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あおの日  作者: 八木 深碧
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三日月宗近

これはきっと片思いに近いのだと思う。


激動の時代を駆け抜けた英雄達への片思い。

家族のために刃を奮った者への平穏であってくれたらと願う叶わぬ思い。


幾つもの想いが幾重にも重なって今を生きる私の元まで思いが紡がれた。


忘れられてしまわぬように

届けたかった思いをこれからを生きる人に繋がるように


悲しい誤ちを繰り返さぬように私は……彼らの思いを紡ぐ

それは、休日のことだった。

立ち寄った美術館の特別展示室で、私は一本の刀剣に見入っていた。


曇りない刀身に淡い水色のような霞のような儚げな色が危なげに見えた。

名は三日月宗近。


平安時代に作られたとされるこの太刀は三条宗近という人が打った刀だった。

天下五剣が一つ国宝に指定されている。


その美しさは人を魅了する。

展示ケースの前で保おけていると肩が当たった気がして、私は小声で「すみません」と声を掛けた。


言葉は無かった。下げた頭を上げて展示ケースに目を戻すとそこには、麗人がいた。


深い紺色の袴を履いた麗人が。

袴と言っても、平安貴族のそれで、決して軽装ではない。

そして、この人はこの時代の人では無い。


その人は少し驚いた顔をした後に、薄く微笑んだ。


扇で口元を軽く隠し、好奇心を隠せていない瞳で私のことを見ていた。


私はと言うと、静かにパニックを起こしていた。

いま静かなのは、ここが美術館だからだ。


そうで無ければ、泣き叫んで、歓喜していただろう。

現に袖に隠している左手は拳を作ってワナワナと震えている。爪が手のひらにくい込んで少し痛い。

でもこの痛みがなければ私はこの感情を我慢することは決して出来ないだろう。


そうでなくと私の瞳は涙で薄い幕を作り出している。


なぜ、誰も足を停めないのかという憤りと、私にしか見えない幻想なのかという不安。

そして何よりも、平安時代の召し物を身にまとった麗人……

感動の涙というに相応しいのかもしれない。


ヲタクとして胸を張れる涙だ。


でも、幻想だったとして、この麗人の前で涙を流すのは嫌

けれど、私の瞳は涙を生成させる。

溢れそうになるのを抑える。


お気に入りのワンピースにあまりしないネックレスもつけて、いつもより念入りに仕上げたメイク。


いつもよりも綺麗に仕上げたのは、行きつけの歴史博物館にいく為だったけれど、気の向くまま歩いた先に引き寄せられるようにここにたどり着いた。


もしかしたら、この麗人に会うため……?


だったらこれが運命なのかと少し思ってしまうが、残念ながら私はあまり運命を信じない派だ。


少なくとも私はそう思って今まで生きていた。


でも目の前で扇ごしでも分かる位にニコニコ微笑んでいる麗人は本当に美しくて、きっと運命というものが存在するとしたら、私はこの麗人と出会うことが運命と呼ぶにふさわしいと思う。


「わしの声が聞こえるか?娘」


ふわりと優しい声が聞こえた。

でも誰もが不思議なくらいに通り過ぎるこの展示ケースにいるのは、私とこの麗人しかいない。


念の為にチラッと周りを見るがやはり、皆足早に過ぎ去るだけだった。


「先程はすまんかったなお主にぶつかるとは思わなんだ」

「!私の方こそぼうっとしていてすみませんでした」


先程の事故はこの麗人とのようで先程よりも深く頭を下げた。


「お召し物に傷等ございませんか?汚れていませんか…?」

恐る恐る尋ねる。

どう直せばいいのか分からない、今この時代に浸透している洗剤で洗っても大丈夫だろうか……そもそも洗って大丈夫なのだろうか……


「ハハハ、そう畏まるでない。心配せずとも汚れてもおらぬし傷んでもおらん」


そう言われ先程までの緊張は少しほぐれた。

といっても着物の洗い方の問題分だけではある。

麗人にたいして気軽には中々にハードルがたかい。


「わしは三日月宗近だ、そなたの名はなんという」


まさかこの麗人はこの太刀だったとは……

でもそれならば納得がいく姿だ。

身につけているものは平安時代の装飾。

そしてこの太刀は正しければ平安時代につくられたもの。

私はもう一度頭を下げて名乗る。


「山野 藍奈と申します。お目にかかれて光栄です」


これが記念すべき初の私と英霊の出会いになった。


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