表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

ヒューマン他色々

助けてという言葉を忘れていた

作者: めみあ
掲載日:2021/09/02


 こんなはずじゃなかった。

 もっと楽しいのかと思った。

 産めば愛情が溢れるのかと思った。

 

 夜中の2時、電動ポットのお湯がボコボコと沸く音を聞きながら、私は立ったままでも寝れそうな睡魔に負けないよう、頭をグルリと回す。

 目の前にある哺乳瓶を手に取り、固形ミルクを投入し、そこで手が止まる。

 

 私が世話をしなければ死んでしまう存在が、耳を塞ぎたくなるような泣き声をあげはじめた。先ほどまではまだマシだったのに。


 またお隣の山田さんからイヤミを言われる。泣かせる方針なんですね、と最近言われたばかり。

 そちらも夜遅くまでゲームをさせる方針なんですね、と言いかけてやめた。私の方がまだ良識がある。



 早く泣き止ませなければ

 その前に抱っこしなければ

 早くミルクを飲ませなければ

 その前にオムツも交換しなければ

 早く、その前に、早く、その前に……

 

 分かってる。分かってるよ。でも泣き声がうるさすぎて集中できない。ちゃんと考えればできるから。落ち着いてやれば完璧にできるから。


 皆ができているのだから、私にできないはずがない。目の前の課題をこなせばいいだけ。

 泣いたら抱っこ。泣かなくても抱っこ。

 

 とりあえず抱っこすればいい

 泣かせなければいい

 


 

 出来るフリを続けた私は、2人目を産んだ。

 夫にも子育ては楽しいという素振りを見せていたから、子作りを拒否できなかった。


 0歳と3歳。乳飲み子と赤ちゃん返りをする上の子。

 一日中泣き続ける2人。

 ママーママーと呼ぶ声に途方に暮れる。  

 もう何もしたくない。本当に耳を塞ぐようにもなった私は、頭を抱えるように耳を塞ぐ。


 どうにもならない時には、1人になれる空間に少し逃げてもいいですよ……保健師さんかネットか、誰かが言っていたのを思い出した。


 

 私は逃げ場を求めて、寝室に飛び込んだ。上の子が泣きながら追いかけてきていたから、寝室のドアを閉め鍵をかける。


 ドアが外から叩かれる。ママ開けて、ママ開けて、と繰り返し繰り返し。

 

 私は携帯をポケットから取り出し、仕事中の夫にメッセージを送る




 仕事中ごめんね。

 今日は早く帰ってこれる?



             飯食ってた

             今日は遅くなるかも

             


  何時くらいかな

  


              なんで?



   

  舞が起きてる時に

  パパに会いたいんだって



               

              なるべく早く帰るよ


 

  

  無理そう?


 

              まだわかんない

              また連絡する

              

              


  



 ――なんでって何。なるべく早くって、まだわかんないって何。子供の様子も聞かないで……



 

 ドアに寄りかかっていたから、舞がドンドンとドアを叩く振動が背中に伝わる。


 泣き叫んでいるからまた隣に丸聞こえだろう。

 虐待を疑われて通報されるかもしれない。

 それは困る。


 

 私は重い腰をあげ、鍵をあけドアを開ける。

 飛び込んでくる娘を抱きしめ、

 自分に言い聞かせるように、ごめんねママが悪かったねと頭や背中を撫でる。


 抱きしめれば、落ち着く。

 赤ん坊は抱っこすれば、泣きやむ。

 

 私がいないと、この子たちはどうなるのだっけ

 

  

 泣き疲れて眠った子供達を眺めていても

 なんの感情もわかない。

 

 

 私は少しだけなら、と財布を持って外に出る。

 歩いて5分くらいのコンビニでスイーツを買うために。

 外の暑さに目が眩む。

 足が重い。

 

 けたたましいクラクション

 あ、私だ、下がらなきゃ

 下がらなければ……もう全部終わりにできるなぁ…



 

 

  急に腕を引かれ、私は我に帰った。

 「小沢さん!」

  振り向くと隣の家の山田さんだった。

  エプロンにサンダル姿。心配そうに私を覗き込む。

 「洗濯物を取りこんでたら1人で歩いているのが見えて追いかけてきたんだけど、大丈夫?」

 「大丈夫って?」

 「……お子さんたちは昼寝中?」

 

  私は頷いてそのまま顔が上げられなかった。羞恥で唇を噛む。

 ――きっと小さい子供を置いて家を出る母親と思われた! これが初めてなのに!


 「心配だから家に帰って。買うものがあるなら私が買ってくるから」

  優しい声色に私は顔を上げた。


 「……前にわたし、キツイ事言ったでしょう? 小沢さんを追いつめていたならごめんなさい」

 「そんなことは…」

 「いまが踏ん張りどころだから、頼れるものは全部頼って。こんな私でも良ければ頼って」

 

 

 「頼って」と言われた私は、その場で堰が切れたように泣いてしまった。

  背中を優しくさすられ、私はようやく虚勢という名の鎧を脱ぐことができた。

 

 ――私は、助けて、という言葉を忘れていた。


 そのあとは、山田さんと一緒に家に戻った。

 子供達はまだ寝ていた。


 寝顔がかわいく見えた。


 


 あれから数ヶ月経って、変わった事がいくつかある。

 山田さんとは良い関係を築けている。たまに山田さんの子供がうちの子と遊んでくれる。やはり子供同士は楽しそうだ。


 夫には少しずつ弱音を吐くようになった。

 夫も同僚や上司から育児についてアドバイスされているようで、謝罪される事が増え、子供といる時間も増えた。



 私は、夫が子供たちと遊ぶ姿を眺める。

 ようやく、家族が愛しい、と思えるようになった



 


 

追いつめられている人がいて、声をかけたいと思っても勇気がなくて声をかけられず、

自分を叱咜するために書いたものでもあります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 自分が子育てしている頃を思い出しました。 夫の仕事の都合で地元に飛行機でしか帰れない距離の場所に住むことになり、夫は毎日深夜帰宅、2歳違いの2人の子供。どうやってあの頃を過ごしたか今ひとつ覚…
[良い点] はじめまして。愛猫家様のレビューから来ました。 ……凄いリアル。の一言につきます。 現代は核家族になって嫁姑の確執は減ったぶん、子供が小さい間のお母さんの負担が半端ないですよね。 読…
[良い点] エッセイから来ましたm(_ _)m 育児ノイローゼによって、心が擦りきれてしまう恐怖と、どうしようない程の飢えに渇き、疲労と焦燥に壊れていく女性の叫びが聞こえて来るようでした。 人との…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