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最終章 セーラー服の殺し屋

 川崎市の川崎市警察署。そこの二階のオフィスで、少年課と刑事課の刑事たち10人が、苦い顔で、スクリーンに映し出された写真を見る。

「三日前に猫杉グループ川崎本社ビルで、男性を射殺したと自首した少女ですが、自分は殺し屋で、射殺したマスクという男とともに、公安の依頼でレッドスカーフと室山組のメンバーを皆殺しにしたと、証言を繰り返している」

「ぷ!」

 刑事の一人が噴き出す。

「暴力団にストリートギャングの次は殺し屋。俺もガキの頃は好きだったな」

 刑事たちは苦笑しながら手を上げる。

「少女の身元は割れましたか?」

 捜査の指揮を執る禿頭の警部が質問に答える。

「現在も調査中だ」

「ならば男を殺した動機は?」

「聞き取り中だ」

「レッドスカーフと室山組のメンバーを殺したって証拠は?」

「物的証拠は無い。証言だけだ。そして精神鑑定の結果、少女は混乱しているため、証言に証拠能力は無いと分かった」

「あんな子がレッドスカーフと室山組を皆殺しに出来る訳がねえ」

 刑事たちは失笑する。そこで警部の隣に座っていた男が立ち上がる。

「公安から連絡があります」

 公安。この単語が響くと刑事たちの表情に警戒心が現れる。

 公安は日本政府公認の秘密機関だ。警察でも頭の上がらない組織である。

「少女は公安が陣頭指揮を取るレッドスカーフと室山組の抗争事件に関わっていると証言しています。そのため、少女に関しては我々公安に任せてください」

「ちょっと待て。少女が男を殺した件は、レッドスカーフと室山組の抗争事件と何のかかわりもないぞ。なら俺たちも捜査に加われるはずだ」

「少女の件は我々公安に任せてください。以上、会議は終わります」

 会議は打ち切られた。

「公安の野郎ども……俺の仕事を盗りやがって」

 刑事課の刑事は喫煙室で煙草の吸い口をグリグリと摘まみ潰す。

「荒れてますね」

 刑事の後輩が缶コーヒーを渡す。

「案外、少女が殺し屋だって話は本当かもしれねえな」

 刑事は缶コーヒーの蓋を開ける。

「あんな女の子が! さすがにそれは無いでしょ」

「レッドスカーフと室山組は主要メンバーが死んだことで弱体化した。だから公安は手を焼いていたレッドスカーフと室山組を壊滅できた」

「確かに公安にとって都合のいい展開でしたね」

「レッドスカーフと室山組の主要メンバーを殺した奴は今も分かっていない。そこで突然、あの子が自分がやったと自首した。そしたら公安がやって来て突然少女は任せろと言った。まるで俺たちからあの子を守ってるみたいだ」

「でも考えすぎですよ。あんな女の子が殺し屋に見えますか」

「世間は思ってるらしいぞ」

 刑事は週刊誌を開く。

「誰が漏らしたか知らねえが、レッドスカーフと室山組はあの子が殺したことになってる」

「【セーラー服の殺し屋】。良いネーミングですね。AさんとかBさんより分かりやすい」


 モモは面会室でのんびりと週刊誌を読む。

「目に線が入ってるけどよく見たら私だって分かっちゃうんだけど」

 大あくびをしたところでガチャリとドアが開き、公安の男が入る。

「釈放の手続きが整った。すぐに出るぞ」

「ご苦労様」

 モモはヘラヘラとお礼を言うと、公安の男とともに警察署を出て車に乗る。

「マスクを殺した件はこちらでもみ消す。その代わり、今回の件も含めすべて他言無用だ」

「分かってますって」

 車は真っ直ぐ警察病院へ向かう。

「なぜ自首した」

 公安は運転しながら、刺々しい口調で言う。

「ココちゃんとムギちゃんの傷口が完全に開いちゃってすぐに治療が必要だったの。だから自首したの」

 ココは足を組んで肘掛に頬杖。偉そうだ。実際偉いが。

「自首すれば警察が駆け付けて、警察病院に搬送すると予測したか」

「そういうこと」

 モモが自首した目的は三つある。

 一つ目はココとムギの治療と入院。事務所の薬や輸血は使いつくしたため応急処置もできない状態だった。しかし二人は傷口が開いたためすぐに治療が必要だった。だから病院の方が設備が充実していることもあるため、病院に連れて行くための口実として自首した。

 二つ目はマスクの死体の処理。野ざらしにするのは抵抗があったためしっかりとしたお墓に埋めたかったが、さすがにマスクは墓まで持って居なかったし、埋葬には医者の死亡診断書など面倒な手続きが必要だ。だから無縁墓地に埋葬してもらうために自首した。

 三つ目は警察や公安など怖くないため。

 警官に公安などマスクに比べたら赤子同然だ。自首して何の問題があろうか?

