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37.繋がる思い




走馬灯が過ぎ去ったティエラは、言葉を失うだけだった。

今の光景は、全て現実なのか。

闇に包まれた茨の空間に引き戻され、彼女は思わず咳き込んだ。

声にもならず、血の味だけが広がる。

認める、認めない、の話ではない。

ただそこにあった末路が、頭の上から流れ落ちる。

そんな彼女に向け、気付いたシトリーが笑い声を上げた。


「思い出したのね? そう! アナタは全てを押し付けたのよ! 嫌な事も辛い事も全部忘れて、白馬の王子様に押し付けた! 元はと言えば、嫉妬に狂ったアナタ自身のせいなのにね! そうして今度は悲劇のヒロインを気取って、復讐のために王子様を自分の下僕として呼び出した! 本当に、悪女という名に相応しい悪行だわ!」

「……!」

「ヴァロムが、どんな気持ちでアナタを助けたと思う? どんな気持ちで、何も知らない振りをしていたと思う? 分かる筈がないわよねぇ? 過去を変えても変わらない! だってアナタは、千人もの人間を殺し尽くした、残虐非道な悪女なのだから!」


もう、何も言い返せない。

動くだけの力もない。

哀れだと言わんばかりに、シトリーが茨を放つ。

恐怖はなく、走馬灯を見た罪と罰だけが、ティエラを硬直させていた。

そして何本もの茨が、ティエラの身体に直進し。

別の場所から現れた、闇の波動によって弾き返された。

シトリーは不意な横槍に目を見開く。

ティエラの視界に、見覚えのある姿が映る。


「おねえ……さま……」


彼女を守るように立ち塞がったのは魔女、スティラ・シュヴェルトだった。

腹部から茨で貫かれながらも、手中に魔力を込めて、自身が呼び出した悪魔と対峙する。

対するシトリーは、少しだけ眉を上げた。


「何のつもり?」

「気に入らないわ……」

「は?」

「気に入らないって……言っているのよ……!」


スティラは足を踏みしめた。

破滅願望のあった彼女が、ティエラを庇う理由はないように見える。

それでも癇に障る事が、許せない事があるのだろう。

掌を返した元主人に、悪魔はつまらなそうな視線を向けた。


「ふ~ん、その傷でまだ立てるの? 一度、死の淵から這い上がっただけの事はあるわね~。でも、その強がりもいつまで続くかしら~?」

「シトリー、貴方は哀れよ。力づくで奪っても、無理に引き剥がしても、貴方が望むモノは手に入らない。恋情の悪魔が聞いて呆れるわ……」

「……何ですって?」

「貴方は手に入らないモノを見て、羨ましがって、駄々を捏ねているだけ。躾けがなっていない、ただの子供よ。それとも……悪魔の心も思った以上に初心うぶだった、という事かしらね……?」


或いはティエラと同じような、別の走馬灯を見たのか。

心の底を暴くような追及だった。

勝ち目の問題ではない。

それでもお前は愚かだと伝えたかったようだ。

聞き分けのない子供に言って聞かせるように。

目に見えた挑発だったが、今のシトリーには無視できないものだったらしい。

取るに足らない相手に対する視線が、いきなり鋭くなる。

彼女を取り巻いていた幾つもの茨が、一斉に矛先を変える。


「馬鹿な女、死んで償いなさい」

「始めから、そのつもりよ」


スティラは動揺なく返答するだけだった。

そうして衝撃音だけが響き渡る。

倒れ込むティエラに、彼女達の姿は見えない。

戦っているのか、逃げ回っているのか。

見えないが、暫くして何者かの返り血が視界に飛び込んでくる。


「お姉、さま」


無理に動こうとしたが、力が入らない。

意識も朦朧としており、無力感だけが足元から迫り来る。

あの時と、まるで同じだった。

惨劇の、走馬灯の光景と重なっていく。


「また……遠くなっていく……。私……から……」


この痛みは、罰なのだろう。

全ては自分の過ちが原因だった。

勝手に思い込み、勝手に願い、勝手に破滅した。

何もかもを忘れ去り、そこにあった罪も押し付けた。

ヴァロムを忠実な悪魔と思うだけで、一つも疑問を抱かなかったのだ。

そうして再び、破滅の時は訪れようとしている。

スティラではシトリーには敵わない。

ヴァロムも茨の向こうに取り込まれてしまった。

大切なモノは、尽く手から零れ落ちていく。


だが、一つだけ確かな事もあった。

ティエラはかつての自分の使命を思い出す。

自分に抗うだけの力があれば、踏み出す勇気があれば、今ならまだ間に合う。

零れたものを掬えなくても、抑え留めることは出来る。

取り戻せる筈だ。

不意に、いつかのアグレアスの言葉が思い出される。


(力の枷は、既に開いている。後は、お前さん次第だ)


彼は全てを知った上で、見届けていたのか。

同じ顛末を辿るかどうか、見極めようとしているのか。

大悪魔の思考など、ティエラには分からない。

ただ、彼女は自らに眠る力を呼び起こす。

かつて目覚めた時と同じように、傷を負ったヴァロムの姿を思い浮かべながら。


「私は、貴方から全て奪ってしまった……。私が……貴方を頼らなければ……愛さなければ……こんな事には、ならなかったかもしれない……。でも……」


あの時とは違う。

分からないフリはしない。

見失ったりもしない。

守るべきものは、もう分かっている。


「今でも、私は……。だから……」


ひたすらに、想う。

瞬間、ティエラの身体から光が放たれた。

辺りの闇を裂くような力が巻き起こり、群れていた茨が眩しそうに仰け反る。

既に倒れる寸前だったスティラだけでなく、シトリーもその異変に息を呑んだ。


「何!? この忌々しい光は!?」


人にとっては包まれるような力が、悪魔にとっては裁きの光に変わる。

目を眩ませるシトリーが数歩後退る代わりに、倒れ伏していたティエラはその場からゆっくりと立ち上がる。

あれだけの傷を何故、と考えるよりも先に答えは現れる。

見る見るうちに傷が癒されていたからだ。

多くの茨に刻まれていたスティラの傷すらも、瞬く間に塞がっていく。

それは紛れもない、本物の聖女の力だった。


「傷が治っていく……? ティエラ、貴方はまさか……!」

「アグレアスの封印を解いたというの!? あの大悪魔の力を!? そんな事が……!」


光は僅かだが、確かに灯る。

ティエラは手を翳し、希望を失わせないように輝きを増していく。

すると周囲の茨が蠢くと共に、取り込まれていたヴァロムに聖女の光が撫でる。

悪魔である彼にも呼応したのか。

シトリーに奪われていたその意識が、僅かに取り戻させる。


「う……。ティ……エラ……?」


彼は薄れゆく意識の中で、彼女の名を呼んだ。




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