第176話 社畜と先手必勝の心得
「一応聞くけど、アラタさんは戦闘そこそこやれるんだよね?」
「まあ、一応は」
俺が頷くと、リンデさんは口の端を少し吊り上げた。
「了解! じゃ、役割分担しよっか。わたしは前衛ね」
「ちょっと待ってください」
思わずツッコミ気味に止めた。
「なーに?」
いや可愛く小首をかしげて『なーに?』じゃないでしょ……
リンデさん、確かに元冒険者だし武闘派っぽいのは聞いているけど、魔法使いだよな!?
どう考えても近接戦闘に向いているとは思えない。
それに敵の実力も分からないのに、彼女を先に突っ込ませるわけにはいかなかった。
というか、どう考えてもブランクありますよね……?
……聞いたら怒られそうなので、口には出さなかったが。
「一から説明したいのも山々なのですが……時間がありません。今回は私に前衛を担当させて頂いて、リンデさんは後方支援ということで一つどうでしょう? というか、後方支援をやったことがないので……そっちを担当するとなると、リンデさんに迷惑をかけてしまうと思います」
「うーん、仕方ないなぁ……了解。でも、アラタさんが危なくなったらすぐに介入するからね?」
「分かりました」
そうならないことを祈るばかりだ。
もっとも俺だって、どんな相手でも最初から負けるつもりはない。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「了解! それじゃ、まずは支援魔法を掛けるね。――『風の護りよ』」
「おお……!」
リンデさんが呪文を唱えた瞬間、俺たちの周りにふわり、心地よい風が吹き――暖かい空気が身体を覆うのを感じた。
「……よし。これで、ある程度の攻撃は防げるはずだよ。風の魔法だから、動きの妨げになることはないと思う」
「ありがとうございます。確かに、動きにくさはないですね」
「どういたしまして!」
少しずつ近づいてくる相手を、抱きしめ合ったまましばし待つ。
…………。
「……あの、リンデさん」
「なーに? アラタさん」
「そろそろ離してもらえませんか?」
「なんでー?」
いや……そんな不思議そうな顔で見つめられても。
「防護魔法を掛けて頂いたのはありがたいんですが、このままだと相手の間合いに入ったら即行動が取れないですよね?」
「間合いに入るまでに離れればいいんじゃないのー?」
「いやまあそうですけど……いやいや!」
一瞬説得されそうになり我に返る。
やっぱこの人、まだ酔っぱらってるだろ絶対!
あと、あまり長い間密着しているといろいろと俺の方がヤバい。
リンデさん、なんだかんだで美人さんだからな……
どことは言わないが、とにかくヤバイ。
「とにかく、そろそろ離れないと、逆に相手の奇襲を受けますよ!」
「はあ……仕方ないなあ……じゃあ、続きは不審者を倒してからね!」
「もう遅いですし、続きとかないですから!」
「あんっ!? もうっ……」
彼女の抱擁を強引に引きはがし、俺は道の真ん中に立った。
そんな俺の隣にクロが並ぶ。
仔狼のままだが、街路の狭さを考慮すると巨狼化するよりはこちらの方が機敏に動けるという判断だろう。
「クロ、いざというときはリンデさんを連れて逃げてくれ」
『…………』
クロはチラッと俺を見て、すぐに視線を前に向けた。
意思は伝わっているだろうが、『そんなことは必要ない』とでも言いたいのか、鼻も鳴らさなかった。
すでに尾行者は、俺たちが気づいていることを察したようだ。
30メートルほど先の路地裏から、音もなく人影が現れた。
「……お楽しみ中、悪いねえ」
痩せた男だった。
ニヤニヤと笑みを浮かべ、両手はだらんと伸ばしながら歩いてくる。
丸腰だが、立ち振る舞いに隙は見当たらなかった。
コイツ……それなりに、できるな。
「アンタ、手を出しちゃいけねェ相手に手を出しちまったんだわ。……なら、その後どうなるか分かるよなァ?」
「………」
手を出してはいけない相手?
そんな奴らに心当たりは……ある。
最低でも、ふたつは。
……どっちだ?
「『竜の顎』って知ってるだろ? アイツら、俺らの舎弟なんだわ。弟分の不始末は、兄貴分が片付けるってのがスジってもんだろ?」
「……なるほど、そういうことですか」
男に正解を答えられ、俺は少しだけ安堵した。
どちらかだとは思っていたが、そっちならば何も面倒はない。
「へえ、ビビらねェんだ? 驚いたぜ、結構な殺気を出してるつもりだったんだが……たった一人であいつら三人を倒したってのは、やっぱりマジだったんだな。これって、結構すげぇことなんだぜ? あいつら、なんだかんだで腕っぷしだけは強ぇからな。それに……俺を前にしたやつはたいていすぐにビビッて腰を抜かしちまうんだ」
「…………」
男は驚いたふりをしながら、その場で大きく両腕を開いて見せた。
ワキワキと、手を握ったり開いたり。
なんだあの動きは。
気色悪いな……威嚇のつもりか?
