第165話 社畜と社長と聖女の三者面談
『こちらにも、『大陸語』を話せる方がいらっしゃるのですか!?』
突如異世界語の言葉を話し始めたソティを見て、アンリ様が驚きの表情を浮かべた。
気持ちは分かる。
俺もある程度推察していたとはいえ、実際にソティが異世界語を話し出したときは驚いたからな。
しかし、異世界の言葉は向こうでは『大陸語』、というのか。
察するに、ノースレーン王国やその周辺諸国で使われている言語、ということだろうか?
俺の『鑑定』では対象の話す言語の名前まで詳しく教えてくれるわけじゃないから、こうして話題にならなければ知ることはできない。
まだまだ俺も、異世界について知るべきことが多いな。
『ふむ。やはり訛りがキツいが……理解できぬというほどではない』
一瞬ソティが顔をしかめ小声でそんなことを口にするが、すぐに笑顔に戻り、アンリ様に向き直った。
『申し遅れたが、ワシはソティ・フカブチと申す。立場は、お主にはどう説明したものか……そうじゃな、今は『ヒロイが所属する組織の長』ということで納得してもらえぬじゃろうか。ともかく、以後よろしく頼む』
『は、はい。こちらこそよろしくお願いいたします』
二人が互いにお辞儀をして、ひとまず自己紹介は無事に済んだようだ。
ちなみにソティの本名は『深渕ソト』という。
こうしてみると妙に古風な名前だが、なんとなく後者が本名だろうと思われる。
ソティは……偽名か、異世界での名前なのだろう。
というか戸籍とかどうなってるんだ。
まあ、今ツッコむ話題でもないのでスルーする。
と、ソティが俺の方にチラリと視線だけを寄越して言った。日本語で。
「……ワシが異世界語を話せることについて、聞きたいことは山ほどあるじゃろう。が、逆にお主に聞きたいことも山ほどある。しかし、それは後回しじゃ。よいな?」
「……承知しました」
確かに気になることではあるが、後回しにすべきだという意見については同感だ。
俺も特に追及することはせず、素直に頷いた。
『さて、それではこちらで落ち着いて話をしようか。二人とも掛けるがよい』
ソティが言って、部屋のソファを指し示した。
それにしても、『大陸語』を話す彼女を見ていると妙な気分になるな。
まあ、今は気にしないでおく。
『それでは失礼します』
『し、失礼いたします』
三人でソファに腰掛ける。
俺とアンリ様は隣同士、対面にソティ。
彼女は成人女性のままの姿だ。
いつものように銀髪魔法幼女に変化しないので逆に違和感がハンパないが、そもそも普通の会議や来客の時はこの姿なわけで……俺の感覚がおかしいのだろう。
それはさておき。
『それでは、本題に入りましょう。ここからは異世界語……『大陸語』で進めるということでよろしいでしょうか?』
『うむ。全員、意思疎通ができた方がよいからのう』
『では、そのように』
ということで今度はアンリ様を交え、先ほどソティと話した内容を再確認。
彼女がこちら側にやってきた経緯は曖昧にしておいたが、さきほど説明した以上の内容をあれこれ突っ込んで聞かれることはなかった。
ともかく、その後は今後の対応などを話し合った。
そこでまず決まったのは、主に彼女の日本での住まいと生活環境だ。
まず、こちら側での彼女の立場だが……本社のインターン生という扱いになった。
まあ、妥当な線だろう。
こうすることで、会社のさまざまな福利厚生などを彼女に適用できる。
具体的には、当面の間、本社近くにある女子社員寮の空き部屋を貸してもらえることになった。
一応すぐに入って生活できるよう最低限の家具は置いてあるとのことで、安心である。
もちろんちゃんと風呂トイレ別でキッチンもあるそうだ。
おまけにオートロックや魔法的なセキュリティが施されているらしい。
……というかウチのアパートよりよほど立派なのでは? なんか悔しいんだが?
それはさておき。
それと、彼女の立場だが……『インターン生』という扱いである以上、会社で多少の業務に従事してもらうことになった。
こっちに関しては、おいおい調整できしだい俺を経由して伝えるとのこと。
ただ、当然だが彼女は日本語が喋れないし、文化も違う。
通常の業務を任せることはできないので何をさせるのかちょっと不安ではある。
……まさかアンリ様に、魔法少女みたいに妖魔討伐とかをやらせるつもりじゃないだろうな!?
まあ、一応彼女も戦闘力が皆無というわけでもないみたいだし、雑魚の掃討くらいならできなくもないが……そこはなんとかうまいこと調整してくれることを祈るしかない。
――その後はソティがアンリ様に魔法を使えるかどうか確認したさいにアンリ様が屈強な冒険者に変化して驚かせたりした一幕もあったが、おおむね彼女がこちらで生活するための段取りを整えることができた。
『しかし……さすがに法的な話になると、ワシも専門外ゆえ答えにくいのう』
話題がアンリ様のこちらでの『身分』に移ると、ソティは腕組みしつつ難しい顔になった。
『そもそもの話、異世界の国家を『独立国家』と定義できるものか非常に微妙なところじゃ。アンリ殿が密入国や不法入国であると断定することはできんじゃろうな。ゆえに、ただちに違法で官憲にしょっ引かれるようなことはなかろう。というか……おそらくこの国の誰も、この問題に対して明確な答えを用意している者はおらぬじゃろうな。とはいえ、なるべく目立たないよう行動する方が無難じゃろう』
『まあ、そうだとは思っていましたが……』
やはり、いくら社長殿で分からないものは分からない、ということのようだ。
だが、それゆえ少し安心できた側面もある。
俺としては、いきなりアンリ様が警察なり公安なりに身柄を拘束される恐れがなければそれでいいのだ。
『まあ、今のところは我が社のインターン生、という身分のみを考えればよいじゃろう。一応、ワシからも法務部を含め信頼できる筋に当たってみるとしようかのう。今のところは、それくらいしかできぬ』
『ありがとうございます』
『ヒロイ様、ソティ様、私のように誰とも知れぬ者に良くして頂き感謝しかありません』
先の見通しが立ったことで安堵したのか、アンリさまがようやく笑顔になった。
俺も、ひとまず多少なりとも先が見通せたことに安堵する。
とりあえず、これでしばらくはなんとかなるだろう。
『気にするでない。困ったことがあればいつでも頼るがよい』
ソティがアンリ様にそう言ったあと、俺に顔を向けた。
「ああ、お主については……あとで少々話があるゆえ、すまぬが残ってもらえるかのう?」
「…………承知しました」
……まあ、俺については当然この後が本番だよな。
気を引き締めていかねば。




