愛がむずがゆい
ロンバルター・アンバートンは戦士である。彼には将来を誓い合った愛する女性がいた。
彼女の名前はヘシアシトス・カレーラン。仕立て屋の娘であり、その腕前はどんな服でも仕立て上げてしまうとの評判であった。
戦争に赴くことになったロンバルターを心配し、ヘシアシトスはある夜、彼との逢引の折、噴水のある町の広場で、彼にプレゼントをした。月の明るい夜のことであった。
「ロン……。これを着て行って」
「これは……? ヘシア」
「甲冑よ。貴方のために作ったの」
それは立派な甲冑であった。頑丈で、しかもこの上なく軽く、動きやすい。これを着て戦えば、敵の攻撃を背後から受けても、甲冑に弾かれた自らの剣を喰らい、オウンゴールの如くに敵は顔面を斬り裂き自滅するだろうと思えた。
「こんな立派な甲冑を……俺のために……。ありがとう、ヘシア! 俺は絶対に勝って戻る!」
「生きて帰ってね、ロン。約束よ」
三日月に照らされる噴水を脇に、二人は抱擁を交わし、口づけをした。
窓から半月を眺めながら、ヘシアは祈る。
『神様……。あの人に御加護がありますように……』
そして、自分でも理由のわからない涙を流した。
戦場においてロンバルター・アンバートンは、まるで鬼神の如き活躍をした。恋人の作ってくれた甲冑が彼に力を与えていた。10人の敵の首を一太刀でまとめて薙ぎ斬り、背後から襲いかかる敵は甲冑で剣を弾いてオウンゴール式に倒し、遂には敵の陣地へ一人で乗り込むと、そこにいた四天王を瞬殺し、あっという間に敵国の王の首を取ったのであった。
「凄いな! ロンバルター殿!」
「貴殿はスーパーサ○ヤ人か!?」
「英雄だ!」
「どうしたらそのような超人的な活躍が出来るのだ?」
そう聞かれ、ロンバルターは答えた。
「痒いのだ」
「え?」
「めちゃくそ痒いのだ……。身体中が。痒みを忘れるため、夢中で動き続けた。そうしたら、いつの間にか敵王の首を取っていた」
ヘシアシトスのくれた甲冑は確かに強く、軽く、動きやすかったが、とんでもなく蒸れた。とんでもなく、痒かった。まるで全身を絶え間なく蚊やダニに食われているようだった。彼の鬼神の如き働きぶりは、すべてその痒さから逃れるためのものであったのだ。
「誰か……搔いてくれ」
しかし当然の如く、甲冑は搔く者の手を遮った。
「早く……脱がしてくれ」
「自分では脱げないのか?」
「ああ……。やたらと強い愛の力で結えつけられている。脱ごうとしたのだが、脱げぬのだ」
「わかった」
味方の戦士は彼の甲冑を脱がしてやろうと、甲冑の紐を解きにかかる。しかし、それは凄まじく固かった。
「早く……早く脱がしてくれ……痒さで気が狂いそうだ」
「かっ……固い。これは固いぞ!」
まるでヘシアシトスとの愛の絆の如き固さであった。それは誰にも解けないほどの。
「早くしてくれえっ! ……ああっ! ひーっ痒い痒い!」
ロンバルターが身をよじるので、さらに解きにくい。
「あっ、暴れるな! 解いてやるから! うわっ! 瞬間接着剤でくっついてんのかよ、これ!」
「ひっ……! ひいっ! ひーーーっ! か、かゆかゆかゆかゆ!!」
「な、なんて固さだ! 脱がせられん!」
「あひーっ! かゆかゆ! うびびびびび! だっ、だはっ! うううううかゆかゆかゆかゆ! ぬばーっ! どひーっ! あうあうあうあう! はははははやく脱がし……あーーーっ! ぎゃ、ぎゃはははは! く、くる……ぶびぃーーーっ! だっ、だれか……ヘシア……ヘシアぁーーーっ!!!」
ヘシアシトス・カレーランは、流れ星を見た。彼女は急いで手を合わせ、願う。消えるまでの短い間に彼女が願ったのは、ただロンバルターの戦における勝利のみであった。
願いを唱えた彼女は嬉しそうに笑った。
『神様……! あの人を勝たせてくださるのですね!』
そして満月を見つめ、にっこりと微笑んだ。
その頃、ロンバルターは、あまりの痒さに耐えきれず、命を落としていた。
彼はヘシアシトスを憎んだであろうか? 否! 絶命するその間際まで、彼女のことを愛し、甲冑をくれたことに感謝していた。