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絶望のパーシヴァル

作者: はじめアキラ

 神の怒りが下った。最初にそう言いだしたのは、誰だっただろうか。


「みんな、急げ、急ぐんだ!南の山の方へ逃げろ、急いで!!」


 科学者のパーシヴァル・アシュトンは、必死で町の人々の避難誘導を手伝っていた。

 太古の昔、神様が作ったとされるこの世界。その仕組みを解明し、この世界の外へ飛び出す次元旅行船を作ること。それが、パーシヴァルの幼い頃からの夢である。大人になり、結婚し、父親となってからも夢を追いかけ続け、最終的にはそれを仕事にして大きな研究室まで作ってしまった。皆、こんな平和な世界の外に行きたいなんて酔狂だと笑ったが、妻と子供達はいつも自分の夢を応援してくれたものである。

 いつか、彼等を船に乗せて、この世界の外側を見せてやりたい。この“トリスタン・ワールド”以外にどんな世界があるのか、生命はいるのか、言葉は通じるのか。絵本でしか描かれたことのないような世界を空想するのは楽しく、そしていつかその空想を実現させるのがパーシヴァルの仕事であったのである。

 その猶予は、自分の寿命が尽きるまでじっくり存在するとばかり思っていた。四十代に入った昨今も、全く焦りなど感じていなかったのである。

 突然世界を、数多くの天変地異が襲うまでは。


「ああっ!」


 赤ん坊と小さな男の子を連れた母親が、派手に転んでしまった。連日の雨もあって、山道はぬかるんでいる。彼女の白いスカートにも、赤ん坊のおくるみにも、そして男の子のズボンにも泥が派手に跳ねた。ついに赤ん坊と男の子がぐずり始めてしまう。


「大丈夫ですかっ!」


 パーシヴァルは慌てて彼女と少年を助け起こした。転んでもしっかりと赤ん坊を抱きかかえる手は離さない。立派な母親だ。父親が一緒にいないあたり、どこかではぐれてしまったのかもしれない。


「あ、ありがとうございます。すみません、私……」

「気にしないで。赤ちゃんをしっかりだっこしていてあげてください。山頂の避難小屋に、少しずつ物資も運んでます。赤ちゃんのミルクやおしめも用意しますから、そこまで頑張って!」

「ありがとうございます、本当に……!」

「それから、ボウヤ」


 お節介だとわかっているけれど、声をかけずにはいられなかった。転んだ痛みで半泣きになっている少年の頭を撫でて、パーシヴァルは言う。


「ここで赤ちゃんとママを守って山の上まで連れていけたら、君はヒーローだ。めちゃくちゃかっこいいぞ。泣かないで頑張れるよな?」

「……う、うん。うん!」


 彼の手には、小さな戦隊ヒーローの人形が握られていた。ヒーローになれる、と言われて憧れを思い出したのだろう。彼は目元を乱暴に拭うと、何度も頷いた。


「強い子だ。……さあ、行って!」


 親子を送り出し、パーシヴァルは再び誘導へと戻る。ちらりと時計を見た。思ったよりも住人達の非難に時間がかかっている。できれば全員を避難させたあとで、取り残されている人間がいないか消防団と一緒に町中を回って確認したかったが――残念ながら、そんな時間はなさそうだ。

 町のすぐ近く、オクラマ火山が噴火した。灼熱のマグマが、もう町のすぐ傍まで迫っている。できることは一刻も早く、住人達をマグマが来ない別の山の上まで避難させることだけだった。


――神の怒り、か。くそったれ!


 一体どうしてこうなったんだ、と思わずにはいられなかった。オクラマ火山は死火山だったはず。念のため毎年政府が調査を行っていたが、一切その活動は確認されてこなかった。それが急に、あんな大量のマグマを噴出して大噴火するなんて、一体ぜんたいどうなっているのだろう。

 今まで自分達が積み上げてきた多くの知識が、ほとんど役に立たないような事態が次から次へと起きている。

 突然大陸に大量の雨が降り、洪水と土砂災害が頻発した。

 本来全く想定されていない内陸の王都まで、地震による津波が押し寄せてきた。

 局所的な巨大地震で、一晩にして町一つがあった場所に大きな穴があいて全てが飲み込まれた。

 到底火の気があるはずもない雨季の熱帯雨林で山火事が発生し、集落が次々と炎の飲み込まれて甚大な被害が出た。

 しまいには謎の奇病が発生し、島国が二つばかり同時に壊滅するなんて事態も起きている。どれもこれも今まで想像もつかなかったような惨劇ばかり。いったいこの一年だけで、どれほど多くの人が家を、命を失ったことだろうか。


――なんとかしなければ。


 今にも雨が降りそうな空を見上げて、パーシヴァルが思った。


――私がなんとかするんだ。家族を、世界を守る為に!




