することはないだろう。



 ……だが一方で、彼女がどこへ向かうのかが気になった。


 もしかすると、リストに書かれた別の連中と接触するかもしれない。


 ならば下手に『鑑定』を掛けて行動を変えるよりは、彼女が用事を済ませた帰りの方がいいだろう。



 俺は念には念を入れ『隠密』を使うと、物陰に隠れつつ彼女を尾行することにした。

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