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第177話 社畜と本能の葛藤

「さて、どうしましょうか……」



 俺の『バッシュ』を喰らい完全に昏倒してしまった男は、起き上がる気配はない。


 かなり手加減しているので死んではいないだろうが、やりすぎたかもしれない……


 最近は現実世界でも異世界でも対人戦闘の機会が増えてきたとはいえ、昔からロクにケンカなんぞしたことない俺が、他人を制圧するための『ちょうどいい塩梅』なんぞ分かるはずもない。


 ましてや異世界の攻撃スキルを使った戦闘で、どう加減していいものやら。


 やはり、ケンカの経験を重ねて加減を探っていくしかないのか……?


 ついに、異世界ケンカ道が開幕してしまうのか…………!?


 いやいや、さすがに異世界でもケンカなんて率先してやりたいとは思わない。



 とにかく、これまでの経験から対人戦闘はとにかく精神的に疲労するということだけは分かった。


 魔物相手ならば手加減なしで暴れられるからある意味気楽でいいんだが……


 まあ、こればかりは仕方ないだろう。



「で、アラタさん。この人知り合い? この人はアラタさんのこと知ってるみたいだったけど」


「いえ……直接面識はありません。ただ、夕食の前に冒険者ギルドに立ち寄った時、ちょっとしたトラブルがありまして」



 俺は隣に立つリンデさんに、三バカ……『竜の顎』たちとのひと悶着をかいつまんで話した。



「あー、なるほど……この人はその『三バカ』の、かたき討ちにやってきたわけね。見事返り討ちにあったけど」


「……まあ、そういうことになりますかね」



 あっけらかんとそう言い放つリンデさんは、やはり普通の女性の肝の据わり方ではない。


 尾行に気づいたあたりから察していたが、酒場での話どおり相当な数の修羅場を潜り抜けてきているのだろう。


 今は丸くなっているけど、冒険者時代は相当イケイケだったんだろうな……



「で、アラタさん? この人どうするの? このままトドメ差しちゃう?」


「いやいや! 衛兵に突き出しますよ」



 何を物騒なことを言いだすんだこの人は!


 さすがにイケイケすぎるだろ……



「えー? 本当に? でもこの人、冒険者にしてはずいぶんとトリッキーな戦い方だし、魔法も正規の術式から相当改変してるっぽいし……間違いなく『学院崩れ』だよ?」


「学院崩れ、ですか」



 暗殺ギルドに続いて、またぞろ妙な勢力が出てきたぞ……


 俺の曖昧な返答を受けて、リンデさんが頷いた。



「うん。……アラタさんは異国人だから知らないかもだけど、王都にある魔導学院って、実力主義で入学するのも卒業するのもすごく大変なんだよね。だから独自の魔法体系を編み出しちゃうような傑出した才能がある人でも……何かのきっかけであっさりドロップアウトしちゃうことがあってさ」


「…………」



 気づくと、リンデさんはさっきの飄々とした様子とは打って変わり、怒りと憐みが入り混じったような何とも言えない表情をしていた。


 ……もしかして、彼女もその手の学院の出身だったりするのだろうか。


 スウムの集落では魔法の研究もしていたみたいだし、もしかするとこのオッサンも知り合いだったりするのだろうか。


 それとも、リンデさん自身が……


 いや、やめておこう。


 今はことさら突っ込んで聞くような話ではない。



 いずれにせよ、彼女の話しぶりからすると『魔導学院』は超難関大学とか大学院みたいなところのようだ。


 俺は大卒とはいえ世間で言うところの三流私大卒だからその辺の苦労はとんと分からないけども、エリートにはエリートならではの悲哀があるのだろう。


 いずれにせよ、世知辛い話である。



 リンデさんが続ける。



「……要するにこの人、チンピラの兄貴分程度に収まっているような人物じゃないと思う、かな」


「と、言いますと?」



 彼女の言葉に、俺は一瞬意味が分からず聞き返す。



「多分だけど、裏社会の人だと思う。ほら、ジェントはこの辺だと大きめの街だからいかがわしいお店もちらほらあるし、ガラの悪い飲み屋さんもそこそこあるでしょ? そういうところには、腕は立つけど冒険者に登録できないような……この人みたいなヤバいのが流れてきて、しれっと用心棒とかやってたりするんだよね」


「マジっすか……」



 エリートの悲哀はともかくとして、そうなると俺はかなり面倒くさい人種に手を出してしまったことになる。


 さすがに現実世界まで追ってこれはしないだろうが、ただでさえ暗殺ギルドみたいなヤバい組織に見つかっていないかドキドキしているのに、それに加えて反社みたいな連中にまで狙われる事態は勘弁だ。



「ど、どうしましょう……」


「だから、トドメだよ。この人だって……こんなこと、もう終わりにしたいかもしれないよ? それに衛兵だって、みんながみんな清廉潔白っていうわけでもないし」


「いやいやいやいや!」



 なんか話がループしている気がするが、さすがにそれは無理だよリンデさん!


 とはいえ、彼女の言い分は分からないでもない。


 現実世界でも国によっては官憲が汚職に手を染め放題、というのは聞いたことがある。


 この街の衛兵は遠目で見た感じちゃんと仕事をしているように見えるが、全員がそうだとは限らない。


 リンデさんの様子だと、実際に『犯罪者捕まえてきました、あとはよろしく』で済むわけではないのだろう。



 ……さてどうしたものか。


 もちろん、この場で『処す』のは無理だ。


 さすがの俺もそこまで覚悟ガンギマリじゃないし。


 俺としては、衛兵に突き出す一択しかない。



 ただその前に……やはり、やるしかないか。


 『鑑定』をよ……!!


 正直、気絶中とはいえオッサンを『鑑定』するのは俺の本能が拒否しているが、相手の素性を確かめ、弱みを握るには現状これしかない。


 いやでも……しかし……


 むぐぐ……



「アラタさん大丈夫? なんかすごい顔してるけど食べ過ぎてお腹壊しちゃった?」


「あっすいません大丈夫です」



 よほど苦悶の表情をしていたのか、リンデさんに心配されてしまった。


 まあ……やるしかないよな。


 少なくとも、『鑑定』を掛けるのなら男が目覚める前だ。



『…………』



 なぜか足元から視線を感じたのでチラリ見やると、クロが呆れたような目をしていた。


 分かってるよ『早くやるがよい』だろ? やってやんよ!



(……『鑑定』!)



 幸い、男は無反応だった。

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