男の服は、この辺の住人が着ているのとそう変わらない。
年齢は俺と同じくらいだろうか。
身体は細く、ぱっと見はケンカも戦闘も強そうには見えない。
だからこそ、不気味だった。
「でもなぁ、中にはいるんだよ。殺気に鈍感なのか、それとも殺気そのものに耐性があるのか、とにかくビビらねぇ。そういうヤツは、たいてい強くなる。まあ、残念だぜ? なんたって、俺ァ強いヤツが好きなんだ。特に、アンタみてェな男気あるタイプはよう。でも、アンタは敵だ。倒さなきゃならねェ。こんな辛ェことって、なかなかねぇと思うんだよ。だけどよ、これも運命だと思って――」
男の口上は続く。
力は強そうに見えない。暗器の類を隠し持っている? 毒使い? 魔法使い?
それとも身体能力や知覚能力を強化して襲ってくる?
それにしても、お喋りなヤツだ。
何を考えている?
いや、このおしゃべり……もしかして何かの時間稼ぎか……?
だとしたら、何を仕掛けてくるつもりだ……??
クソ、分からん!
……ならば『鑑定』を使うか?
いやぁ………………使いたくねえな………………
『鑑定』を人間に使った場合にセクハラに類する何らかの感覚を与えるらしいことは、アンリ様に掛けたときの反応でほぼほぼ間違いなかった。
それをオッサンに使用するのは……無理だ。
仮に状況が許しても、俺の本能が拒絶している。
もちろん生死が関わる状況で四の五の言っていられないならば躊躇しない『覚悟』は持っているつもりだが、『今はその時ではない』と俺の本能が告げている。
ならば、どうすればいい?
……いや、やるべきことは分かってる。
相手は、おそらく何かを仕掛けるための時間稼ぎをしている。
俺のすべきことは、その目論見を潰すことだ。
ならばどうする?
それは……『先手必勝』だ。
最短最速で相手の間合いを潰し、何かをする前にブッ倒す――ッ!
「話は変わるけどよ、街の中って不便だよなァ。武器を携帯してりゃ衛兵に言い訳がたたねぇし、素手じゃ相手をぶっ殺すのが面倒くせェし。だから俺は考えたんだわ。こうやれば――」
そう決断したあとは、行動に移すだけだ。
喋り続ける男の懐へ、俺は一足飛びで潜り込む。
蹴りつけた石畳が割れる感覚があったが、気にしない。
「話の腰を追ってすいません」
「――は?」
懐に潜り込んだ俺の顔を、男が呆けたような表情で見た。
だが遅い。
男が反応するその前に、ヤツの鳩尾に掌打を叩き込んだ。
「かひゅっ……、げはッ……!?!?」
前回の経験を活かしかなり威力を下げておいたが、十分な手ごたえはあったようだ。
果たして男はぐるりと白目を剥き、苦悶に顔を歪めながら地面に突っ伏した。
そして、そのまま起き上がる気配はない。
勝負ありだ。
それと同時に、四方八方からカシャカシャカシャカシャ……と乾いた音がこだまする。
さらに空からは、何かがバラバラと降ってきた。
「おっと!?」
『…………』
かなりの量だったが、これは攻撃ではなかったらしく俺とクロは難なく避けることができた。
落下物は甲高い音を出しながら石床で跳ね、周辺に散らばった。
暗がりで少々見づらいが、筒状の物体や球体の物体だ。
『…………!』
クロが何かを察したらしく、素早く落下物のもとに駆け寄り咥え上げ、俺の元に持ってきた。
「なんだこれ……腕?」
クロが咥えているのは、どうみても木製の腕だった。
関節部分には魔法の呪文らしき文字が刻んであり、手の指には鋭い鉤爪が付いている。
これは……人形の一部だろうか?
「アラタさん! ……大丈夫!?」
俺がしゃがみこんでいると、勝敗が決したのを察したリンデさんが駆け寄ってきた。
「リンデさん、これ」
「……なにこれ? 人形の手?」
「そうみたいです」
そこでようやく、倒した男の手口が分かった。
要するに、人形使いだ。
落下してきた人形の部位は一体分だったが、周囲から聞こえた音からするに相当な数が潜んでいたようだ。
おそらく、その辺の路地裏にも似たような人形の残骸が転がっていることだろう。
この男……たった一人の割に随分と自信満々だと思ったが……多勢に無勢だったのは、俺たちの方だったようだ。
コイツが長々と喋っていたのも余裕からではなく、人形を配置に付かせるための時間稼ぎだったのだろう。
一瞬の判断だったが、どうやら俺は首尾よく正解を引けたようだ。
……もし普通に戦っていたら、もしかしたらリンデさんが背後からの不意打ちを喰らったかもしれない。
それを自覚して、少しだけ肝が冷える。
それにしても、こういう手口もあるのか。
確かに人形が相手だと、生きていない分気配を感じにくいのも頷ける。
今後、気を付けなくては。




