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第179話 社畜、交渉する 上

 まず俺がムルクさんに対して取るべき行動は、その意識を取り戻すことだった。



「これ、まだ使えるよな」



 ムルクさんを裏路地の隅に横たえてから、常備しているポーチからチャック付きのビニール袋を取り出した。


 内部には、ヨモギに似た植物を保管してある。


 これは以前『魔界』に足を踏み入れたときに出会った羊人、モフモフミノタウロスのディザルさんからもらった魔界の薬草だ。


 これならば、ムルクさんを回復させることができるはずだ。



 ちなみにクロはムルクさんの身体の匂いをフンフンと嗅いでから、すぐに興味を失ったのか路地の反対側の隅まで歩いてゆき、そこに座り込んだ。


 どうやら俺のやることをのんびり見物するつもりらしい。


 まあ、今はクロの出る場面ではないので好きにしてもらって構わない。



「ええと、こいつはそのまま食べさせるか、しぼり汁を飲ませるんだったっけ」



 以前ディザルさんが息子のヴィオ君の怪我を治してたときは握力で薬草を握り潰して、そのしぼり汁を彼に飲ませていた。


 俺にも同じことができるだろうか?



「まあ、とにかくやってみよう」



 どのみち、今のムルクさんは薬草を食べることはできない。


 俺はビニール袋のチャックを開き、中から薬草を取り出した。


 薬草は貰ってからかなりの日数が経過しているにも関わらず、 まるで摘んだ直後のような瑞々しさを保っていた。


 このあたり、薬草が普通の植物ではないことがよく分かる。


 これならば、しぼり汁がたくさん採れそうだ。



「……ふんっ」



 薬草を手のひらで丸め、ギュギュッと力強く握り込んでみた。


 すると手の中でじんわりと湿った感触があり、拳の下側から液体が滴ってきた。


 もちろん地面に飲ませるわけにはいかないので、しっかりと口の開いた袋で受け止める。


 ぽたり、と緑色の液体が透明なビニールの内側を伝っていく。



「むむむ……!」



 さらに強く握り込む。


 ぽたぽたと、緑色の汁がビニール袋の中に溜まっていく。


 ……よしよし。


 抽出できたのはペットボトルのキャップ一杯分にも満たないが、この薬液は数滴服用するだけでも効果があったはずだ。


 ……ならば、これくらいあればいいだろう。


 俺はムルクさんの側まで近寄ると、いまだ目を覚まさない彼の口を開いた。


 その中に、ビニール袋に溜まった液体を流し込む。


 その直後。



「ぶほぁっ……!?」



 ムルクさんがカッ! と目を見開いたかと思ったら上半身が起き上がり、激しく咳き込みだした。


 どうやら薬液が気管に入ってしまったらしい。


 まあ、気絶している人の口に液体を流し込んだら普通にこうなるよな。


 それでも気付け(・・・)自体は成功したのでオールオッケーである。


 薬草の効果も、一応はあるはずだ。



「げほっ! ごほっ……! ぬぅ、お前、は……!?」



 咳き込みながらも、俺の姿を視界に入れるやいなやバッ! と飛び起き距離を取るムルクさん。


 険しい顔のまま、腰のベルトについている小さな鞄を漁り、短剣を取り出し素早く構える。


 えっ、この人普通に武器持ってるの!? ズルくねーか!?


 まあ裏社会に潜入してたらそれくらいは持ってるだろうけどさ……!



「ちょっ、待ってください! 戦う気はありませんので!」


「お前ふざけるなよ! 今、何をしやがったッ! クソ、人形との接続が……ッ!」



 ムルクさんは短剣を構えたままあちこちに視線を巡らせた後、さらに険しい顔になった。


 どうやら人形をここまで呼び出せずに焦っているようだ。


 多分だが、距離的に操作圏外になっているのでは?


 いずれにせよ、俺としては人形に加勢されるのは面倒なので来ない方がいいんだけど。



「とにかく、落ち着いてください。今貴方に飲ませたのはただの薬草です。先ほどのダメージは致命傷寸前でしたから治させて頂きました」


「あぁ……? そんなことをしてテメェに何の得がある! だいたい、そんな簡単に内臓破裂が治るわけが……痛くねぇ?」



 と、俺を睨みつけていたムルクさんがポカンとした表情になる。


 短剣を持っていない方の手で鳩尾付近をさすり、それから俺を見た。



「お前……何をしたんだ?」


「だから薬草を飲ませたんですって」


「…………本当にそれだけか?」



 この『それだけか?』はどうやら人形のことを言っているらしい。


 もしかして魔法を使えなくする薬だとか疑っているのだろうか。


 そんな薬物があるのか知らないが。



「本当にそれだけですよ。多分ですが、人形については単に操作圏外なのでは? この路地、さきほどの場所からちょっと離れてますし」


「フン、ずいぶんと俺の魔法に詳しいみてぇだな? お前、『太陽の簒奪者(サン・イーター)』か? それとも連中に依頼された別の組織の者か?」


「断言しますが、そのどちらも違います」



 否定しつつ、心の中で舌打ちした。


 これで確定だ。


 やはりムルクさんは、俺を聖女襲撃犯の一味だと疑い襲撃してきたようだ。


 そうでなければ、今この場で暗殺者ギルドの名前なんて出さない。


 やはり、この場で確実に疑いを晴らさなければならないようだ。



「一応先に言っておきます。ムルクさん、貴方は見当違いの人物をマークしていますよ」


「……!? お前……なぜ……!?」



 と、俺がムルクさんの名前を口にした途端、彼の顔色が変わった。


 俺を見る目がさらに険しいものになる。


 いや、これは怯え……か?



 まあ、当然だ。


 いきなり初対面のヤツから本名で呼ばれたらびっくりもする。


 ……それに、多分ムルクさんは偽名を使っていたんじゃなかろうか?


 本名で潜入捜査をしているとは考えにくいからな。



 目論見通り、俺の発言は彼に劇的な変化をもたらした。


 ムルクさんは黙ったまま、探るような視線で俺を睨みつけ……しばらくののち、構えた武器をゆっくりと下ろした。

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番外編(2本)書き下ろしや本文の加筆修正・シーン追加など行っておりますので、

是非是非お手に取って頂ければ嬉しいです!


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書影はまだですがイラストレーター様の記載などもありますので、

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