「自首しても我々が裏で手を回すから逮捕されないと思ったか」

「予想通りだったでしょ」

「このままお前を殺しても良いんだぞ」

「そしたら公安が今回の件を依頼したってバラすよ」

「死んだらどうやってバラせる?」

「無事に私を殺せたら教えてあげる」

 公安の男は不敵なモモを見て思い出す。

 二日前、少女が、自分は殺し屋で、公安の依頼でレッドスカーフと室山組を殺したと自白したと、報告を受けた。依頼を出したのは自分だったので嫌な汗が出た。すぐに少女と会った。すると少女は、公安の男と二人きりの状態で、依頼したマスクしか知らない情報を話した。

 殺すしかない! パニックになった公安の男は咄嗟に銃を取り出そうと、ホルスターに手を入れた。。

 しかし銃はホルスターに無かった。唖然とすると少女は言った。

「あなたが探してるのはこれ?」

 少女は手のひらからバラバラに分解された銃と、自分にかけられていた手錠を机に広げた。

「いったいいつの間に俺の銃を!」

「私が泣きまねしながらあなたに抱き付いた時。ダメだよ。ちゃんと警戒しないと」

 公安の男はそれを聞いて、確かに、事情聴取前に、少女に抱き付かれたことを思い出す。その時、少女は普通の女の子だと油断したことも覚えている。

 しかし、油断していたとはいえ! 気づかれずにホルスターから銃を抜くなど可能なのか!