 ***




 この世界が、“神”と呼ばれる新人類によって作られたものであることは、古文書にも記されていることである。神々はこの世界に光と闇を与え、水を与え、火を与え、多くの命の種を撒いた。そして、人間と動物達に、互いを愛し合い尊重しあって生きていくようにと命じたのだという。

 この世界の人々は神の教えに則り、極力争いを避け、隣人や動物たちを慈しんで生きるようになった。結果文明は栄え、科学技術は目覚ましい進歩を遂げることになったとされている。争い事が全く起きない世の中ではないが、少なくともここ千年ばかり大きな大戦は起きていない。一つの国で環境汚染の問題が起きれば、多くの国々で力を合わせて解決する。素晴らしい自然を守っていくため、長年人々は力を尽くしてきたはずである。

 そう、だからこそ。

 何故今、この世界がここまで多くの災害に襲われ、人々が急激に数を減らす事態になっているのか全くわからないのだった。これはもう、神の怒りが下ったとしか思えない。多くの宗教家たちが、政治家たちが嘆いて頭を抱えるのも致し方ないことではあるだろう。


「だがしかし、最大の問題は。何故、神がここまでお怒りになられたか、我々にはまったく心当たりがないということだ」


 パーシヴァルの母国、エドワンド合衆国。その大統領は、次元移動理論で名高いパーシヴァルとその助手を呼び出すと、憔悴しきった顔で頭を下げてきたのだった。


「我々人類に問題があるというのなら、どのような手を尽くしてでも解決してみせよう。だから頼む……君達の力を貸してくれ。この世界の外へ行く理論、は既に確立され、神の国の座標も特定できていると聞いている。我々の創造主と会い、怒りを鎮めてくれるよう説得してもらえないだろうか。少なくとも、少なくとも何故神がここまでお怒りになられたのか、それを知らなければ我々も対処の仕様がないのだ……頼む!」

「大統領、頭を上げてください……!」


 これだ、とパーシヴァルは直観した。これこそが、自分がこの世に生を受けた意味。自分は世界を救う為、研究を続けてきたのだと確信した瞬間である。

 世界の外へ行き、神様に会うための船、もしくは門を作る。それができるのは世界中でただ一人、次元移動理論の権威たる自分だけであるはずだ。


「お任せください。必ず、神に会うための装置を作り上げて御覧にいれます!」




 ***




 勿論、そんなものが簡単であるはずがない。

 この世界を作った神という名の新人類が存在することも、次元の狭間の神の国の座標も全て判明はしている。次元を移動する方法も、理論上はわかっている。だが、それを作ることは非常に困難極まることだった。まず第一に、次元移動をするためには世界の壁に穴を空けなければならない。しかし、その穴を明けるためには莫大なエネルギーが必要な上、穴を放置すれば次元の壁がそのまま崩れて世界そのものの崩壊を招く危険があるのである。勿論、渡った向こう側の世界の壁にも穴を安全に開ける必要が出てくるだろう。

 さらに、目的とした座標に正確に、かつ安全に辿りつけるようにするにはどうすればいいか。世界と世界の間にレールのようなものを通せれば簡単だが、世界の壁に穴をあける段階で四苦八苦しているのに、レールまでともなると到底現実的ではない。もっと言えば、世界というものは次元の狭間で漂う風船のようなもの。座標は変わらないが、ようするに座標の軸が常に広がったり縮まったりしているような状態なのである。距離が一定でないものに、壊れない橋をかけるなどできるはずもないのである。


「ならば、船や橋で“線”を繋ぐのではなく、門で点と点を結ぶやり方を考えるしかあるまい」


 この時点で、半年。これ以上試行錯誤している暇はない。こうしている間にも天災は続き、人類は災害とパニックによる戦争、暴動で数を減らし続けているのだ。


「ワープ技術を確立させよう。あれが、最後の頼みの綱だ……!」


 最終的に、この判断が正解だった。空間に穴を明けるのではなく、特定の質量そのものをワープで入れ替える技術をさらに二年かけて確立させることに成功したのである。神の国側にも似たようなゲートがあると、次元望遠鏡による調査でわかったのも大きい。他の次元に行くならばともかく、神の国に人一人分を送り込むことまではなんとかできそうである。

