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第182話 社畜、兄弟(※)ができる

「アラタさん、おはよう! ……昨日、大丈夫だった?」



 翌朝。


 たっぷり寝て、遅めの朝食をとろうと宿屋の1階に降りたところで、フロントで仕事中のリンデさんに捕まった。


 心配そうな表情だ。だが顔色は良い。


 普通にお肌がツヤツヤである。


 どうやらあのあとちゃんと部屋に戻り、しっかり睡眠はとれたらしい。


 信頼の証というか、図太いというか。


 たぶん後者寄りな気がする。



「おはようございます。このとおり私は無事ですよ」



 ムルクさんの素性が分かったため結果的に衛兵に突き出すことはなかったわけだが、当面は問題ないはずだ。


 彼とは口約束ではあるが、互いに不干渉、ということで意見が一致したからな。


 これで向こうも余計なちょっかいをかけてくることは……ないはずだ。



「そっか、よかった! すっごく心配していたんだからね?」


「ご心配おかけして申し訳ありません……うわっ!?」



 思わず声を上げてしまった。


 いきなりリンデさんがフロントから身を乗り出し、ガッと俺の両肩を掴んだからだ。


 彼女はグググ……と俺を引き寄せ、至近距離で目を覗き込んでくる。


 つーか近い近い!


 昨日に引き続き、リンデさんの距離がとにかく近い。


 朝遅いせいかフロント付近に人がいないので、妙に積極的だ。



「……本当に大丈夫だった? 衛兵隊で何かされてない?」



 一瞬、ムルクさんを本当に突き出したのか疑われているのかと思ったが、表情を見る限りどうやら本気で心配しているようだ。


 少しばかり罪悪感が胸をよぎるが、事実を伝えるわけにもいかない。


 本能的に目を逸らしたくなるのをグッと(こら)え、彼女の瞳を見つめ返す。



「本当に大丈夫です。衛兵隊で何かされたということはありません」


「うーん……ならいいんだけど……ていうか、アラタさんの瞳って本当に綺麗だよね……」


「!?」



 と、しばらく見つめ合っているとリンデさんがウットリした表情でそんなことを言いだした。


 いや、これが普段から距離感の近い彼女なりのジョークであることは分かるのだが……


 立て続けにこういうことをされると、俺もいろいろと勘違いしてしまいそうになる。



 ……もしかして、俺の知らないうちに『魅了』のスキルとか取得してたりしないよな!?


