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『いやだなっ、僕ですよっ!』
声はすれど、姿がない。
「僕っ!?」
海老尾は目を凝らし、もう一度、暗闇の左右→前後→上下と見回した。すると、少し白っぽい霧のような部分が浮いては沈み、沈んでは浮くのが朧気ながら見える。
「き、君はっ!?」
『ウイルスですよっ! 昨日、モニターで見てたじゃないですか、嫌だな…』
夢の中の海老尾は、有り得ない現実を素直に受け入れた。
「ああ、昨日は、どうも…。で、君はっ?」
『レンチですよっ』
「変換した?」
『はい、そうです。僕も変換前は相当のワルだったんですが、今じゃ、このとおり、世間の皆さんにお役に立ってるようで何よりです』
「そうなんだよっ! 君、様様さっ! どうも、有難う」
海老尾は思わず椅子から立ち上がり、暗闇の中を浮遊する得体の知れない薄白い存在に頭を下げていた。そんな現実がある訳がない…とはボンヤリとは思うのだが、夢の中で否定できない海老尾だった。そこで突然、夢は途絶えた。海老尾は朝の日が差し込む寝室で目覚めた。
「なんだ、夢か。それにしても妙な夢だったな…」
海老尾はベッドを下り、レースのカーテンを徐に開けた。そらは澄みきって晴れ渡り、晩秋のポプラの葉が舞い落ちるのが見えた。
朝は妙なもので、どれだけ疲れようと六時半に目覚めた。目覚めれば、洗面台→シャワー→朝食準備となる。昨夜見た夢はSFチックで面白かったな…と、海老尾はニヤつきながら、割り混ぜた卵を強火のフライパン上で素早くスクランブルした。
「今朝は定番にするか…」
定番とは、ベーコン+目玉焼き+野菜サラダ+温野菜+ガーリック・トーストである。手馴れたもので食卓にはそれらの一品が瞬く間に整った。
食後はキッチンで食器を洗い、そして拭く。それが終われば着替えて朝のコーヒーである。コーヒーは高級豆のブルマンを焙煎し、ノン・シュガー[ブラック]で飲むと決めていた。友人の医師に指摘された血糖値の配慮もあった。
続




