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オッスオラ夏侯楙

作者: 凡凡帆凡

「久々の風呂は気持ち良かったな」


 本当に気分が良い。身体が火照り黄昏を写す窓辺に置いた椅子に腰を下ろした。寒い寒い長安の光景と空気に酒が欲しくなる。


 召使が用意してくれていた程よく暖かい鼎を手に取った。諾々と鼎を傾け蜂蜜を混ぜて温めた葡萄酒を呷る。ふと銅鏡を眺めて我ながら頑張ったともう。


 マジで頑張ったと俺。


「ホント……よく痩せたもんだオレ」


 顔だけでも弩級デブ、略してドデブであったブヨブヨの面影は無い。曲がりなりにも自分の顔に言う事じゃねーけど貴公子然としたテメーの顔が窓から降り注ぐ月光に照らされてる。


 我ながら佇む様は正に此の世の物とは思えないと思う、たぶん。まぁ道鏡ちっちゃくて全身見えねーけど。てか道鏡だから月光もクソもねー。


 宮中でも軍中でも豚が龍になったとか思いっ切り言われたけど頷ける在り様だ。


 マジで身体を絞って細いがしなやかに鍛え抜いた身体を手に入れた。はだけた襦から覗く熱い酒で赤みを添えた白玉の如き肌は努力の賜物。流したままの清流を黒く染めた様な髪は色気をも漂わせて女官達に天人と呼ばれるのも頷けた。


 ナルシストって言われても良いからもっと褒めて欲しい。マジで。


「フゥ……。キッショ我ながら」


 そういや異様な程に艶やかに吐息すんなとかみ言われたしな溜息しただけで。


 じゃねーや。


 ナルシストすぎてキモいなマジで。垂れてきた艶髪を撫で付け鼎を再度傾け酸味と強い甘味を味わい浸った。


「でも頑張ったんだよなぁ……オレ」


 想起するこれまでの努力。何かシルクロードのある涼州に体のいい厄介払いされ、これ幸いと商売を重ねた今まで。良い感じで稼ぎ稼いで漸くそこそこの酒を飲めるまでに至ったんだ。


 大きく息を吸って鼎を置く。


 マジでさ……ホント……ガチで。


「いや、三国志の時代にタイムスリップしてぇっては言ったけどさァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!……ハァ……ハァ!!!」


 思わず大きく広げた両手で頭を挟みながら顎外れんじゃないっかって程に口を開いて絶叫しちゃった。ゲロの代わりに愚痴を吐露してる訳だけど顔の左右の指は玉を掴む竜の様に忿懣示して力強い。もう誰もいないし良いだろコンチクショーメ!!!


「飯はクッソ塩味ィィィ!!ハンッバーガーも無ぇーし!!馬はケツの皮剥けまくるしよォオオオオオオオオオオ!!てかケツ死ぬからウォシュレット持ってこいやッッックソガァァァアアアアアアアアアアッ!!!!」


 ……だいたい。


「選りに選って史記にポンコツカス野郎だって事しか書いてねぇ夏侯楙ってコレなん、ホンッ、マジどーゆー事!?

 アァアレェじゃん!!魏延がクソ無謀ポンコツ大作戦としか思えねー長安奇襲策考えた理由じゃァアん!!腰抜けカスだからワンパンどころか長安行くだけで取れるとか思われてたヤツじゃァアん!!」


 一息。


「ってか(外国)にも伝わるカス具合って何!!!!!!!!ウゥンッチ!!!!!

 しかも曹操の娘と結婚してるのに女好きが過ぎて嫌われてるって何なん!?いくら腹心の息子つったって魏だよ俺の所属してるトコさあッ!?創業者の娘と仲悪くなり過ぎて誹謗中傷通り越してやってもねぇ冤罪擦り付けられるってなに!!!!?……ハァッ、ハァ」


 なんか気付いたら立ち上がってたわ。疲れた。座ろ。


 マジで超大変だったなホント。赤ん坊の頃からだったら未だしもスゲェ微妙な時期に転生すんなよマジで。地獄だってコレ。


 つか夏侯楙()夏侯惇(オヤジ)は魏国の創始者の腹心中の腹心の筈じゃん。別格も別格の扱いを受た魏国の前身、漢の臣下って扱い受けてるじゃん。最後まで魏の創始者の同僚として遇された男じゃん。


 しかも創始者が死んで魏の臣下となってもその位は将軍位の最高位大将軍という立場な筈な訳よ。


 けど、その魏国の創始者ってのが曹操だ。正確に言うと面倒いので端折るが現皇帝のお爺ちゃんな訳よ。で、オレが乗り移ったかなんかの時、夏侯楙(コイツ)は女好き過ぎてその創始者の娘に讒言されてた。


 アホだろ。ってかアホ。


「なんで転生したらクッッソ弩級のデブオッサンなんだヨォ!!なんで転生した初手にダイエットしなきゃいけねーんだよ!?」


 あ、もうムリ止まらない。


「しかも親父が金遣い荒いから家に金全然ねーし、節制すりゃぁケチ、商売したらガメツイってなんなんだよ!?

