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ブラックマーケット  作者: かむ
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第2話 『違和感』


                △▼△▼△▼△


 ──きっと、あの日からだ。


 紅葉が舞う曇天の下、掠れた風の音がよく聞こえる校舎の屋上。

 そこで佇む少女は1人、枯れ葉が散りゆく様子を力の無い目で眺めていた。

 何も楽しくない昼食時間。少しでも彩になればと、見下ろす景色を肴にしようと屋上へ来たのだが、正直失敗した。

 曇る景色を眺めても何も楽しくない。どころか、今の天気に気分が誘導されていくような気さえする。

 己の中で沈んでくモノを感じながら、少女は昼食用の菓子パンを袋から取り出しモソモソと食べ始めていく。


 ──購買で買った60円のホットドッグ。

ソーセージ部分が小さ過ぎて、9割以上がパンで構成されてる味気のないものだが、カロリーとの値段対比がメニューの中で1番コスパが良い。

 そうして安さと引き換えにパッサパサになった口の中を、一緒に買った牛乳パックで潤して一息を付き、


「クロは、今日も暇そうね」


 そう気だるげに名を呼ぶと、少女が手をつく柵の隣、クロという名前の小さなカラスは黒々とした羽根をバサリと広げた。


 1人と、1羽。


 彼女の通う高校には、妙に人懐っこいカラス、クロが校舎に住み着いている。

 

 ──1年前に突如迷い込んだ野生のカラス。

 ゴミ荒らしにでも来たのかと当初は警戒されたが、クロは不気味なくらいに人畜無害な存在だった。

 校内を荒らしたり、何か妨げになるような事等は一つもしてこない。野生動物である以上、そういった懸念はされるものなのに。


 気づけば、丸みのある可愛らしい見た目と人懐こい性格が功を奏し、今はもう完全に学校のアイドル、マスコット的存在になっている。

 かくいう少女もその愛らしさに魅了された内の1人で、休み時間などはいつもこのクロに話し相手になってもらっていた。

 クロは少女にとって、唯一心を許せる存在で──。

 

「……私は毎日大忙しよ。部活の掛け持ちに、小テストの対策も重なってもうてんてこまい」


 そう嘆息をつき、連日の運動部への掛け持ちと、家事による水洗いでボロボロになった自分の手を見やる。

 今を生きるうら若き乙女が、こんなオバさんみたいな手をしてて良いものなのだろうか。

 まぁ、家事も部活動も自ら進んで行っている事ではあるし、後悔はないのだが、少し悲しくなる。

 

「……そういえば今日、一度だけ良いことがあったわ。体力テストがあってね、持久走だけあの子を抜いたのよ。あの子に勝った事なんて初めてだから、凄く興奮しちゃった」


 基本的に憂う日々を送っている少女だが、今日は珍しく上機嫌だ。数時間前の出来事を思い出し、気分が高鳴る。思わず下手くそな鼻歌まで奏でてしまうが、クロもリズムに乗って鳴き声を合わせてくれた。

