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39.さようなら




王宮に、玉座の間に光が差し込む。

魔女が展開していた闇の雲霧が晴れたのだ。

悪魔が消滅したことで力を貸す者がいなくなったためだろう。

ティエラは消えていく光を両手で抱え、胸の内で握りしめる。

悪魔の夢は、悪夢は終わった。

全ては現実に引き戻される。

呆然とする二人へ、新たな人影が現れる。


「闇は晴れる。直に、此処の者達も目を覚ますだろう」

「ま、まさか……その姿は、大悪魔・アグレアス……!? あの伝承にもある……!」

「規則を破った悪魔を裁くのが儂の仕事だ。しかし両者共に消滅した今、その役目も果たされた」

「……!」

「此処に留まる理由も無くなった。後はお前達の自由だ」


初対面のスティラは大悪魔の出現に恐れ戦くが、彼は何もしない。

事の顛末を見届けるためだけに現界していたのだ。

使い魔を失った人間に手出しはしない。

役目を終えた今、終わりの時を宣言する。

しかしティエラは、既に消えた温もりだけを抱えていた。


認めない。

認められる訳がない。

やっと全てを思い出したというのに、こんな形で離れ離れになる。

そんな事は絶対に許せなかった。

ティエラは両手を震わせ、あの時に交わした彼との言葉を思い出す。


「約束したのに……。あの人は、迎えに来てくれたのに……私は……!」

「ティエラ……」

「誰か! 誰か、ヴァロムを助けて! 彼は何も悪くないの! 何も悪くないのにっ! お願い……! 誰か……神様……!」


ヴァロムに罪などない。

かつてティエラが犯した罪を肩代わりしただけの事。

後悔する意味も、苦しみ続ける必要も、何処にもない。

確かに消滅間際の彼は、やり終えたように笑っていた。

しかし残された側は、ティエラには決して納得できなかった。

自分だけが生き延び、何の罪も背負わずに生きていく。

そんな事は出来ない。

助けを求めるように、温もりの消えた手を当てもなく伸ばす。


「だれ、か……?」


するとティエラは気付く。

手を伸ばした先に、ソレがいる事を。

過去を変え、一度は時すらも巻き戻した大悪魔。

アグレアスという存在が。


「ティエラ、何を!?」


スティラが声を上げるが止まらなかった。

その場から立ち上がり、ヨロヨロと歩き出す。

最後の望みを託すように。

対するアグレアスは動かない。

玉座の間の中心に佇み、近づいて来る人間を、無感情な視線でジッと見下ろしていた。

そうして辿り着いた彼女は問う。


「アグレアス……貴方は、彼を蘇らせることが出来るの……?」

「何が言いたい?」

「私はヴァロムを人間として……ヴァロム・ユースハイムとして戻して……! 幻にしない! 過去には戻さない! ただ今を、生きていてほしいの!」


彼女が願ったのは、アグレアスとの契約だった。

以前のヴァロムがそうしたように、大悪魔と対峙する。

無論、過去に戻す意味などない。

それは同じ過ちの繰り返しになるだけだ。

だからこそ今この時を、過去を断ち切ったこの時を生きていてほしい。

ティエラは罪を背負って消滅した彼の無実を訴える。

すると大悪魔は凍えるような声で忠告する。


「何を言っているのか、分かっているのか? やっと、全てを取り戻せるのだぞ? 聖女としての力に目覚めたお主を、疑う者はもういない。王の継承が行われていないこの状況、そして心の迷いが消えた今、聖女として王国を思うままにできる筈だ」

「……」

「そしてこれは、あの男が望んだ事だ。今の言葉は、それを全て否定する。あの男が築き上げてきたモノを、崩し去るという意味に他ならない。折角、与えられた幸福を自分の手で切り捨てると言うのか?」


尤もらしい理由で切り捨てようとする。

アグレアスが求める対価の莫大さは理解している。

例え過去を戻さなくとも、一度消滅した存在を救うには、人一人の対価では収まらない。

それによって、自分が辿ってきた道や未来は消失する。

やっと手に入れたものを、ヴァロムが守り通してきたものを捨て去ることと同義だろう。

後ろで問答を聞いていたスティラも、妹を引き止めようとする。


「馬鹿な事は止めなさい! もしそれを願うなら私が……!」

「いいえ。お姉さまには、もう何も背負わせない。これは、私自身が背負うべき罪なの」


彼女に押し付ける気はない。

もう誰にも渡さない。

自分の罪は自分だけのものだ。

ティエラはアグレアスから目を離さなかった。


「シトリーの言う通りよ。私は、全てを押し付けたの。押し付けて目も耳も塞いで、知らない振りをした。手も伸ばさなかった。そうしてヴァロムを、皆を、本当に、本当に酷く苦しませてしまった……。もしこのまま貴方の言う幸福な世界を、のうのうと生きていたとしても……いつか私は、自分を許せなくなる……」

