表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/40

3.本契約




「予め、言っておく。オレは悪魔だ。術者の願いを一つ叶えるために従い、その代わりに対価を頂く。そういう契約を結ぶ使い魔だ」

「願い……」

「キミは一体、何を望む?」


ヴァロムは望みを問う。

悪魔を召喚したというのは、そういう事だ。

人の欲望を引き出し、それを叶えさせる。

例えどんな邪道であっても、契約に従って充実に従う。

ただし叶えられる願いは一つ。

それ以上は、人で叶えられる範疇を超えている。

故に彼女はヴァロムに聞き返した。


「その前に聞かせて頂戴。お父様やお母様は、皆はどうなったの?」

「それは……」


一瞬躊躇ったが、ヴァロムはありのままを伝える。


「亡くなったよ。オレが呼び出されたのは、キミが処刑される直前だ。キミの両親も、その側近も、既に火刑にされた後だった」

「……」


ティエラはゆっくりと両手に力を込めた。

きっと両親達は訳も分からず捕らえられ、火刑に処されたのだろう。

そしてヴァロムであっても、過去に遡ってまで助け出すことは出来なかった。

覚悟はしていた。

処刑直前にも、似たような言葉で仄めかされていたからだ。

あれだけ優しかった父や母は、もういない。

彼女は小さく身体を震わせた。


「許せない……」


まるで道理がない。

幾ら王族の命であっても、一族郎党を一斉に断罪するなど、許せる筈もない。

腸が煮えくり返りそうだった。

堪え兼ねた怒りと共に、ゆっくりと目の前の悪魔を見上げる。

すると彼は、何故か悲痛な表情を浮かべていた。


「……どうしたの? そんなに、辛そうな顔をして」

「いや……何でもないんだ。気にしないでくれ」


まるで自分の代わりに悲しんでいるかのようで、ティエラは少し戸惑う。

しかし彼は悪魔だ。

両親のことを知っている筈もない。

気のせいだと心の中で決めつけ、彼女は願いを口にする。


「貴方が悪魔だというなら、私が望むのは復讐。それを叶えさせて」

「本当に良いのか? 一度きりの願いだぞ?」

「もう、私には何も残っていないわ。地位も、名誉も、帰るべき場所も」

「……」

「一度きりの願いでは、全てを取り戻せない。それとも、貴方にはそれが出来るというの?」

「……いや、願いは一度だけ。全ては叶えられない」

「そう。だから今の私にあるのは、全てを奪った人達への復讐だけ」


これまで善良に生きようとした、ティエラの思いは砕け散った。

全てを奪われたのだ。

それに悪魔にも叶えられる願いの限度がある事を、彼女は知っていた。

過去を変えるような大き過ぎる願いは、己の身を死後まで束縛するという伝承があったからだ。

故に零れ落ちたものは、取り戻せない。

あるのは復讐のみ。

自らの手で血の報復を、断罪を行う。

そんな酷く冷たい声が室内に響き渡る。

ヴァロムはその言葉を聞き、暫くして小さく頷いた。


「キミがそれを願うなら、オレに否定する権利はない。だがそれが果たされた時、オレはキミから対価を奪う」

「対価……」

「悪魔にとって、この対価は言わば糧。必要不可欠なモノなんだ」

「何を差し出せばいいの? 私の、命?」

「対価の内容は悪魔によってまちまちだ。命を取ろうとするヤツもいる。でも、オレが必要とする対価は一つ」


彼は一旦区切るように息を吸い、そして続けた。


「キミが最も大切としているモノ、それを奪う事になる」

「最も大切な……?」

「契約、するか?」

「今更、大切なモノなんてないわ。奪いたければ、何でも奪ってしまえば良い。だから早く、契約をして頂戴」

「……分かった」


大切なモノなど、今の自分には存在しない。

対価が命であろうと惜しくはない。

ティエラは吐き捨てるように言った。

するとヴァロムは組んでいた足を解き、おもむろに片腕を持ち上げる。

念じるように、彼女に向けて掌を開く。

僅かにその手中から、漆黒の魔法陣が浮かび上がった。


『悪魔たる我は汝、ティエラ・シュヴェルトを主として認める。この命、この身は、願いの盃が満たされるまで、共に在り続けると誓う』


違和感は一瞬だった。

胸の内で僅かな火、復讐の炎が灯るような熱い感覚。

それを最後に、ヴァロムが生み出した魔法陣は飛散する。

契約は成立したのだろう。

彼は肩の力を抜きながら手を降ろした。


「終わったぞ」

「随分と簡単なのね?」

「召喚の時点であらかたの準備は整っていた。今更大掛かりなモノは必要ない」


そう言ってヴァロムは微笑む。

悪魔の笑顔、というものだろうか。

未だに実感が湧かない部分もあるが、冤罪と火刑を経たティエラからすれば、悪魔との契約など些細なものだった。

怯える意味もない。

ただ、身体の熱が下がっていく。


「これで正式に契約は交わされた。キミはオレを、道具として使えばいい」


するとそんなティエラに対して、割と堂々とした様子で、そんな事を言ってのける。


「貴方……道具って、さっきも言っていなかった?」

「そうだな」

「それってどういう意味?」

「悪魔は召喚者に仕える従者。願いを叶えるしもべ。だから道具と言っているんだ。言ってしまえば、売り言葉だな」

「……私は、買った立場という事?」

「呼び出されただけで、いきなり返されたら骨折り損だからな。そういう言い方にもなる。でも、道具と言った覚悟は本気だ。キミが望むなら、剣にもなるし盾にもなる。どんな障害があろうと、必ず守ってみせる」


透き通った蒼い瞳がこちらを見る。

思い切った言い方だ。

自分がそれだけの覚悟を持って支える、忠誠心を露わにした。

ご丁寧な事だ、と彼女は思った。

何にせよ彼は信用できる者、悪魔として受け入れる。

契約の瞬間を見た以上、もう疑いはしない。

自らの復讐に手を貸す従者であると考える。

すると不意に、一つの疑問が浮上した。


「そう言えば、一つ気になったのだけれど」

「何だ?」

「貴方、私の名前を知っていたの? 名乗っていなかったような気がするわよ?」


ちょっとした違和感だ。

ティエラは今までヴァロムに名乗っていなかった。

だと言うのに、彼は契約時にティエラの名を一字一句、間違いなく呼んだ。

これは一体、どういう事だろう。

聞くとヴァロムは、一瞬だけ迷ったような表情をした。


「……オレは悪魔だ。人の心を読むことも出来る。名前を知る程度は朝飯前だ」

「随分と失礼な覗き魔ね」

「わ、悪かったよ。今度からは、もうしない。やっと契約したって言うのに、主人に捨てられちゃ、お終いだからな」


少し冷ややかな目を向けると、観念したと言うように両手を上げる。

勿論、険悪な空気を作るつもりもない。

彼には命を救ってもらった恩がある。

あくまでこれは牽制。

人の心を簡単に読まないように、そうティエラは念を押しておくのだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