第178話 社畜、チキチキする
《名前:ムルク・トゥルガ》
《性別:男性 年齢:32歳》
《身長:177cm 体重:62kg》
《体力:5/95》
《魔力:56/93》
《スキル一覧:『魔力増加』『傀儡魔法』》
《ノースレーン王国出身。幼いころから魔力に優れ、本来15歳から入学資格があるところを13歳で王都魔導学院へ入学する》
《しかし入学したことに慢心し堕落した日々を過ごしたところ徐々に学院の授業についてゆけなくなり脱落》
《その後は王国各地を転々とし、現在はジェントの売春宿で用心棒として働いている》
《……が、それは仮の経歴と仮の姿》
《魔導学院在学中に魔法の改変技術を買われ王国近衛兵団にスカウトされたあと、その才能をいかんなく発揮》
《現在はジェントの裏社会に潜伏しながら聖女襲撃事件の犯人を追っている》
《学院退学後に独自に開発した『傀儡魔法』により最大十体の戦闘人形を操ることができる》
《備考:悪そうなのは顔だけ》
「……………………」
俺の視界に、倒した男のステータスが浮かび上がった。
………………なるほど。
こういう使い方ならば、忌避感を覚えなくても済むな。
相手をKOしたあと秘密にしておきたい事実やら隠しておきたい能力を丸裸にするという非道極まりない行為に目を背ければ、だが……
それはさておき。
どうやら男の経歴は、リンデさんの推察していた通り、表向きは『魔導学院崩れ』のようだ。
幼いころに才能を開花させたせいで他者より秀でるものの成長するにつれて才能の伸び率が鈍化してゆき、結局は凡人程度だったり『それなりに凡人より優秀』程度に収まってしまった結果、これまで見下してきた他者が成長するとともにどんどん実力を身に着けてゆき、結局は追い越されてしまう……なんてのは、学問の世界でもスポーツの世界でもよく聞く話だ。
…………というのは、残念ながらこの男には関係ない話のようだが。
彼――ムルク……さんが王国側の人間で、CIAとかMI6よろしく潜入捜査の遂行中だったらしい。
どうりで強者の雰囲気をムンムンと放っていたわけだ……
えー……
私、廣井新は潜入捜査中(?)の捜査官を戦闘不能にしたうえ、最重要機密と思しき彼の正体をブッコ抜いてしまいました!
「どうすんだよこれ…………ッ!!!!」
「ちょっ……、アラタさん!?」
俺は悲鳴とともに両手で頭を抱え、その場にガクンと膝をついた。
何事かと慌てたリンデさんがしゃがみこみ俺の顔を覗き込んでくるが、彼女には今倒した人が聖女襲撃事件の最重要関係者(味方側)だったなんて口が裂けても言えない……!
クソ、いつかこうなると思ってたんだよ……!!
まだコイツ――ムルクさんが、聖女襲撃事件の犯人側だった方が幾分かマシだったまであるぞ……!
とはいえ考えてみれば、あり得る可能性だった。
これまでの経緯から、聖女様は国の要人であることは分かっている(アンリ様は若干放置気味だったようだが)。
そんな重要人物を襲撃テロされて、王国の捜査機関がのほほんとしているわけがなかったのだ。
そもそもムルクさんのステータスから読み取れた情報や『竜の顎』との関係性から察するに、彼がジェントにやってきたのは昨日や今日のことではないだろう。
もしかすると、アンリ様がドラゴンに襲われていたあの一件ですら、一連の襲撃事件のひとつだった可能性すらある。
あるいはもっと前……例えば、数年前から潜入捜査を行っていたのだとしたら……
そしてそんな大仕事を、偶然とはいえご破算にしてしまったら……
その先は想像したくない。
つーか潜入捜査の一環で役に入り込み過ぎだろ!
なんで捜査官のくせにチンピラ舎弟のお礼参りに来てんだよ!
