第137話 魔法少女 vs『傀儡師』② 【side】
『四、三、二……作戦開始!』
インカムから流れてきた合図と同時に、ミラクルマキナは空き家の二階の窓を蹴破り、内部に突入した。
元々は寝室かなにかだったのだろうか。
十五畳程度の部屋だ。
もっとも室内はむせかえるような臭気と濃い靄が立ち込め、さらに柱状のオブジェが林立しているせいで部屋の奥が見通せない。
「なによ、これ……!」
彼女と同時に突入してきたシャイニールナが隣で怪訝な表情をしている。
実際、部屋の内部は奇妙としか言いようがなかった。
というか、林立しているオブジェが、だ。
数は十数本ほど。
高さはまちまちで、おおむね1.5メートルから2メートルほどだろうか。
それはサボテンのように屹立した植物状の幹と、そこから枝のように人体のさまざまな部位が突き出た、奇妙な形状をしていた。
もっとも、突き出た部位の位置はさまざまだ。
手は根本あたりから。
足は幹の中ほど。
頭部と思しき部位は……突き出した足の根元辺りから。
オブジェのいくつかは、時おり痙攣するように蠢きうめき声をあげている。
「なんてことを……!」
ここで何が起きたのかを察したのだろう。
シャイニールナが嫌悪感からか、顔を歪めた。
それも当然だ。
その『前衛的な』オブジェはまだ生きていたのだから。
おそらくそれらは、寄生後に放置され『蔦の妖魔』に侵食され尽くした人間の末路だ。
ミラクルマキナも胃の中から込み上げるものがあったが、どうにか堪える。
と、その時だった。
『あれ? なんか外が静かになったと思ったら……そういうことかぁ』
「……!」
「……!」
その場に似つかわしくない幼い声色が聞こえ、二人の魔法少女は武器を構えた。
見れば、『オブジェ』の林の奥に誰かがいた。
わずかな隙間から見えるのは、リクライニングチェアに腰掛けてた人間の姿をした『何か』だ。
体格から見て、歳は十二、三歳くらい。
ぶかぶかのパーカーを着込み、フードを浅めに被っている。
外見上の性別は……おそらく男性。
『魔法少女なんて、久しぶりだなぁ。もしかして、僕の研究を見学しにきたのかな?』
クスクスと笑いながら、顔を上げる。
顔立ちはあどけない子供のものだが、その目は濁った赤色をしていた。
彼の袖口には、蔦のような植物がまるで蛇のようにシュルシュルと蠢いている。
「『傀儡師』……ッ!」
隣でシャイニールナが吐き捨てるように呟いた。
ミラクルマキナには、その顔に見覚えがなかった。
先日の作戦会議のさいに写真を確認してはいたが、以前目撃した姿とは異なっていたからだ。
けれども、この小馬鹿にした態度と粘着質な魔力、そして背筋に差し込むような冷たい威圧感には……覚えがあった。
間違いない。
こいつだ。
そう認識した瞬間、どす黒い衝動が腹の底から噴き上がった。
「あああッッッッ!!!!」
ミラクルマキナは強烈な衝動を力にかえ、『オブジェ』の隙間をかいくぐり一瞬で『傀儡師』に肉薄する。
『えっ』
『傀儡師』は、彼女がいきなり襲いかかってくるとは思っていなかったようだ。
目と鼻の先まで接近されているというのに、まったく反応できていない。
『死ねッ!!』
彼女は鋭く叫び、戦槌『ガベル』を――横殴りに叩きつけた。
インパクトと同時にドゴン、と轟音。
次の瞬間には前方の壁面が消失し、『傀儡師』の姿も消えていた。
魔法少女の膂力から繰り出される打撃の威力は想像を絶する。
今やミラクルマキナの視界の先にあるのは、崩壊した壁と丸くえぐり取られた夜の闇だけだ。
「……ふん」
静寂が訪れる。
わずかに聞こえてくるのは、『オブジェ』から時おり漏れるうめき声と崩壊した壁からパラパラと落ちる破片の音、それに二人の魔法少女の息遣いだけだ。
崩壊した壁の外から、冬の冷気がどっと押し寄せてくる。
「ちょっ……あんたいきなり何すんのよ! 家が倒壊したら巻き添えになるじゃない!」
その冷たい空気で我に返ったのか、シャイニールナが食って掛かってきた。
この女は何を慌てているのだろう。
ミラクルマキナは慌てず騒がず彼女の抗議に応じてやる。
「うっさいわね。こんな狭い場所で怪人と戦えるわけがないでしょ。あんたの武器じゃ無理だし、わざわざあ私が外に叩きだしてあげたんだから感謝しなさいよ」
「はあ……!? ていうかこの隙に逃げられたら元も子もないじゃない!」
「結界で包囲されてるのに逃げ場なんてないでしょ」
「ちょっ……いきなり大きな音がしたけど……ってなんで二人がケンカしてんの!?」
と、そこに駆けつけてきたのはゴシックセイラだ。
彼女は慌てた顔で、二人の間に割って入る。
「何があったの? ていうか怪人は!?」
「こいつが『傀儡師』をどこか遠くにぶっ飛ばしちゃったのよ!」
「ええ……」
ゴシックセイラが『うそでしょ?』みたいな顔をしているが、ミラクルマキナにしてみれば極めて合理的な判断に基づいた行動だ。
そもそもここは部屋の狭さ以前に、怪人の根城だ。
壁や天井にどんな罠が仕掛けられていて、どれだけの伏兵が潜んでいるのか分からない。
いまそこに立っている『オブジェ』もいつ動き出して自分たちを襲うか分からないし、怪人が人質として使用するかもしれなかった。
ここで戦うなんて、愚の骨頂だ。
……もちろん思い切りぶん殴ったのは感情的な面があったのは否めないし、指示されていた作戦とは少しばかり違うやり方だというもことも自覚している。
だが今回の作戦では、現場での裁量は各々に任されている。
怪人には一定のダメージを与えた手ごたえがあるし、犠牲者と思しき『オブジェ』も無傷のままだ。
何も問題ない。
そもそも自分たちを鍛えてくれた廣井さんならどうするか? ……と頭を巡らせたならば、おのずと答えは出るはずなのだ。
臨機応変に対応できない石頭の戯言なんて、いくら怪人討伐経験があるとしても一考だに値しない。
「それじゃ、さっさと怪人をぶっ殺しにいくわよ」
「はあ……やってしまったものは仕方ありません。とにかく『傀儡師』を追いましょう」
なぜかゴシックセイラが頭を抱えているが、彼女は廣井さんの教えをしっかりと受け取れなかったのだろうか?
とはいえ、今はそれを追求している暇はない。
怪人を殺すという目的は、三人とも一緒なはずなのだから。
「ていうか、なんであんたが仕切ってんのよ……」
シャイニールナの愚痴を背中で聞き流しつつ、ミラクルマキナは空き家の外へと飛び出した。




