表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/40

7.涙を拭いて




町中は既に十数人の村人達が、駆けずり回っていた。

お使いに行った酒場の少年が、忽然と姿を消していたからだ。

近場の川に落ちたのか。

それとも獣に襲われたのか。

村人たちが口々に言う中、一向に見つけられず次第に夜は深まっていく。

息子を心配するあまり、店主は店の前で絶望的な表情すらしていたが、そこへ見覚えのある小さな人影が現れる。

皆が探していた、本人である。

少年は殆ど無傷の状態で、一直線に父親である店主に飛び込んでいった。


「お父さん!」

「よ、良かった! 何処に行っていたんだ! 心配したんだぞ!」


ようやく帰ってきた我が家に、少年は瞳を潤わせる。

しかし、一体何があったのか。

只ならぬ事が起きたのではないかと父親が聞くと、少年はティエラから言われたことを思い出した。

この事を周りの人に伝えるのだ、と。

少年は言われた通り、涙を堪えて父親に全てを打ち明けた。


「何だって!? アルバドが!?」

「うん! お姉ちゃん達が助けてくれたんだよ!」

「助けて……? その人達は、何処に……?」

「さ、さっきまで一緒にいたんだけど……」


少年は後ろを振り返るが、誰もいない。

自分を助けてくれた恩人が、やってくる様子はない。

その後、村人達が現場へと向かったが、そこにいたのは黒焦げのアルバドのみ。

助けてくれたという二人組の男女は、何処にもいなかった。


「児童誘拐と殺人未遂の罪、これでアルバドは監獄に収容される。自分がしてきた罪を、その身で思い知る事になるだろうな」

「そう……」

「やっぱり、不満か?」

「いえ、あの男には相応しい末路よ」


そんな様子を、ティエラ達は村から少し離れた丘の上で見届けていた。

暗闇の中で見え辛いが、武器を掲げた村人達に運ばれていくアルバドが見える。

これであの男の本性は炙り出された。

わざわざ手を下さなくても、後は村人達が勝手にやってくれる。

少しだけ胸がすく思いだった。

ティエラはその感情を確かに抱き、握り締めていた手を解く。

望んでいた復讐の一つが果たされた。

恨みのためではなく、正当な鉄槌を下したのだ。


「命を奪わなくても復讐は出来る。それを分かってくれたなら、オレは嬉しい」


ヴァロムはあくまでそう言った。

人を殺さなかった彼女の判断を喜んでいるのだろう。

彼の言葉を聞きつつ、彼女は視線を村の方へと向けたままだった。

その先には再会を喜ぶ父と子の、抱き合う家族の光景が見える。

自分が失ってしまったものが、そこにはある。

次第にティエラの視界が滲んだ。


「私、殺めなかったわ」

「あぁ」

「助けたわ……見ず知らずの家族を……」

「……そうだな」


そこまで言うと、自然とティエラは涙を流していた。

何故かは分からない。

色々な感情が混ぜこぜになって、ただ頬を濡らしていく。

ヴァロムがそれに気付くが、彼女は見られないように顔を背けた。


「ティエラ……」

「ホント、馬鹿みたい。勝手に呼んだ悪魔に言い包められるなんて。貴方はただ、契約に従っているだけ。そんな事、分かっている筈なのに……全部、台無しよ……」


始めは殺すつもりだった。

散々に痛めつけて、自分が受けた苦しみ以上の苦痛を味わわせようとすら思った。

だがいつの間にか、そんな殺意は消えて無くなっていた。

全てはヴァロムという悪魔に誘導されたからだろう。

彼のお蔭で、何もかも滅茶苦茶だ。

そんな身勝手な反抗心を、言葉で投げ付ける。

するとヴァロムはその場で跪いた。

忠節を尽くす主に向けて、ただ己の思いだけを口にする。


「今のオレには涙しか拭えない。でも信じてほしい。ただ、契約に従っているだけじゃない。心の底から、キミの身を案じている事を」

「それも悪魔の誘い文句なのでしょう? 私には分かって……」

「それは、違う」


契約のためではない。

ヴァロムは確かにそう言った。


「今はまだ信じられないかもしれない。でも全てはキミを、ティエラ・シュヴェルトを救うためだ。今流している涙が、止むように。恨みを忘れて、キミが一人の女性として幸せな人生を掴めるように。それがオレの、オレ自身の願いなんだ。だからそれまでは、キミと共に歩み続ける」


真剣な声色から嘘を言っているようには聞こえなかった。

そんな彼の声が、更にティエラの心を惑わせた。

本当に分からない。

全てを失った、何もない自分にどうして此処まで尽くしてくれるのか。

これも悪魔の誘惑なのだろうか。

分からない。

分からないからこそ、ティエラは小さく息を吐く。

そしてそのままヴァロムの方を振り返った。


「……だったら」

「?」

「だったら、私の涙を拭いて頂戴」


両目から溢れた感情の跡を、彼女は見せつけた。

見せるものでもないのだが、見せてやった。

これが貴方の責任であると。

するとヴァロムは何処からともなく、似つかわしくない白いハンカチを取り出した。

そして彼女に近づき、ゆっくりと目元を拭う。

本当に、お互いどうしようもないものだ。

両目を拭われたティエラは少しだけ微笑む。

全てを失ってから始めて、自然と笑えたような気がした。


「貴方、本当に悪魔らしくないわね」

「今だけは、悪魔である必要もないな」


そう言って、ヴァロムも微笑み返す。

夜の風は冷たかったが、胸の内に灯っていた熱は未だに収まりそうになかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