そこはさすがに断れよ!
現地人のリンデさんすら怪しまないのに、こっちの事情に疎い俺が『鑑定』なしの初見で見抜けっていうのは無理ゲーが過ぎるだろ……!!
……いや、待てよ。
俺の脳裏に、もっとイヤな想像がよぎった。
もしかして……俺も聖女襲撃事件の関係者だと疑われているのでは……?
実際、犯人一味は暗殺ギルドが実行部隊のようだし、俺とアンリ様を襲撃してきた奴らの戦闘能力は相当高かった。
そこに、『竜の顎』を瞬殺した正体不明の異国の商人(冒険者登録済)が突如現れたのだ。
怪しまないわけがない。
俺がムルクさんだったらとりあえず捜査対象にする。
というか、チンピラ舎弟のお礼参りを装って俺を制圧・捕縛した後にどこかに連れ去って尋問(拷問かもしれない)でもするつもりだったんじゃ……
……だとすれば、俺は彼に対して身の潔白を証明しなければならない。
そうしなければ、彼が捜査から脱落したとしても間違いなく第二、第三の刺客が王国そのものから放たれてくることになるだろう。
それも彼よりはるかに強いヤツらが、それこそ明日にでも。
もちろん、家を借りるどころの話ではない。
下手をすれば、冒険者ギルドも敵に回る可能性すらあった。
そうなれば俺の異世界スローライフはご破算だ。
少なくとも、ノースレーン王国においては。
……これはもしかしなくても、相当にマズい状況に陥っているのでは?
「………ねえアラタさん、本当に大丈夫? 顔、真っ青だよ? もしかして食あたり……じゃなくて、さっきの戦闘で怪我でもしたんじゃないの?」
「大丈夫です。私は大丈夫です」
「そうは見えないけど……」
まったくもって大丈夫ではなかったが、大丈夫以外の言葉は口から出てこなかった。
だが、これ以上悶絶しているとリンデさんに怪しまれてしまう。取り繕わねば。
俺は二、三回ほど深呼吸をしてから、立ち上がった。
「……さて、そろそろ行きましょうか。私はこの人……コイツを衛兵隊に突き出してきますので、申し訳ありませんがリンデさんは先に宿に戻っておいてください」
言いながら、俺はいまだ気絶中のムルクさんの身体を起こし、背負う。
人形の残骸は……片付ける余裕はないが、この際致し方ない。
「ちょっ……私も一緒に行くよ?」
リンデさんが慌てたようにそう申し出たが、俺はどうにか笑顔を作り、そして首を横に振った。
「お気遣いありがとうございます。ですが、リンデさんは明日もお仕事ですよね? 多分これから聴取とかがあると思いますので、下手をすると睡眠時間の確保どころか仕事に間に合わなくなるかもしれませんよ?」
「うっ……それは困るかも」
「大丈夫です、リンデさんには迷惑を掛けません。私に任せてください」
「うん、ありがとう……けど、何かあったらすぐに私の名前を出していいからね? 私も一応冒険者ギルドの職員だし、ここの衛兵隊にも何人か知り合いがいるから!」
「分かりました、いざという時は頼らせて頂きます。……では、おやすみなさい」
「うん。……おやすみ」
リンデさんは数秒だけ心配そうに俺を見つめていたが、その後踵を返し宿の方向へと駆けて行った。
街並みに、夜更けの静寂が戻る。
聞こえるのは、どこからともなく響いてくる犬の遠吠えくらいだ。
ちなみにクロは遠吠えには反応せずスン……とすまし顔だ。かわいい。
「……よし、とりあえずあそこが良さげだな」
もちろん衛兵の詰め所にムルクさんを突き出すなんてするわけがなく。
俺は周囲を見渡し人の気配がないことを確かめた後、街灯の届かない路地裏へと入り込んだ。
……さて。
彼を起こした後、この状況をどう説明しようか。
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