 とにかく、このままだとマズい。



「そ、それではこのくらいで失礼いたします……! 今日は冒険者ギルドで依頼を受けるので、これからすぐ腹ごしらえしなくてはいけないので!」


「あっ! ……もうっ」



 彼女の腕をどうにか引きはがして、宿の外に出た。


 本人は意識していないのだろうが、美人さんなんだからもう少し自分の振る舞いに自覚を持って欲しい。


 ……いやマジで。


 とにかく、今日は宿屋のレストランではなく少し離れた飯屋に向かうとするか。



 ちなみに念のためステータスを確認したが、『魅了』は未取得のままだった。




 ◇




「おういたいた。よう兄弟、探したぜ。昨夜ぶりだなァ?」



 宿から数ブロックほど離れた料理屋に入り注文したメニューを足元のクロに取り分けてやっていると、背後から声が掛けられた。


 聞き覚えのある声だ。


 おそるおそる振り向けば……はたしてそこには、見覚えのある男が立っていた。


 ムルクさんである。



「……互いに不干渉だったはずでは?」


「まあそう言うなって。俺もあの後、いろいろ考えたんだよ。……それに『利害関係が一致したら協力しあう』と言っただろ?」



 ムルクさんはそう言って、俺のいるテーブルの向かい側の椅子にドカッと腰掛けた。


 そう言えば昨夜、そんなやり取りをしていたような気がする。


 昨日の今日で、こんな堂々とコンタクトを取ってくるとは思わなかったが。



「おう給仕のねーちゃん! 俺も朝食プレートひとつ頼むわ。コイツと同じヤツだ!」


「はっ、はひっ!? と、朝プレート『山鳥』ひとつ、かかか(かしこ)まりましたっ!」



 うわ……店員のお姉さんめっちゃビビッてるよ……


 なんせ今のムルクさんは完全にその筋のおじさまみたいな見た目だ。


 派手で真っ赤で高そうな服を着ており、金やら宝石やらがあしらわれたイカツいアクセサリーをいくつも付けている。


 指には、ゴツい指輪が(はま)っていない方が少ないくらいだ。



 うーむ、こっちの世界でも、この手の皆さんの格好って分かりやすく悪そうなんだな……


 妙なところで現実世界と異世界の共通点(?)を見出して、感動する。


 まあ、立場上あえてこういう格好をしているのは分かっているのだが。



 ちなみに彼の頼んだ朝食プレートは俺のときの三倍の速さで提供されていた。



「おっ、ここのメシなかなか美味ェな! 朝のローテーションに組み込んでもいいかもなァ」


「それはやめて差し上げた方がいいかも知れませんね……それで、何か?」



 気づいたら女性店員さんがフロアから消えており、代わりに厨房の男性陣と店主らしきおっさんで給仕していた。


 多分、万が一の事態を考えて下がらせたのだろう。


 ドンマイ、店主さん。


 まあ、この人はそうそう問題を起こさない(多分)と思うけど。



「まァ、そう硬くなるなって。つーかあんたの圧勝なんだから別にいいだろ?」


「そういう問題でもない気がしますが」



 とはいえ、この人もなかなか図太い性格をしている。


 まあ、そのくらいでないと潜入捜査なんて務まらないのだろうが。


 ムルクさんは朝食プレートの鳥モモ肉にかぶりつきながら続ける。



「さて。早速だが本題だ。昨夜の借りの、利子分(・・・)だけは先に返しておこうと思ってな。……兄弟、あんたのところのガチョウ(・・・・)についてだ。先日あんたが家畜泥棒(・・・・)をとっ捕まえてこっぴどく痛めつけたおかげで、今のところはこっちのウシ(・・)もこれ以上の被害を免れている。それについては礼を言わせてくれ」



 一瞬何の話かと思ったが、要するに一連の聖女様にまつわる事件についての話題のようだ。


 ……そういえば、悪いヤツらって重要な会話は他人に聞かれても分からないよう、隠語を使い情報交換するんだっけ。


 まあ、漫画や映画とかで得た知識だが。


 それはさておき、聖女様を家畜に例えるのはどうかと思う。



「……続けてください」


「おう。……連中もバカじゃねェ。ウシ泥棒は失敗したが、代わりにガチョ……兄弟らに濡れ衣を着せやがった。これは俺らにとっても由々しき問題だ。分かるだろ? 兄弟。そしてこっちは誰がやったのかだいたい分かっているが、証拠が無ェ。ついでに人も足りねェ。だから俺らが、今すぐあんたの疑いを晴らしてやることはできねェ」



 ん?


 今聞き捨てならないワードが聞こえた気がする。



「…………ちょっと待ってください。『誰がやったのか、だいたい分かっている』?」


「あァ。……もちろん、盗みに来た下っ端の話じゃねェぞ? まァここに書いてあるのも指示役とその一味であって、黒幕ってわけじゃねェが……とにかく、それが利子分だ」



 ムルクさんは頷いたあと、懐から小さな紙片を取り出し、テーブルの上に置いた。


 紙片は細かく折りたたまれており、中身はこの場では読み取れない。


 あとで確認しろ、ということだろう。



「自分たちでは手に負えないから、私の方でうまくやってくれ。……そういう意味ですか?」


「別にやれるなら構わねェが、そこまで頼るつもりはねェよ。コイツはあくまでも『情報共有』だ。現場でカチ合ったとき、誰が味方で誰が敵かの区別は必要だろ? ……言うまでもねェが、動くのならそっちで裏取りしてからにしろよ? あとで文句を言われても困るからな」


「……意図は理解しました。これは利子として受け取っておきます」


「あァ、助かる」



 ムルクさんはプレートを平らげると、満足そうな様子でガタンと席を立った。



「……さて。美味いメシにもありつけたし、そろそろ俺は帰るとするぜ。昨日から一睡もできてねェんだ」


「それは大変でしたね」


「……ハッ、誰のせいだと思ってんだ」



 俺の言葉にムルクさんは大げさに肩を竦めてみせると、踵を返し――上半身だけをこちらに傾け、言った。



「おっとそうだ、こっち(・・・)の自己紹介がまだだったなァ。俺はヒューゴ(・・・・)だ。『ベラドンナ』って宿の奥にいるから、用があるときはフロントで俺の名前を出してくれ。……ジェントじゃ一、二を争う人気宿(・・・)だ。利用するなら安くしとくぜ」


「利用はしないと思いますが、記憶には留めておきます」


「ガハハッ! じゃあな兄弟。また会おうぜ」



 ムルクさんは愉快そうに大声で笑うと、今度こそ店を出ていった。


 テーブルには綺麗に食べ終わったプレートと、小さくたたまれた紙片が残されていた。


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