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 海老尾に、まだ妻はいない。三十半ばでお堅い公務員なら、相手はとっくに出来そうなもの・・と思われがちだが、どういう訳か女性に海老尾は縁遠かった。一度、二十五歳過ぎの就職間もない頃、いいところまで進展した女性に裏切られたことがあった。そのトラウマで婚期を()がしてしまった経緯がある。その小悪な女性は蕗畑(ふきはた)静代といった。さらに悪いことには、海老尾が研究勤務する国立微生物化学研究所の嘱託職員だったが、幸いにも、ほとんど顔を合わす部署ではなかった。

 ドアを入ると、唯一、自分だけの空間が広がる。海老尾にとって、この空間だけは、誰にも邪魔されない天下様でいられる空間なのである。海老尾は、まずバスにお湯を注ぎ入れ、自動で止まる頃合いまで、買ってきた食材を調理するのが海老尾の日課だ。肉のステーキだけは凝っていて、高級ブランド牛以外は食べない海老尾だった。ただ、一人暮らしでは、話す相手がない。その(むな)しさを補うため、部屋には防音装置付きの音響部屋が設計されていた。グラスを傾けながら、ほろ酔い気分でナイフで細かく切ったステーキを頬張る。耳には心地いい交響詩♪モルダウ♪が流れる。海老尾はグラスを置き、タクトを振る仕草をする。そして、椅子に座ると目を閉じる海老尾にとって、これがゴージャスな究極の時間だった。

「さて、今日は…」

 コンポーネントのステレオ電源をOFFった海老尾は今夜することを考えながら独り言ちた。そして、しみじみと年代物のステレオを(なが)める。このステレオセットは、親の年以上の大先輩、鮫岡(さめおか)(わたる)に譲り受けた超レトロな年代物の一品だった。プリアンプ、メインアンプ、チューナー、オープンリール・デッキ、ウーハー・スコーカー・ツイーター、スーパーツイーター仕様の名品スピーカー・・それらをライン接続し、本格コンポーネント化したステレオなのである。そのステレオが設置された防音装置部屋に流れる交響詩♪モルダウ♪・・この曲に聴き入る時点で、海老尾の気分は、もはや天下様だった。

 海老尾は(おもむろ)にポーチへ入れて持ち帰ったフラッシュ・メモリーを取り出した。帰ってから目を通そう…と(まと)めておいたデータ・ファイルだった。


                  続

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