 ゴミ儒者カス供が喧しいから弟達注意したらクソ睨んでくるしよォ!!!」


 もうロックバンドばりに絶叫してるね。デスボイスかな?ってレベルの声出るわ!!


 我ながら憤死すんじゃねーの。


 あ“ー!!


「嫌がらせのみてぇに夏侯楙の記憶もあったしあんま言えねぇけどよ。特に親父が気前良く金をばら撒くから偶に飯食えなかったってのはそら太るとは思うけど限ンッ度ォオ!!!!!」


 あもホント。


「才能ゼロから始める三国転生記ってか!

 あの素晴らしい親父の尻拭いで金策をってか!!

 オーバーカロリーってか!!!

 女難戦記ってか!!!!

 御断りだこんな地獄のカルテットはヨォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」


 何より……。


「現皇帝にも嫌われてんのは何なんだッコラァァァァアアアアアア!!!」


 酔い過ぎかなオレ。酔ってんな。でも飲まなきゃやってらんねーよ。


 鼎を傾け晩酌を再開だコンニャローめ。


「主様、伝令が参っています!!」


 うおっ?!


 びっくりした。


 超、ビックゥってなった。


 落ちてきた髭を一撫で服を軽く正す。


 足音が止まったけどコレ聞かれてないよね?


「んん”ッ。どうした。早く入れなさい」


 渋みと余裕のあるオジさんですよ感出てるかなコレ。


 いや出てると思え。俺はダンディだ。ダンディを意識しろ。


 主にアホなのがバレるから。アホなのがバレたら今までの努力パーだから。


「此方へ」


 召使さんが下がり泥に塗れた伝令が一瞬立ち尽くし慌てて拱手しながら片膝を突いた。


「し、失礼いたします!!」

「御苦労だな。お前が来たと言う事は蜀の賊徒に動きがあったか」

「は、はは!当にその通りで」


 驚いた顔で伝令は言う。いや、ここで慌てて伝令が来るとしたら蜀だろて。伝令は頭を慌てて下げて続ける。


「閣下の予測通り蜀に動きが。賊軍が漢中に軍糧物資を運んでいます。数万を超える軍勢を要している事は確実かと」


 え、マジ?遂にかよ。どんだけ待たせんだ蜀の奴等。


「うむ、そうか」


 それにしても服きったねーな。そうか前線から戻ったのかコイツ。大変だったろうし想定通りにはなったしな。


「蜀の酷道を進み良く伝えてくれた。お前はゆっくりと休め。少し冷めたが酒でも飲むと良い」


 あ、まだちっとはあったかいなコノ酒。大きめの鼎ごと手渡してやれば伝令はクソ嬉しそうに拱手し頭を垂れ受け取った。飲みっぷりいいなコイツ。酒ももういいし折角だからから全部やるか。


「コレも持ってきな」

「光栄にございます!!」

「ああ、お疲れ」


 さて、あと一踏ん張りだ。


「諸将を呼べ!!」


 伝令が酒壺片手に出ていけば長安が一気に騒がしくなった。


「さぁ北伐止めて楽隠居への第一歩だ」


 もう初陣以来ハッキリ言って戦とかしたくない。居るだけで良い今の状況が有難くて仕方ねぇ。だからこそ北伐阻止はガチのマジだ。


 覚悟を決めて政庁に集まった将軍達を睥睨して口を開く。


「さて諸将、蜀の賊軍。かの諸葛孔明が魏に仇なそうとしている」


 覚悟しろよお前……アレ?


 なんで全員が雁首揃えて首傾げてんだ。


 え何で?


 代表して爺さん将軍の王忠が代表しておずおずと。


「その、諸葛、孔明とは誰ですか?」

「えっ!?」

「も、申し訳ございませぬ。恥ずかしながら聞いたことも無い名で御座いますので。そのように警戒する程の者なのでしょうか」


 いやいやいや、諸葛亮ですけど!?怖過ぎてメッチャ調べたけど俺?調べたっつーか調べてもらったんだけど。


 えーっと確か。


「徐州瑯琊の諸葛氏に連なる者です」


 それでも諸将の反応は鈍い。なんかウチにも居たような気がするみたいな反応が精々だ。いや徐州は確かに遠いけど一応は名族やぞ諸葛氏。


 何で慌ててんのって顔やめろや。


 いや確かに劉備くたばったけどナメ過ぎなんだよな蜀の事。だいたい魏国内で今回の戦が大規模に成るって考えてる奴がほぼいねぇもん。どいつもコイツも劉備って巨星が落ちたから蜀とかカスって言ってんだからヤベェ。


「其の敵軍の大将もまた戦については全く名を聞かない男。安西将軍は何を恐れておいでなのでしょうか」


 王忠のジジイこのボケ本気かよ。いや待て三国志を知ってりゃ名前聞いただけでビビるし警戒するけど今を生きるコイツらからすりゃ瀕死の国が無茶してる様にしか見えねぇよなそりゃ。そうだ俺、落ち着くんだ俺。


