34.美しい花には
現れたヴァロムは無傷ではなかった。
シトリーとの戦いで不意を突かれたのか。
幾つかの茨に纏わり付かれ、腹部から血を流している。
軽傷ではない彼の様子を見て、ティエラはボウガンに込めていた力を緩めた。
「ヴァロム!?」
「まさかエニモルの正体が、ティエラの姉だったとはな……。思えば、不審な点は幾つかあった……」
心当たりがあったような言葉を呟きながら、二人に向かって歩き出す。
自分の負った傷など、意に介していない。
相争う彼女達を止めるためだけに、よろよろと近づく。
「シトリー、しくじったわね……?」
悪魔の介入にスティラは気圧されたようだった。
悔しそうな舌打ちが聞こえる。
奇襲を仕掛けて来たシトリーは倒したのか。
何も感じ取れないティエラには分からない。
ただヴァロムは必死な表情で、彼女へと目を向けた。
「ティエラ、彼女を撃つな! 家族を、実の姉を手に掛けるなんて間違っている!」
「……!」
「エニモル……いや、スティラ! キミも同じだ! これ以上、自分の家族を苦しめるな!」
まるで自分のことのように言う。
何か彼には、殺人を止める以上の思いがあるようだった。
ティエラが言葉を失う中、スティラが声を荒げる。
「家族ですって? ただの使い魔如きが、知った風な口を利かないで! この女は、恨みを晴らすだけの怨敵! あの時の事は、片時も忘れた事なんてないのよ!」
「いいや、それは違う。キミはただ、自暴自棄になっているだけだ。オレには見える」
「ッ!? わ、私の心を盗み見たの!?」
「恨みのある相手だけへの復讐ならまだしも、関係のない王都の人々まで巻き込んだ。それはもう理屈じゃない。抑えきれない憎悪が、膨れ上がった結果だ」
的確に彼女の心を暴いていく。
確かに、今やろうとしている事は無理心中と変わりない。
ひたすらに、大勢の人間を巻き込もうとしているだけだ。
そんなものに道理も理屈も存在しない。
あるのは、復讐の果てに自分を見失った姿だけだ。
もう一度、ヴァロムはティエラに告げる。
「ティエラ、オレが恐れていたのはコレだ。際限のない復讐は自分の心を壊して、関係のない人間まで巻き込んでいく。彼女はキミが辿ったかもしれない、もう一つの姿だ」
「彼女が……もう一つの……」
「だから撃たないでくれ。どんな理由があっても、人を殺せば絶対に後悔する。二度目はないんだ。戻って来れなくなるぞ……!」
彼は引き止め続ける。
その先には、何もないのだと。
或いは誰の助けも得られずに惑えば、彼女と同じ姿になっていたのかもしれない。
目の前の魔女は、悪しき自分自身。
そう思うと、徐々にボウガンの矢先が降りていく。
「撃たずに、どうすると言うの!? 私を殺さないと、闇は払えないわよ!? これは悪魔の力を利用して、私の命と繋げているのだから! 例え手足をもがれようとも、八つ裂きにされようとも、絶対に解除しない! フェルリオと同じようにされたくないなら、皆を助けたいなら、私を殺す以外にない!」
「……」
「早く、私を討ちなさい!」
早く殺せと、自暴自棄な声が聞こえる。
瞬間、ティエラは気付いた。
何故そこまで頑なに引き金を引かせようとしているのか。
復讐を終わらせようとしているのか。
ハッとした様子で、彼女に問う。
「まさか、貴方はそのつもりだったの?」
「っ!?」
「私に自分を殺させて……罪を被せる……。そのために、私を呼び寄せたの……?」
自分には何も残っていないと、スティラは言った。
そんな彼女が最後に、王都中の人間を巻き込もうとしている事も間違いはない。
ただ、もう一つの道を作ったのだろう。
同じように全てを失った妹が、自分を殺しに来るのならば、全てを明け渡そうと。
自分がそうしたように、家族殺しの罪を与えようと。
だから彼女は、今まで隠してきた自身の素性を明かしたのだ。
同じ思いを、味わわせるために。
ティエラはボウガンを取り落とす。
虚しい音が玉座の間に響き渡った。
「……私には、貴方を殺せない」
「な……ん……」
「お願い……もう、こんな事は止めましょう……。お姉さま……」
愕然としてスティラは数歩だけ後退る。
訳が分からない、といった様子だった。
自分と同じ筈なのに、ティエラは引き金を引こうとしない。
全てを奪った筈の元凶を姉と呼び、殺そうともしない。
わなわなと、スティラは身体を震わせる。
