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31.後ろ髪




ヴァロムに抱えられ、城壁を越えて王宮が目前に迫った時だった。

近くから聞き覚えのある叫び声が聞こえた。

悲鳴に近いそれを聞き、思わず彼は立ち止まる。

その勢いのまま、ティエラはようやく飛び降りる。


「今の声は、まさかっ……!?」


居ても立ってもいられず、彼女は自ら王宮へと駆け出した。

意識を失う兵士達を越え、その入り口に辿り着くと、鼻をつく匂いが届いた。

忘れる筈がない。

これは血の匂いだ。

無意識の内に元を辿ると、薄暗い闇に紛れて赤い光景が浮かび上がる。

入り口を塞ぐように、血だまりの中に、フェルリオが仰向けで倒れていた。


「フェルリオ!?」

「ぐ……う、うぁ……ぁ……」


ティエラはそのまま駆け寄った。

王宮の上階から突き落とされたのか。

かつて自分を捨て、火刑に処した張本人が目の前にいる。

しかしまだ息はある。

彼女はフェルリオの身体に触れた。

復讐相手だろうが関係はない。

血で塗れようが気にしてはいられない。

止血をしなければ、そんな考えばかりが頭を支配する。

後ろからヴァロムが辿り着くと同時に、フェルリオが僅かな意識で彼女を見上げた。


「ティ……エ……?」

「しっかりして! ヴァロム、せめて止血だけでも!」


最早、何処から血が流れているのかも分からない。

人の手には負えない状況なのは明らかだった。

それでも治癒に心得のあるヴァロムなら、何とか出来るかもしれない。

彼もティエラの意志を汲み取り、傍に近寄った。

だがそれ以上は何もしない、出来ないようだった。

可能なのは、簡易的な応急手当だけ。

手の尽くしようがないと言うように、辛そうな顔をするだけだった。


「駄目だ……これだけの傷は、聖女の力でも……」


既に致命傷だと仄めかされる。

手を動かせずに愕然としていると、薄れゆく意識の中でフェルリオが瞼を開いた。

その視線は真っすぐに、そして確かにティエラを見ていた。


「ゆる……して……」

「!?」

「して……く……れ……」


掠れた声はそこまでだった。

フェルリオの瞳は、それを機に光を失う。

最期に口にしたのは、自ら捨てた婚約者への謝罪の言葉だったのだ。

命を落とす瞬間を再び目撃して、ティエラは耐え切れずに目を逸らした。


「フェルリオ……どうして……」

「こんな形で決着がつくなんて、な」

「これも、聖女の仕業なの……?」

「間違いない。それにこれでハッキリした。王宮に取り入っていた女性、エニモルは聖女じゃない。伝承に聞く、悪しき力を操る魔女だったんだ」


ヴァロムの見解を聞いて、彼女は立ち上がる。

フェルリオが自ら飛び降りたとは思えない。

何者かに殺されたのだ。

そしてこの闇の中で、動ける者は限られている。

エニモル、聖女と呼ばれていた黒髪の女性。

人の命を奪う、悪しき魔女。

思わず両手を握り締めるが、その感触に気付いて見下ろすと掌は血に濡れていた。


瞬間、脳裏にあの時の光景が甦る。

光のない教会の中で立ち尽くす自分自身の姿。

大勢の人々が絶命する瞬間。

やけにハッキリと感じられた。

今まで見た悪夢とは違う、現実のような感覚が襲い掛かり、彼女を縛り付ける。


「今のは……?」


何を見たのだろう。

何を感じたのだろう。

酷い既視感によって、ティエラは呆然と立ち尽くす。

そんな彼女の異変に気付いたヴァロムは、嫌な予感を抱いたのか。

強張った表情で声を掛けようとする。

しかしその直後、別の気配を感じ取り、反射的に手を伸ばした。


「ティエラ、危ない!」

「え?」


振り返るよりも先に突き飛ばされる。

ガラガラと重い石が砕ける音が、すぐ傍で聞こえる。


「きゃっ!?」


尻もちをついたティエラが目を開けると、目前には漆黒の茨が、天に伸びるように地中を突き破っていた。

噴水の如く、大量の茨が伸び上がる。

それだけではない。

彼女を庇ったヴァロムが、茨の群れにフェルリオごと呑み込まれる瞬間が、確かに見えた。


「ヴァロム!」


声は届かない。

次の瞬間、何処か別の空間に飛ばされるように、全ての茨が消失した。







茨によって運ばれた別空間に光はない。

王都を追っていた霧よりも深く、手元すら見えない暗黒が支配する。


「分断されたか!? いや、と言うよりは……!」


狙いは自分。

群れる茨に切り裂かれないよう、共に呑み込まれたフェルリオを抱えながら、彼は辺りを警戒する。

茨の出所は、とうに分かっている。

彼は無詠唱で蒼の炎を生み出し、辺りを煌々と照らし始める。

すると闇の向こうから、桃色の髪をはためかせた少女が現れた。

以前に相対した悪魔、シトリーである。

彼女はヴァロムに向け、朗らかな笑みを見せる。


「うふふふっ! ヴァロム、待ちくたびれたわ~!」

「シトリー、やはりオマエの仕業か!」

「そうよ~。魔女の力を増幅させたのも、恋を操って王宮と教会を手籠めにしたのも、全部ワタシのお蔭なの~。どう~? 少しは驚いてくれたかしら~?」

「始めから魔女に仕えていたんだな……だが、何故だ!? 何故こんな事をする!? 王都の皆を、フェルリオまで巻き込んで、オマエの主は何を考えているんだ!?」

「さぁ? ワタシ達はただ、主の願いを叶えるだけでしょう~? 理由なんて、どうでも良い事じゃない~。それにワタシも、そんな事に興味はないわ~。アナタと一緒になる。ワタシの王子様になってくれる。それだけを夢見て来たんだから~!」