 危機を伝えるんだよ楽隠居の為に。


 掌で額から顎先まで顔を拭って。


「わかりました。では、言い変えましょう。今攻め込んでる男は関羽、張飛を見つけ率いて魏延を見出した劉備が全てを預けた男だ」


 ハッとした諸将が目を見開き大きな音を立て喉を鳴らす。


「で、ですが夷陵の大敗を鑑みれば遠征など不可能です。魏侵攻のフリなのでは無いのですか?」


 けど若い将軍が至って常識的な考えを発した。誰だっけアイツ。いやまぁそう考えるのが普通なんだけど。


「手勢に確認させましたが兵糧や物資も確かに運んでおり間違いない事です。そもそも孟達の謀反があったのだから想定通りとしか申せません」

「し、しかし。敵が此処長安へ来るのならば疲弊しておりましょう。関も有れば不安がる事はございますまい。敵が疲れ切ったところを討てば良いのですから」


 ジジイの言葉に首を左右に振った。


「そうだとしても私としては夷陵で大敗し劉備が死んで尚も、此の短期間で魏に攻め込むとい異常な事を平然と成し遂げる男。そんな相手に対して名を知らぬからと甘く見る気にはなれ無いのです。何より涼州は未だに不安定だ」


 全員がゾッとした顔を浮かべた。助かるけど影響されやす過ぎだろコイツら。


「もっと言わせて頂くが凡百の将にあの道とも言えない道を進軍させる事など出来る筈もない。そして、それが可能な凡百ならざる将なれば此れ程の遠征なをすれば何がしかの戦功を得ねばならない事も重々承知でしょう。最低限、涼州の数郡に謀略を仕掛け不退転の敵と戦う覚悟をして頂きたい」


 こんなもんで良いか。


「さぁ軍勢の準備を!長安の各関所を封鎖し私達は郿へ向かいます!!急いで!!!」


 ああ……馬とか乗りたくねぇなぁ。でもしゃーないからマジクソ急いで準備した。したら伝令が駆けて来る。


「え、安定が寝返った?」

「は!!」


 え、クソ雑魚だけどどうしよう。長安の北とか挟撃されて微妙にメンドクセーな。あー、相手がビビる武将一人置いときゃ良いか。ちょうど手ェ出すのを戸惑うくらいの因縁がいるわ。親父の仇ブッコロモンスター置こう。


「全く何がしたいんだか。龐平寇将軍に安定を任す。適当に高位の大将軍が来たとでも言えば戦う必要もない筈だ。もし無理でも後詰が行くまで新平郡の漆に駐屯しておけ」

「承りました!!もしもの時は撫で切りしても?」

「良いよ。だが、その後は存分に蜀相手に戦ってもらう。無駄な戦いは避けておけ。俺たちも急ぐぞ!!」


 オッシ俺も蜀ブッコロ。ゲームじゃ大概蜀プレイだったけど隠居すんだ俺は。隠居ってか尚書になるルートだけど先ずは戦から離れなきゃ話になんねぇ。


 舗装されてない道とオサラバ。一先ずはコレよ。戦済まして都に帰るんだ俺は。


「散関を閉じろ!!物見と後詰として陳倉と故道にも兵を送れ!!涼州は如何なっている!!」


 その後は散関に蜀軍が来たから伏兵置いてから落ちたフリして関を開けてやった。釣られた敵を撃滅してから大将軍の子丹(曹真)さんが丁度来てくれたんで、蜀の連中の鎧渡して別働隊で武都を取りに行ってもらったら上手く行ったらしい。流石は大将軍の家臣だし何か糧道塞いで蜀軍壊滅させたってよ。


 俺は隴山で防衛して張将軍が山頂布陣を蹴飛ばしたのを見届けて涼州に駐屯して物資やら兵員とかを前線に送って御役御免。


 やったぜ。


「さぁ、やっと戦後処理も終わったし長安に帰るか」


 自身の評価はよく理解している。無能クソデブが無能マッスルになっただけだ。花実兼備ではなく花のみ。なら重要地からは移されるだろう。


「ふふ、願ってもねぇ」


 長安に帰って労いの宴で鼎を傾け美味い蜂蜜入り葡萄酒を飲み干す。中央に戻っちゃ商売はし難くなるだろうが名誉職でヌクヌクしながら都でゴロゴロ出来る訳だ。北伐の主力も壊滅したと見て良さそうだし魏は安泰で俺も安泰。


「いやぁ酒が美味い!!」

「主様、勅使が参られました」

「え?」


 え何で皇帝の代理人が?


 ともかく拝礼して待つ。


 足音そして布を開く音。


「ンン“ッ夏侯安西将軍を西征将軍に任じ漢中太守とする。蜀を攻略する大将軍の補佐を担う様に」

「へ?」

「え?」


 ……。


「あ、いや失礼致しました。謹んで御断り申し上げます。司馬殿とか郭何とかさんとかにでも頑張って貰えば良いんじゃないですかね?」

「ちょ無礼ですよ?!何言ってんですか将軍......!!」

「やだ、やーだ!!いィヤアだ!!!!!」

「ちょ受け取りなさいって!もぉ!!」


 このあと皇帝に呼ばれてバチクソ怒られた。漢中とかゼッタイ行きたくねぇ!!!!!!

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