 問題は、現在の技術では一方通行の転送しかできないということ。神の国側に帰還装置がなければ――向かった人間は、そのまま帰ってくることはできなくなってしまうだろう。


「私が行こう」


 しかし、パーシヴァルに迷いはなかった。自分が行くと、装置完成と同時に自ら手を挙げたのである。


「私の持つ知識や技術は、全て君達に教えてきたはずだ。あとはもう、私がいなくなっても君達の力で対処できるはず。私が必ずや神々を説得し、怒りを収めてみせると約束しよう!」

「し、しかし教授にはご家族が……!」

「わかっている。しかし家族がいるのは皆同じだ。誰かがやらねばならないことならば私がやる。その、愛する家族を守る為にな」


 パーシヴァルの言葉に、年下の助手や助教授たちは涙を流して頷いたのだった。彼等がいれば、きっとこれから先も技術を進化させ続けることができよう。それこそ、この世界の外に人々を避難させる方法もいつか見つかるかもしれない。

 愛する妻と子の顔を思い浮かべながらも、パーシヴァルは単身ゲートを潜ったのだった。出来ることならば帰り道があればいい、そう心の隅で願いながらも。




 ***




 人は、真実を求める生き物だという。それは間違ってはいないが、正しくもないとパーシヴァルは思うのだ。正確に言うならば人というものは、“自分にとって都合の良い真実”を求める生き物だと知っているからである。

 そう、まさに自分自身がそうだったように。

 パーシヴァルにとって帰り道の確保ができたことは、本来とても喜ばしい事実のはずだった。神々は寛容に笑って、自分達の装置を使って元の世界に簡単に帰れるよと教えてくれたからである。神の国の科学技術は、自分達の世界とはくらべものにならないほど進化したものだった。パーシヴァルが出発したその日のその時間、その直後に時間軸を調整してワープすることができる。それは、こちら側のゲートにはなかった素晴らしい技術だろう。

 しかし。


――ああ、あああ……!どうすればいい、皆に、どんな顔をして会えばいいのだ……!


 パーシヴァルは今、その装置の前で頭を抱えている。目の前には、家に帰るための方法が存在しているのに。けして難しくもなければ、危険でもない技術だというのに。

 それは、知ってしまった真実が、予想していたそれとはあまりにもかけ離れたものだったせいだ。

 自分達にとって最も都合の良い真実とは、“神々が怒りによって我々の世界に天罰を下したが、己の説得で怒りを収めて世界の平穏を約束してくれた”というもの。あるいは“怒りを収める方法を教えてくれて、己を元の世界に帰してくれた、その方法は世界にとってけして難しいものではなかった”というものであってもいい。むしろ、それ以外の真実など求めていなかったとでも言えばいいだろうか。

 しかし、神の国に辿りついてパーシヴァルが神々に聴いてしまった真実は、そのようなものではなくて。


『え?私たち、別に怒ってなんかないわよ?』


 美しい女神のような姿をした神々のリーダーは、子供のように無邪気な顔でこう言い放ったのだ。


『ただ、あんまりにも平和すぎる世界に飽きちゃったから、ちょっとずつ壊して遊んでみようかなって思って。ほら、災害を一つ起こすと、人間達ってみんな慌てふためいてどうにかしようと必死で頑張るでしょ?その姿を見るのが凄く面白くてさ。え、やめてほしいの?そんなこと言われても、せっかく見つけた暇つぶしをやめろと言われても困るわー』


 ああ。神が怒りで天罰を下したならば、どれほど自分達は救われただろう。

 実際はただの退屈しのぎ、面白半分だっただなんて。このような真実、一体誰が知って救われるのか。仮に自分がもう少し粘って説得して一時的に“遊び”をやめてもらったところで、根本的な解決になどまったくならない。また退屈して来たら、同じ行為を気まぐれに繰り返すのが目に見えているのだから。


――ああ、ああ!誰が教えてくれ、我々とは何だ、何のために生まれた!神の、玩具になる運命を受け入れろとでもいうのか……!


 パーシヴァルは絶望に沈む。

 どんなに嘆いても――真実を知らなかった自分に、戻ることはできないのだから。

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