憎悪なのか、悲しみなのかも分からない。
不意に彼女は、手中から闇の波動を生み出した。
「この……この、臆病者ッ!」
躊躇いはなかった。
一直線に魔女の繰り出した力が襲い掛かる。
武器を捨てたティエラに対抗する手立てはなかった。
避けられない。
思わず両腕で庇い、目を瞑る。
だが、波動は彼女には届かなかった。
「かはっ!?」
飛び込んだヴァロムが背中で彼女を庇ったのだ。
既に悪魔の力を出すだけの余力もなかったのか。
魔女の攻撃は、確かに新たな傷を刻み込んだ。
そして重症に近かったヴァロムはその場に倒れ込む。
瞼を開けたティエラが、息を呑んで駆け寄った。
「ヴァロム!? ヴァロム、しっかりしてっ! 目を開けてっ!!」
どうにか彼を抱き起すが、目を覚まさない。
意識を失ったのか。
まさか、という凍えるような感覚がティエラを襲った。
アグレアスの襲撃を受けた時と同じ光景が目に浮かぶ。
「どうして!? 魔女の力は悪魔だって殺せる……それなのに身を挺して、その子を守るなんて! 命が惜しくないの!?」
対するスティラは呆然とする。
悪魔が妹を庇った事が信じられないようだった。
魔女は悪性の力を操作する。
それは悪魔に似たものであり、それ故に不死である悪魔を殺す事も出来なくはない。
悪魔であれば、そんな事は誰でも知っている筈の事実だ。
人間と悪魔は、契約で結ばれているだけの関係。
躊躇いなく命を張る理由は、何処にもない筈なのだ。
追撃できずに立ち尽くしていると、新たな気配が玉座の間に現れる。
「相変わらず、アナタは優しいのね~」
「!?」
「あれだけの罠も拘束も解いて、逃げる事も殺す事も出来た筈なのに……。此処の人間達のように全て忘れていれば、躊躇いも抱かなかったのかしら~?」
悪魔・シトリーが闇の中から現れる。
ヴァロムと違い、傷を負っている様子はない。
彼女は彼を慈しむような目を向けつつ、主であるスティラの元に降り立った。
しかし、意味深な言葉を呟くだけで契約者の方は見ようとしない。
ゆっくりとシトリーは片腕を上げる。
「シトリー、何を言っ」
スティラが聞き返すも、そこまでだった。
瞬間、血が舞い散る。
顔を上げたティエラの前には、腹部を茨で貫かれた姉の姿があった。
「か、はッ!?」
「え……?」
貫いた漆黒の茨が、血を滴らせる。
血を吐いたスティラを見て、シトリーは優しく微笑む。
「アナタの役目は、ここで終わり」
「シトリー……どう、し……!?」
「どうして? アナタはワタシを道具として扱っていたようだけど、それはワタシも同じだったのよ~?」
茨が鞭のようにしなり、スティラを放り投げる。
彼女は壁に激突して、そのまま床に倒れ伏した。
紛れもない悪魔の反逆だった。
しかしそれは悪魔との契約上、違反に該当する。
契約者であるスティラが契約破棄を願えば、悪魔であるシトリーは瞬く間に消滅する筈だった。
だが、それは叶わない。
シトリーの手中に、見覚えのある魔法陣が浮かび上がる。
「あぁ! これがワタシとヴァロムの契約刻印! これでワタシ達は、ずっとずっと一緒なのね!」
浮かんだのはシトリーのそれだけではない。
ヴァロムが契約を結んだ魔法陣も、同時に浮かび上がる。
思わずティエラは自分達を見下ろし、契約が奪われている可能性に気付く。
「まさか、契約を奪ったの!? 私達のものまで……!」
「ありがとう、ティエラ・シュヴェルト! 全てはアナタがヴァロムを呼び寄せてくれたお陰よ! おまけに彼を弱らせてくれて、本当に感謝しているわ! これで憧れの王子様は、やっとワタシのモノになった!」
「何を……!?」
「復讐だとか、恨みだとか、そんな事はワタシにはどうだって良いのよ! ワタシの目的は、自分の愛を自分のモノにする! それだけだったのだから!」
そうして二つの刻印が合わさる。
契約を交わす魔法陣同士が重なり合い、強烈な力を放った。
直後、引力に吸い寄せられるように、ヴァロムがティエラの手から離れていく。
人の力では止めようがなかった。
まるでシトリーの刻印に導かれる。
彼の名を呼ぶ間も、声を上げる間もない。
引き裂くような音と共に、床を突き破る形で大量の茨が現れ、頭上を覆った。
「思い出すと良いわ。死の間際の、走馬灯でね」
何百という茨が天井から降り注ぐ。
光を閉ざす茨の檻に全員が呑み込まれた。