 なんだこの生き物は。ほんとに可愛い。癒しだ。

 あまりにも愛おし過ぎて、この愛玩動物を独り占めしたい欲求に駆られる。思わず手を伸ばしてしまうが──、


 ──思い上がるな。


 戒めのような言葉がフラッシュバックして、少女はハッと息を呑んだ。

 そしてすぐに首を振って、危うげな思考を頭から追い出す。


 ──クロは少女にとって唯一無二だが、クロにとっての少女は全校生徒の内の1人でしかない。

 そうだ。忘れちゃいけない。互いの認識が重なる事なんてそうそうないのだと。

 大体の場合、友達が知り合いだったり、知り合いが赤の他人だったりする。

 少女の今までの経験則がそれを物語っていた。だから深追いはしない。愛し過ぎない。したとて、表には出さない。そう決めてる。

 後悔するから、卑屈で心が弱い少女は、自衛する為にもリスクを最小限に抑えた選択肢を取るのだ。

 そのスタンスは、例え相手が人以外であっても変わらない。

 心を開けるような存在でも、これ以上を求めるのは危険だ。


 そう自分を律し、冷静になった少女は抱き寄せようとした手を再び牛乳パックに戻した。

 残った牛乳を吸い出す作業に集中する。


「……ま、次は負けるんでしょうけど」


 先程の上機嫌も束の間、少女はため息をつき顔を伏せた。

 今日も情緒は不安定だ。あまり表に出さないようにしてはいるが、いい加減治したい。

 「カァ」とクロは心配そうに鳴きながら少女の周りをフラフラと歩く。


 ──あの子とは、少女の双子の妹の事。とにかく優秀過ぎる妹。文武両道ってやつだ。

 少女は、妹のことが嫌いだ。

 本当に、嫌いだ。

 少し考えただけでも虫唾が走る。考えたくないけど、やめられない。嫌いだから。


 少女は妹に負けたくなかった。だから、勉学も運動も家事も、全部本気でやっている。自己研磨は絶やさない。そしていつか、何かしらの形でギャフンと言わせたい。

 これが少女の人生目標。

 だから昼前の体力テストで妹に持久走で勝った時は本当に胸が高鳴ったものだ。

 妹は全く気にしてないだろうが、少女にとっては多分、一生の思い出になる。

 ……なんとなく分かる。これはきっと、2度とないことだから。


「……あぁ、ごめんね。いつもの事だから、気にしないで」


 いけない。これも危うい思考だ。先程と同じように、また頭の中をもみくちゃにして誤魔化さないと。

 片手で自分の頭をガシガシと掻き、乱れかける呼吸も整えて。

 そして落ち着く為に、クロの頭を撫で馳せよう─ー。


「あ、やっぱりここに居たんだ! ハルちゃん!」


「──秋菜」


 ヘラい気分から解放され始めた矢先、先程まで悪態をついていた少女──ハルの背に面した扉が勢いよく開かれた。

 その奥から憎き妹──秋菜が顔を出してくる。

 それに気づいたハルは自然と眉間に皺が集まっていき、睨むような形相で秋菜を視界に向かい入れた。

 ただ秋菜はそんなハルの態度をミリも気にしていないようで、ずけずけとハルに近づいていくと、


「たまにはお昼ご飯一緒に食べようよ! 1人で食べてもそんな美味しくないでしょ──、あ! クロちゃん居たんだ! 今日も丸くて可愛いねー」


「何しにきたの」


 ヨシヨシと、隣にいるクロの頭を撫でるのを見て、ハルは顔を歪めながら秋菜が此処にきた理由を問う。

 大凡、見当はついているのだが──、


「勿論、ハルちゃんと一緒にご飯を食べる為だよ!」


「──っ」


 ──互いの認識が重なる事なんて、そうそうない。

 その良い例がこれだ。


「残念。私はもう食べちゃったから、一緒に食事するのは無理よ。お引き取り願うわ」


「じゃあ隣で勝手に食べるね!」

 

 分かりやすく断ったのに分かってくれない秋菜は、その場で買い物袋からご飯を取り出し始める。

 ハルにとっては頭の痛くなる光景だ。だって、自分の嫌いな、自分の事が好きな少女が近くに居るのだ。

 今までずっとこの調子なのだが、今だにどう反応すれば良いのか分からない。

 誰が見ても明らかなほど、ハルは秋菜を嫌っているし、態度にもちゃんと出している。秋菜はハルより頭が良いから、気づいてないわけがない。

 先程も秋菜が近づいてきた際、ハルはわざとらしく大きな舌打ちをしてやったが、秋菜の態度には寸分の変化もない。

 どうして今だに好意的な態度でいるのか理由を聞きたいけれど、直接聞くのは何故だか憚られる気分になって聞けない。

 チラと隣に居る秋菜に目を向ければ、先程ハルが食べていたのと同じ激安ホットドッグを取り出しているのが見えた。頭が痛い。


「わ、まずっ……、ハルちゃん、これホットドッグじゃないよ。ただのパンだよ」


「……知ってるわ。でもそれが、1番コスパ良いのよ」


 苦い顔で60円のホットドッグを食べ終わると、一緒に買ってきた牛乳パックを開けたかと思えばすぐに飲み干す秋菜。

 態々ハルに食事メニューまで合わせてくるのは、感想を共有したいからだ。

 秋菜はハルと会話したいが為に、些細な事でもこのような話題作りをよくしてくる。最初はハルを馬鹿にしにきてるのかと思っていたが、どうやらそうでもないみたいで、純粋に話がしたいのだと思う。