「……」

「ヴァロムは最後まで、私に手を伸ばしてくれた。だから私も、彼の手を取って、助け出したい……!」


元は自身の未熟さと心の弱さが発端だった。

抗う意志があれば、嫉妬など抱かなければ、誘惑に傾く事もなかった。

酷く責められ、なじられても文句は言えない。

それでもヴァロムは約束を覚え、果たしてくれたのだ。

契約に縛られた関係であっても、名前すら忘れてしまった自分にも何一つ明かさず、最後まで手放さなかった。

彼を見て今から清く生きていくなどと、言える訳がない。

自分の心が許さない。


「対価は?」

「私の、全てを」

「止めておけ。何の得も……」

「損得ではないわ。ただ、元に戻すのよ。罪と罰を、あるべき場所に返すの。ただ、それだけ……」


ユースハイムの屋敷で彼は言った。

自分を連れ出す者などいる訳がない、と。

ならば連れ出す。

彼が水の底に沈んだと言うのなら、その中へと飛び込む。

例え浮き上がる事の出来ない片道切符だったとしても、その重荷は自分が抱える。

そう断言した。


本来、アグレアスに契約をする利点はない。

所詮は少女の勝手な申し出。

受ける理由はないように思えた。

しかし彼女の思いが、かつてのヴァロムと重なったのだろうか。

愛する者との約束を果たす。

ゆっくりとアグレアスは視線を逸らした。


「人間とは勝手な生き物だ。善は悪となり、悪は善となる。太古の昔から、何も変わらん。儂を呼び出した者は皆、同じだった」

「……ごめんなさい」

「謝ることではない。勝手こそが人間の本質。そして悪魔は、それ故に生み出された。人間の飽くなき欲を満たすため、裁くため、粛々と使命を果たすのみ」


規則にない限り、その判断は悪魔個人に委ねられる。

拒絶はなかった。

アグレアスはゆっくりと右手を持ち上げる。

その手中には、見覚えのある漆黒の茨が僅かに蠢いていた。


「今しがた、空席となった第12位が残っている」

「……!」

「恋情の悪魔という名は、今のお前に最も相応しい。だが、その前にもう一つの代償を支払ってもらうぞ」

「もう一つの……?」

「忘れた訳ではあるまい。お前が交わした、あの男との契約を。契約が破棄されたとはいえ、復讐という願いは確かに果たされたのだ。再契約をする以上、儂がそれを代行する」


彼女が負うべき代償が語られる。

ヴァロムとの契約は、彼自身が破棄したことで無効となった。

だがもう一度契約をするのなら、先ずは無効となった代償を果たす必要があったのだ。

一番大切なモノを失うという、代償を。

瞬間、アグレアスの手中にあった茨が放たれ、ティエラに纏わり付く。

その力は自身の存在を脅かす、生命の終わりを感じさせるものだった。

しかし、不思議とティエラに恐怖はない。

ただ、その身を委ねていく。


「ティエラっ!!」


思わずスティラが駆け寄る。

既に魔女の力を使い果たしていた彼女に、止める手立てはない。

何故、自分が残されるのだ。

そんな思いが見て取れた。

破滅願望を持っていた自分が唯一残されるなど、彼女が最も望んでいない結末だったのかもしれない。

故にティエラは振り返り、託す。


「生きて下さい。今まで不幸にした人の分、沢山の人を幸せにして下さい。それが貴方の、本当の償い」

「っ……!」

「さようなら……お姉さま……」


その言葉を最後に、茨は視界を覆っていく。

悪魔たる根源が身を侵食し、ティエラの意識は徐々に遠ざかっていく。


『ティエラ・シュヴェルトよ。お前が差し出した第一の対価は――』


そして微かに見えた。

茨で埋め尽くされる視界の先で、光の群れが集まり、ヴァロムの姿が現れるのを。

ヴァロム・ユースハイムが甦るのを。

アグレアスは、確かにその願いを聞き入れたのだ。

良かった。

これでもう、大丈夫だ。

安堵の息を漏らすと共に、彼女は瞼を閉じる。


「ヴァロム……貴方に言いたかった……。私の本当の気持ちを……」


これで、本当に離れ離れだ。

あの時の彼も、同じ気持ちだったのだろうか。

しかし過去をやり直しても、ティエラは同じ人を望んだ。

同じ人を、思い悩んだ。

だからこそ、きっといつか会える。

そんな叶わない夢を見て、今の思いを確かに紡ぎ出す。


「私は、貴方の事が……」

『大切な者達との記憶。その全てを――』

「す――」

『剥奪する』


悪魔の宣告と共に、ティエラの意識は消失した。




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