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33.抹消された存在




「何を……何を言っているの……? 冗談も大概に……!」

「冗談ではないわ。貴方はまだ赤子で、お父様とお母様が念入りに痕跡を消したみたいだから、覚えていないのでしょうけど」

「そ、そんな筈がないわ! 私と貴方では、髪や瞳の色だって……!」

「私も、昔は貴方と同じだったのよ。美しい藤色の髪と瞳が、一番の自慢だった。でも直ぐに、色は黒ずんでいった。まるで人が変わるようにね」

「……!」

「不審に思ったお父様たちが、私の事を調べ上げた。そして分かったのよ。私が死を運ぶ象徴、悪しき魔女だとね」


始めはこちらの混乱を狙っているのだと思った。

しかしエニモル、スティラの様子は、人を騙す態度には見えなかった。

真実を、何も知らない哀れな妹に告げているだけ。

そして不意にティエラは、屋敷で燃やされていた両親の日記を思い出した。


「あの日記は……まさか……」


両親は何者かを恐れ、罪と呼んでいた。

無論、ティエラにそのような記憶はない。

別の誰かを指しているのは間違いなかった。

本当に、彼女は自分の姉なのか。

ティエラが思わず手を放すと、スティラは解放された手を自らの服のボタンに触れた。


「王国は聖女信奉に重きを置いている。それに仇成すと言われた魔女は、最も忌むべき存在。身内から生まれたとなれば、血ごと根絶やしにされるかもしれない。きっと、お父様とお母様はそう思ったのね。だから二人は、従者達にかん口令を敷いた。そしてある日の夜、幼い私を馬車で連れ出して……」


一瞬だけ言い淀み、胸元のボタンを外す。

素肌を見せると、そこには右肩から腹部にかけて斜めに切り裂いたような、痛々しい古傷が現れた。


「剣で切り裂いて、谷底に突き落とした。見なさい。この傷が、その証拠よ」

「そんな……」

「あの時の事は、今でもハッキリと覚えているわ。私に怯える二人の姿。愛を囁いていたその口が、泣き叫ぶ私の前で固く結ばれる光景」

「……」

「許せなかったわ。全てを奪われ、自分の存在すら否定された私にあったのは、憎悪だけだった。それから谷底に突き落とされた私は、魔女の力で死から甦ったのよ」


スティラの声は僅かに震えていた。

今までの過去を思い出し、感情が込み上げてきたのか。

それは火刑に処されたティエラにも理解できた。

何一つ抵抗できずに殺される理不尽は、憎悪に変わる。

生まれるのはそんな仕打ちをした者達への報復のみ。

だからこそ、彼女は因果応報だと言ったのか。

故に自ずと、その目的は見えてくる。


「……貴方の目的は、復讐だったの?」

「そうよ。国の王妃だとか、聖女だとか、そんなモノに興味はない。いえ、寧ろ怒りしかなかった。私と陥れた全ての存在に、血の制裁を下す。そのためだけに、私は生きて来た」

「自分以外の、全てを……」

「居場所なんてなかったわ。何処へ行っても、魔女は忌み嫌われる存在だから。奴隷に身を落とした事も、薄汚い男共の靴を舐めた事もあった。無責任な悪意に触れる度に、私は思い出したの。痛む古傷と、今ものうのうと生きている、貴方達への恨みを」


同時にスティラが、ティエラを突き飛ばした。

衝撃のあまり脱力していた彼女に、留まることは出来ない。

そのまま後方に倒れ込む。

倒れた眼前に、兵士が手放したボウガンが転がっているのが見えた。


「っ!?」

「死の間際の二人は、本当に滑稽だったわ! 私の名と傷を明かした瞬間、まるで死神を見たように泣き叫んで、懺悔し始めたの! 私の事を黙っていた従者達も全員同じ! 貴方にも見せてあげたかったわ! 火に包まれた、あの哀れな姿!」

「……どうして、私には何も言わなかったの? ずっと黙っていたの?」

「せめてもの情けよ。明かした所で、何も知らない貴方は混乱するだけ。懺悔なんてしなかったでしょう?」


無知のまま殺すつもりだった。

そう言って、スティラはよろよろと立ち上がる。

対するティエラは立ち上がれない。

怪我は追っていないが、精神的に抑え付けられたためだ。

彼女が抱いてきた恨みは、まるで過去の自分自身を見ているようだった。

抑え切れない憎悪を胸に、全てに牙を向ける残虐さと残忍さ。

故にティエラは魔女に問う。


「これから、どうするつもり? 全てに復讐して、全てを奪って、それから何が残るって言うの?」

「何も。魔女の私に、真っ当な生き方なんて許されない。恋情を操った所で、何れバレるのは目に見えていたし、王都の人間を全員殺して私も消えるだけ。本当は王位継承の儀の、最も人が集まる瞬間に決行するつもりだったけれど……まぁ、予定が早まっただけね」

「全員を……殺す……」

「そう。今眠っている人々は、直に永遠の眠りにつくわ。私はそれを、地獄へ向かう渡し賃にする」


最早、彼女は止まらない。

王都の霧を消すつもりなど毛頭なかった。

このままでは王宮だけでなく、無実の人々まで眠りから覚めなくなる。

それは断じて、自分が望んだ結末ではない。

思わずティエラは、目の前に落ちていたボウガンを拾い上げる。

矢は既に装填されている。

引き金を指に掛け、足に力を込めて、どうにか立ち上がった。


「そんな事はさせない!」

「……その矢で、私を殺す気?」

「貴方を倒せば、悪魔との契約も切れる! 霧は晴れて、皆を助けられるわ!」

「出来るの? 貴方に? 今まで人の命を奪わなかった、残酷になれなかった貴方に、私が殺せるというの?」


閃光玉の余波のため、スティラは頭を抑えるだけで、魔女の力を取り戻せていない。

今しかない。

この近距離でボウガンを使えば、いくら不得手でもその胴に矢を当てる事は出来る。

ティエラは自分の呼吸の乱れに気付いた。

分かっている。

これは明確な殺人だ。

例えどんな理由があろうとも、今まで避け続けて来た人殺しに違いない。

だがこのままでは王都は全滅する。

憎しみの連鎖を断ち切るには、実の姉を手に掛けるしかないのだ。

彼女は指に力を込めようとして。


「ティエラ! 止めるんだ!」


何処からともなく、ヴァロムの声が聞こえた。




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