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店が近づくにつれ、車のフロント・ガラスが輝くレストラン[ROP]の照明が、夕闇に映えて見えた。スピードを落とし、ヘッドライトに照らされたアンバーイエローに映える樹々の駐車場入口を右折し車を止める。車が少ないところをみると、余り込んでいないようだ。海老尾は、この店の常連だから、車の台数で店内がどれほどの込みようかを思い描けた。さらに、客数、席の空き具合も手に取るように分かった。
「今日は定食にするか…」
頭の中で呟きながら、海老尾はレストランへ入った。ロプスターには日替わり定食というメニューがあり、この日はA定食だった。店のドアを開けると、片隅の棚に置き忘れた空の消毒用アルコール・スプレー容器が寝転がっていた。一ヵ月ほど前に政府が新型・コロナの終息宣言を全国に発し、人々はこれでやっと一件落着か…と胸を撫で下ろした矢先だった。
「お一人ですか…?」
女性店員が訊ねるでなく、小声でジェスチャーした。海老尾は、いつものように無言で人差し指を一本、立てた。
「開いた席へ、どうぞ…」
言われるまま、海老尾は開いたボックス席へ座った。しばらくすると、別の女性店員がオーダーを訊ねに現れた。
「日替わり定食と、あとでコーヒー…」
「以上でよろしいでしょうか?」
この客、いつも同じね…と思ったかどうかまでは分からなかったが、ニコリと愛想よく女店員は去った。海老尾はレストラン・ロプスターの常連客の一人としてレギュラー入りしていたのである。
オーダーを終えると、海老尾は席を立ち、セルフ・バーまで歩き、コップに水を入れ、氷を足して席へ戻った。そういや、少し前まで、席を立たれるときはマスクをお願いします・・と書かれたパンフレットが席に置かれていたな…と海老尾は思った。コロナが終息した社会変化の一端を、自ら感じたのである。
『終息したとはいえ、新型の変異ウイルスが、また現れるだろうな…』
危されるのは、ウイルスが人体に対する危険性を高めながら変異することだった。罹患しただけで死に至る危険性が高まれば、これはもう、終息した…などと安心出来る話ではない。海老尾は運ばれた日替わり定食を食べながら巡った。
『いっこうに研究予算が増えん…』
運ばれたコーヒーをノン・シュガーで飲みながら、研究費が増えなけりゃ、蛸山所長を筆頭に国立微生物感染症化学研究所はお手上げだな…と、海老尾は腹立たしく思った。
レジを済ませて店を出ると、十三夜の晩秋の月が雲の切れ間に煌々(こうこう)と輝いて見えた。
続