 あの綺羅綺羅した瞳を見れば、それが嘘ではないことくらいハルにも分かった。


 ただ、分かっていても理解はできない。

 自分の好きな人が自分を嫌っているだなんて、普通は知ったら愛想尽きるはずだ。仲良くしようなんて思えない。ハルだったらまずヘラる。

 だからヘラる事がないような距離感を徹底しているのだ。

 ところが秋菜は積極的にハルと関わろうとしてくる。

 秋菜はどうしてそんなに元気でいられるのだろう。ハルと違って恵まれているからか。

 多分そうだ。

 だとしたら、とても妬ましい。


「……昔と比べて、変わったよね」


「──っ、そう、ね」


 ハルは妬ましい人の顔を見たくなかったので、少し廃れた市街地を見ていた。

 ふと突然呟いた秋菜の言葉にハルの胸が波打つ。

 どうしたのかと思ってみれば、放った言葉はハルに対してではなく、ハルの見ていたその景色へ向けてのものだ。

 それに気づいたハルは何故だか少しホッとして、自分の胸打たれた感覚と、らしくない秋菜の態度に少しの引っ掛かりを覚える。


「──」


 ──でも、確かに。

 改めて見渡すと思うが、ハルと秋菜が生まれ育った、少し田舎っぽい町はここ数年でだいぶやつれてしまっていた。

 シャッターが閉まったままの店も増えたし、老朽化で黒い錆びもあちこちにできていて、全体的に澱んだ雰囲気だ。

 昔は太陽の町と比喩される程活気があった町も、今はとても閑散としている。

 秋菜のこんな姿なんて、もう見る事は無いと思っていたが──、


「みんな、居なくなっちゃうのかな」


 その言葉に、ハルの胸中が変にざわめく。

 心の引っ掛かりが強くなり、何か言わなければと、謎の焦燥感も駆け巡って、


「……日はまた昇るものよ。秋菜」


「──ハルちゃん?」


「今は暗く見えるかもしれないけどね。また明るくなる日は必ず来るわ」


「どうして、言い切れるの?」


「私達が居るからよ」


「──」


 キザで曖昧な問答。なんでだか口をついて出てしまった。

 なぜ励ますようなことを突然言ってしまったのか。

 バツが悪くなって、ふと隣にいる秋菜を見ると、ハルは思わず「あ」と声を溢した。

 秋菜が、目を潤ませている。

 予想してない展開にハルはたじろぎ、頭の中はパニックになる。


「やっぱりハルちゃんって、優しいよね」


「……は?」


 優しい? ハルが?

 気色の悪い事を言うな。

 お前なんかに褒められても何も嬉しくない──。

 撤回するか? でも何故だかする気になれない。


 ……嫌いな人が自分の言葉で、恐らく嬉し泣きをしている状況。

 秋菜らしくも、自分らしくもない言動もそうだし、今日は何か変だ。


「わ、私、もう行くわ」

 

「え? まだ20分もあるよ。私も付いてって良い?」


「お手洗いだから」


「うん、今行くね」


「うん、今行くねじゃない! トイレにまでついて来んな! クロ! アレを頼むわ! 秋菜を捕まえといて!」


 ハルの指示を理解したクロが「カァ」と鳴くと、自身の可愛さを最大限に引き出す、「甘えモード」を発動した。

 元々可愛さ全開のクロが、自身の可愛さを完全に理解し武器にした完全なる愛玩モード──、それを足止めに使う。これに勝てる女など、この世には存在しない。

 秋菜も例外ではなく、そんなクロの状態に意識を持っていかれた。

 それを利用したハルは後ろのドアへと逃げ込んでいく。


 どうして、励ますような事を言ってしまったのだろう。

 ──そういえば、昔も似たような事を言った気がする。先ほどの台詞。まだハルと秋菜が幼い頃、町のお手伝い屋ごっこをしていた時期にハル達がよく言っていた台詞だ。

 なぜあの時出てきたのだろう。

 でも子供の言葉だ。どのみち中身がなくて、とても、とてもしょうもないもので、秋菜が泣いた理由がハルには分からなかった。 


「何か変──、変よ。やっぱり私……、うん。秋菜の事、大嫌い」


 胸に渦巻くこのドス黒い気持ちは本物だ。それは間違いなくて、ただ先ほど生まれたよくわからない言葉と感情の源が、胸の中で小さく存在を主張している。

 それがハルにとってたまらなく気持ち悪くて、理解したくなくて、「嫌い嫌い嫌い」と言葉をこぼして、無理矢理に感情を塗りつぶす。

 蹴るように階段を降りてゆく間、窓から外の景色が見えた。

 正確には、なるべく違う事を考えたかったが為に、外へ意識を向けたのだ。


 ──きっと、あの日からだ。

 

「──なんか、暗い?」


 時間は12時40分。

 昼の始まりだというのに、少しだけ、本当に少しだけ、外がもう暗くなり始めていた。

 他の人なら気のせいに感じる程度の差だし、そうかもしれないが、この時のハルは間違いなく変化に気づいていた。

 陽の光が、弱まっている事に。

 

 


 ──。

 ────。

 ──────。


「あれ」


 その翌日、クロが学校から居なくなった。


 ──。

 ────。

 ──────。


 ────────。

 ──────────。

 ────────────。



 その更に半年後、前代未聞の怪奇現象によって世間は大恐慌に陥る。


 ──。

 ────。

 ──────。


 ────────。

 ──────────。

 ────────────。


 ──────────────。

 ────────────────。

 ──────────────────。


 そして更に1年後、世界が滅んでしまい、秋菜とハルは路頭へ彷徨う事となった。

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