「自力で抜け出すと面倒なことになるからさ。お兄さんの力で私を出してくれない?」

 モモは手を合わせてお願いする。その姿はまさに脅迫だった。

 警察病院に到着すると、ココとムギの病室へ直行する。

「モモちゃん! お見舞いありがと!」

 ココはモモを見るなり抱き付く。

「そんなに動くと傷開いちゃうよ?」

「もう平気よ」

 ココは豪快に笑い、胸を押さえる。

「やば……傷口が開いたかも」

「もうちょっと辛抱しよ」

 モモはムギのベッドに腰掛ける。

「ムギちゃんは平気?」

「良くなってる。モモは大丈夫?」

 ムギはモモの膝の上に頭を乗せる。

「二人のおかげで大丈夫」

「じゃなくて、警察に自首しちゃったでしょ」

「平気平気。公安のお兄ちゃんが守ってくれたからね」

 モモたちは病室のドアの前に立つ公安の男を見る。

「俺たちは便利屋じゃない。今回だけだ」

 男は気まずそうに部屋を出た。

「それで。モモちゃんはこれからどうするの?」

 ココはベッドの上であぐらをかく。

「二人はどうしたい?」

 モモはムギの頭を撫でる。

「私は殺し屋を続けるわ。私にはこれしかないもん」

 ココは切なそうに拳を握りしめる。。

「ムギも殺し屋を続けるよ。ムギもこれしかないから」

 ムギも切なげに自分の手を見る。

「じゃあ皆で殺し屋を続けよっか」

「モモちゃんは本当にそれで良いの? マスクが居なくなったんだから、普通の女の子に戻るチャンスだよ」

「私はママさんの後継者。なら殺し屋を続けるよ」

 場の空気が淋しさと悲しさに包まれる。

「モモちゃんもママが好きだったんだね」

 ココとムギは目じりに涙を浮かべる。

「大好き。今も愛してる。だから続ける」

 モモは泣きそうな微笑みを浮かべる。

「恨みはあった。恐怖もあった。気色悪さも感じた。怒りも感じた。でも私は殺した。だから許した」

 仇はとった。しかし同時に最愛な母親を殺す親殺しでもあった。

 ココとムギは己を殺そうとした殺し屋を返り討ちにした。しかしそれはモモと同じ親殺しである。

 恨みは許せば無くなる。そして三人はマスクが死んだとき、今までの行いを許した。

 残ったのはママからたっぷり貰った愛情と、愛する人を殺してしまったという喪失感だった。

「ママさんは生粋の殺し屋。私たちを信用できなかった。いつか敵になると恐れてしまった」

 モモはポツリと涙と一緒に悲しみを漏らす。

「ママは私たちが怖かった。それがママが私たちを殺そうとした本当の理由」

「ママはムギたちを愛そうとしてた。でも殺し屋だから、愛しきることができなかった」

 ココとムギはポロポロと涙を流す。

 人殺しは誰かに殺される運命を背負う職業だ。ママはそれを知っていた。だから敵対する可能性があったココとムギを排除したかった。

 人殺しの悲しき動機だ。

「だからこそ、私はココちゃんとムギちゃんと一緒に居たい」

 モモは二人に口づけする。

「私は人殺し。でもココちゃんとムギちゃんは私を助けてくれた。命の恩人で大切な家族。だから一緒に居たい」

 ココとムギはモモに口づけを返す。

「私もモモちゃんと離れたくない」

「ムギも、ずっと一緒に居たい」

 和やかな空気が訪れる。

「そう言えば、マスクに殺せって依頼した親戚の奴はどうするの?」

 ムギはくりくりした目でモモを見る。

「私は殺し屋。依頼が無い相手は殺さないよ」

 モモは不敵な笑みで拳を鳴らす。

「ただ、痛い目は見てもらおうかな」

 世界最強の殺し屋の手にかかれば、猫杉グループ会長の暗殺など目を瞑ってもできる。

 マスクがそうしたように。

「ところでモモちゃん。アマちゃんは元気? ママが居なくなって寂しがってない?」

 ココが何気なく聞く。

「しまった……」

 モモの顔色が真っ青になる。

「まさか……モモちゃん、アマちゃんのこと、今日までほったらかしにしてたの?」

「だって私は警察署にずっと居たし!」

「ええ! ムギたちだってここに入院してたよ!」

 ムギは顎が外れるかと思うほど大きく口を空ける。

「じゃあアマちゃんは三日くらい飲まず食わずなの!」

 ココが叫ぶと胸の傷が少し開く。

「だ、だだだ、大丈夫! いつも多めにお水とご飯あげてるから!」

 モモはガタガタガタガタと震える。

「アマちゃんはお皿にあるもの全部食べちゃうよ!」

「すぐに戻ってご飯とお水あげて!」

「分かってる!」

 モモは病室を飛び出す。

「ちょっとそこのタクシー! 急いで川崎駅まで送って!」

「病院では静かにしろ」

 腕組みしていた公安の男はしかめっ面になる。

「そんなこと気にしてる場合じゃないの! アマちゃんにご飯あげないと!」

「アマちゃんって飼い猫か何かか?」

「そうよ!」

「なら自宅まで送ってやるよ」

「殺し屋の家に公安なんて連れていける訳ないじゃない!」

「ち! 居場所を特定できるかと思ったのに」

「と、とにかく川崎駅まで送って!」

 モモは絶叫しながら病院を走る。

「アマちゃんごめんね! すぐに戻るからぁあああ!」


 一方アマは逞しく棚を自力で開けて、袋を噛み千切って、カリカリご飯を食べていた。

「ぷぎゃ」

 モモの声が聞こえたのか、少し首をかしげるが、すぐに食事に戻り、喉が渇くと水道の蛇口を捻って水を飲む。飲み終わったらしっかり締める。

「ぷぎゃぁあああ」

 そして眠くなると大あくびして、自分の席で丸くなった。

 ママはアマが一人になっても生きていけるように躾けていた。だから蛇口は捻れるし棚は開けられるし、その気に成れば玄関の鍵も開けられるし、ゴロンと寝転ぶだけで人はたくさんご飯をくれるし、ペットにしたいとメロメロになるし、人殺しだってできる。

 ちなみに近所の雄猫は威嚇で追いだしたし逆らうなら噛み殺した。よって雌猫は野良や飼い猫問わず全てアマちゃんが孕ませた。だからここらはアマちゃんのハーレムである。

 ママの手にかかればデブ猫も世界に通じるモテモテ殺し屋に早変わりだ。


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