「……」

「さぁ! 王子様、ワタシの手を取って! 互いの愛を、闇夜の中で誓いましょう!」


相変わらずシトリーは、空想に浸るような言動を繰り返す。

ヴァロム以外の存在は、全く気にしていないようだった。

そんな彼女に付き合っている暇はない。

早くこの場から脱出して、ティエラの元に駆け付けなければならない。

まだ王宮には、全てを仕組んだ魔女が残っているのだから。

ゆっくりとフェルリオの遺体を地面に安置し、彼は恋情の悪魔と対峙する。


「悪いが、付き合っている暇はない。直ぐにでも、ティエラを追わなくちゃいけないんだ」

「……」

「それに前の戦いで格付けは済んだはずだ。オマエが持つ恋情の力は、オレには通じない。それでも立ち塞がるなら、このまま異界に送り返すだけだ」

「手を取るつもりはないようね……でも安心して! ワタシはアナタの全てを受け入れたいの!」

「随分な余裕だな……また人質でも出す気か? 同じ手は二度も……」

「確かに、同じことをして隙を作れるとは思っていないわ~。そう、全く同じなら、ね?」

「何だって……?」


彼が生み出した炎が辺りを元に戻すように、蜃気楼の如く歪ませる。

互いの力量は既に分かっている。

ヴァロムとシトリーの間には、明確な差があった。

背後から不意でも突かない限りは、決して覆せない程だ。

真っ向からの相手では、決してシトリーはヴァロムには敵わない。

そんな事は彼女も分かっていたのだろう。


何か策があるのか。

ヴァロムは不覚を取らないよう、警戒心を露わにする。

どんなものが現れようとも、即座に対応するつもりだった。

するとシトリーは、自身の背後から何かを引っ張り出した。

闇の中に紛れさせていたのか。

現れたのは一人の男性だった。

茨で包みながら、シトリーはその人物を見せつけるように、彼の目の前に差し出す。

それは先程闇に包まれ眠りに落ちた筈の、ユースハイム辺境伯だった。


「それじゃあ、この人なら、どうかしら?」

「なっ!?」

「うふふっ。やっぱりそうだった。驚いてくれた。それもそうよねぇ。だってこの人は、アナタにとって大切な……とても大切な……」


シトリーは喜びの声を上げる。

確かに辺境伯を人質に取る真似は、相手によっては有効だろう。

貴族の、しかも彼と親しい人物ならば効果的だ。

しかし悪魔同士の戦いであるこの場に、適しているとは思えない。

驚きはあっても、不覚を取られる程ではない筈だった。


「父上……!」


だがヴァロムは、ヴァロムだけは違った。

彼は無意識の内に辺境伯を、父と呼んだ。


「シトリー! 何故、この人を!?」

「言ったでしょう? ワタシは全て見ていたのよ? 始めからずっと、ずうっとね?」

「っ!? まさか、あの時の事も!?」

「不思議な話よね~。人間の頃の記憶が、ずっと残っているなんて~。それもアナタの強さの秘訣、なのかしら~?」

「……!」

「でも、だからこそワタシは、アナタを好きになったのよ?」


そう言いながら、シトリーは茨に包まれた辺境伯を引き寄せ、その頬に触れる。

反応を楽しむように、横目でヴァロムを見つめる。

縛られた辺境伯は目を覚まさない。

ぐったりとして、まるで死んでいるかのようだった。


「さぁ、何がお望み? この人を、裸で踊らせてあげましょうか?」

「っ!? や、やめろッ!」


そこまで聞いて、ヴァロムは思わず飛び出した。

もう耐えられない、そんな様子だった。

手中から炎を放ち、シトリーと彼を分断させる。

取り巻いていた茨も全て焼き尽くした。

シトリーが距離を取ったと同時に、彼は支えを失い落下する辺境伯を抱き止める。

焦燥に駆られたヴァロムの表情は父親を、家族を案じているようにしか見えなかった。


「父上っ! 父上、目を覚ましてくれ!」


今まで距離を置いていた辺境伯を、彼は必死に揺さぶる。

そう、その隙さえあれば十分だった。

二人の様子を見ていたシトリーは、ゆっくりと力を解く。

瞬間、ヴァロムが抱えていた辺境伯の姿は崩れ、大量の茨へと変貌した。


「ヴァロム、それがアナタの弱点よ?」

「こ、これは茨の人形!? しまっ……!」


恋情の力が効かずとも、親愛の情は決して捨てられない。

確かな差があった互いの力量は、彼が目を背けていた後悔によって満たされる。

炎を生み出すよりも先に、眼前の茨が彼の身体を貫いた。


「ぐっ……あぁっ……!?」


闇の中で、苦悶の声が響いた。




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