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第131話 社畜と大人の葛藤

 朝来(あさご)さんにまつわる事件については、すでに聞き及んでいるところが多い。


 両親が妖魔に殺害されてしまったことなども、当然知っている。



「実は、彼女が魔法少女になるきっかけになった事件については、少々気になる点がありまして。……ここです」



 桐井課長がファイルのページをめくり、朝来さんが魔法少女になった経緯に関する記述を指し示した。


 ひとまず、ざっと読んでみる。



 場所は、とある地方の山間部。


 季節は真冬、時刻は18時頃。


 周囲には民家はないものの、事件現場の近くには数十年前に廃業した採石場だか鉱山だかの施設が放置されていたそうだ。


 そこが妖魔たちの巣窟になっており、不幸にも車で通りかかった朝来さん一家を連中が襲撃したという……事件だ。


 もっとも対外的には別の事件……というか事故として取り扱われていることも併記されている。



 曰く、真っ暗な山道を走行中に鹿か猪などの獣が飛び出てきたため咄嗟(とっさ)にハンドルを切り、しかし凍結しはじめた路面のためスリップしコースアウト、転覆。


 その後燃料に引火し、車に閉じ込められた両親が焼死。


 朝来さんは瀕死の重傷を負ったものの、偶然通りかかった別の車に助けられた……ということになっている。



 とはいえ妖魔による事件であることを踏まえても、そこまで不審な点はない。


 この手の廃屋とか廃墟がしばしば妖魔の巣窟と化していることは『こっちの世界』を知ってから、すでに周知の事実となっている。



「蒔菜さんのご両親を襲った妖魔というのは、いわゆる小鬼型だったんですが……今までその地域で小鬼型妖魔を確認されたことはなかったんです。それに、この事件以降、同様の小鬼型妖魔による被害は一度も起きていません。そして件の怪人『傀儡師』は今は『蔦の妖魔』を使役しているようですが、同時期に他の地域で発見されたときには小鬼型妖魔を好んで使役していたようです」


「なるほど」



 個人的には、それをもって朝来さんの事件と『傀儡師』とを関連付けるのは難しいと思う。


 とはいえ、桐井課長も決してただの憶測でこんな話をしているわけではないはずだ。



「それで、この事件に今回の怪人を倒すヒントが?」


「それについては見つかるかどうか微妙なところなんですが……蒔菜さんなら、何か知っている可能性はあるかもしれません」


「でも、それって……」


「自分で切り出しておいてなんですが……もちろん、分かっています」



 少しだけ間をおいてから、桐井課長が続けた。



「……思い出したくもない記憶だと思います。トラウマを抉ることになると思います。なので、あまり取りたくない手段ではあるんですが……」


「…………」



 難しい顔で言葉を濁したが、言いたいことは分かる。


 とはいえ思い当たってしまった以上、自分の胸だけにしまっておくわけにもいかない……ということだろう。


 仕事に真面目な桐井課長らしい葛藤だ。



 とはいえ、怪人討伐のヒントが見つかる可能性があるというのに、みすみす見過ごすような真似をするわけにもいかないのも事実だ。


 これ以上怪人を野放しにすれば今まで以上に被害が出ることは確実だし、能力の詳細や弱点が判明していない状態では他の魔法少女たちに対策を伝えることもできない。



「分かりました。そのときは、一緒に嫌われましょう」


「廣井さんには、嫌な役を押し付けてしまいますね」


「いえいえ、これも仕事ですから」



 というわけで。


 朝来さんの授業が終わるのを見計らい、彼女に用件を伝え本社まで来てもらうことにした。




 ◇




「全部話すわ」



 朝来さんは会議室の長机に鞄をドン! と置くなりそう言った。


 怒りも怯えもない。


 その代わりに、彼女の視線は妙な迫力があった。



「あの、蒔菜さんには辛い記憶かもしれないけど――」


「問題ないわ。それで? 何から話せばいいかしら?」



 彼女はふんす、と鼻息荒く椅子を引くと、そのままどっかと腰掛けた。


 遠慮がちに話しかける桐井課長とは対照的な態度だった。



「…………」


「…………」



 俺と桐井課長は顔を見合わせた。


 たぶん考えていることは一緒だろう。



 ……朝来さん、なんか思ったより前向きだな?



「二人の考えていること、分かるわよ。どうせ過去の話なんて持ちだしたらトラウマで怯えて尻込みするとでも思ったんでしょ?」



 図星である。


 とはいえ、彼女が前向きなのは、こちらとしては非常に助かるわけで。



「こちらとしては、話してくれるのならありがたいです。でも、辛いところは話さないで大丈夫ですからね」


「余計なお世話だし! もしかしたら、仇の怪人かもしれないんでしょ? 情報の出し惜しみなんてするわけないでしょ」


「ならば、遠慮なく聞かせてもらいますね。まずは――」


「でも、話すには二つほど条件があるわ」



 桐井課長の言葉を遮るようにして、朝来さんが続ける。



「必ず、私をその怪人討伐チームに組み込むこと。それと、討伐のための戦闘訓練があるならそのすべてに参加させること。……これだけは約束して」 



 そう言った彼女の瞳には、ギラギラと燃えるような復讐の炎が宿っていた。

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