表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/40

26.落ちない涙




夜は更に深まり、ユースハイムの屋敷も完全な闇に覆われる。

外には警備兵達が掲げる明かりが見え、所々に人の影を映す。

喧騒はない。

宵闇時に起きた古城の騒動も、屋敷には届いてこない。

廊下の窓からその様子を見ていたティエラは、溜め息をついた。


「……碌でもない理由だとは思っていたけれど、本当に碌でもない話だわ」


原因は分かり切っている。

ウインスが明かしたノルマンディとの契約だった。

彼女が吐露したのは魔女裁判時、断罪側に加担したという事実。

何故そんな事をしたのか。

理由はノルマンディに脅迫されていたからだそうだ。

彼はウインスが夫を殺し、義理の息子であるアランを洗脳していたことを知っていたのだ。

どうやって知ったのかは定かではない。

ただ、その隠蔽に加担してやるから味方になれ、と脅されたそうだ。

ティエラ・シュヴェルトが無実であろうと、それを覆すよう証言に加われと命じられたのだ。

流石のウインスも、ティエラは魔女ではないと感じていたらしい。

だが悪は悪に脅され、屈服させられた。

彼女は全てを打ち明けた後、ティエラに土下座をして咽び泣くだけだった。

今更そんな事をされても何も返っては来ない。

死んで詫びろと言うつもりもない。

ひたすらに、虚しいだけだった。


「結局、権力には誰も逆らえないのね」


恐らくノルマンディに加担した他の貴族も同じなのだろう。

いかな正当性があろうと、権力の前には全てねじ伏せられる。

身を以て体感した事を再び目の前で感じ取り、ティエラは憂鬱な気分になる。

するとそこへ、辺境伯がゆっくりと現れる。


「権力に逆らいたいならば、同じ権力を持つ以外にない。持てないのであれば、取り入って利用するのも一つの手だ」

「……!」

「少しは、落ち着いたかね」

「はい……」

「今日は妻の手料理だったのだが、いつもより多く作り過ぎたみたいでな。気に入ってくれただろうか」

「とても美味でした。突然の訪問の中、お気遣い頂きありがとうございます」


ティエラは礼を言う。

辺境伯の奥方を見たのは始めてだったが、とても美しい女性だった。

思い悩んでいる様子はなく、食事を済ませた彼女達に優しく微笑んでくれた。

子に恵まれない中でも、互いに信頼し合い助け合ってきた事が伺える。

そんな辺境伯こそ、権力の前に屈しなかった貴族の一人だ。

元は大侯爵を名乗る貴族、王家に最も近い位であったにも関わらず、王家と密接な関係のある教会と対抗した。

普通に考えるならば、真っ向から反抗する理由は見当たらない。

かつてフェルリオの婚約者だったティエラ自身も、あそこまで苛烈な言動は出来なかった。


「どうして、貴方は……?」

「ん?」

「かつて、教会に反抗したのですか? 貴方と教会のお話は、私が王宮に招かれる以前から存じておりました。教会は王宮と強い繋がりがあります。王国の中でもあれ以上の権力はないでしょう。それなのに、何故……」


問うと、辺境伯は視線を窓の外へと移した。

かつての事を思い返しているのか。

少しの間を置いて、彼は呟く。


「聖女信奉が気に入らなかった、それだけだ」

「え?」

「元々、アレは度が過ぎていた。歴代、王国で輩出された聖女達は皆、神に導かれて死を迎えたと伝承に残っている。だが実際は、教会内部に監禁され続けて死んだようなものだ」

「まさか……私は、そのような話は一度も……」

「聞かされてはいないだろう。王宮内にもそう言った記録は残っていない。しかし客観的な事実を追った結果、私はその答えを導き出した。始めは言ったとおり、単純に気に入らなかっただけ、なのだがな」


最初は個人の印象だけだったのだろう。

だがそこから探れば探る程、辺境伯の中で不信感は大きくなっていった。

教会の行動は目に余ると。

その結果、彼は少しだけ視線を鋭くした。


「だが遂に奴らは私を、私の妻を侮辱した。私が愛する、たった一人の女性を」

「……」

「だからこそ、私は真っ向から対抗した。幸いそれなりの権力があったからな。諸外国も巻き込んで、色々やったモノだよ」


神の裁きが下ったと、かつて教会はそう言った。

紛れもなく、神の存在を盾にした中傷だった。

信仰をも侮辱する行為に、教会の人間は何故気付けなかったのか。

辺境伯はそれに気付き、真っ向から抗ったのだ。

そして今、同じことが起きようとしている。

ティエラに加担するという事は、つまりは魔女裁判の否定、教会の対抗に繋がる。

彼にとっては再戦に近い。


「これは、最後のケジメだな」

「今の私には地位も、権力もありません。貴方を利用している、そう思われても仕方のない事。本当に、宜しいのですか?」

「何を言う。君が生きていた、それこそが強い力を持っているのだ。卑下する必要はない。それに言っただろう。他者の権力を利用するのも、一つの手だと」


辺境伯は後悔していないようだった。

寧ろ、決着を付けたがっていたのかもしれない。

ティエラ達は切っ掛けに過ぎなかったのだと、言いたいようだった。


「君の従者にも、そう言っておいてくれ」

「ヴァロムの事ですか?」

「うむ。何故か、避けられている気がしてな。どうにも距離感が掴みづらい。それに私も、あの青年には何処か既視感がある。初対面だというのに、妙な話だ」


それだけ言って、辺境伯は去っていった。

何処か、もの悲しい雰囲気だけを残していく。

原因は教会との過去ではない。

ヴァロムに関する言い知れぬ違和感があったのだろう。

故に残されたティエラは彼を探した。

警戒を続けると言っていた悪魔を、自分の手で探し続ける。

しかし人の目につかない場所にいるのか。

何処にも見当たらない。


「ヴァロム、何処に行ったのかしら……?」


そもそも屋敷自体が城のように広い。

これだけ広いと、管理するだけでもかなりの労力だ。

加えて人を探すのも同じ。

多くの使用人とすれ違い続ける中、彼の居場所を聞いたが誰も見かけていないという。

或いは屋敷の外で監視しているのかもしれない。

屋敷の端近くまで歩いてしまったティエラが、そう思った矢先だった。


「っ……」

「……?」


微かに息を漏らす音が聞こえた。

彼女以外には誰もいない。

視線を巡らせると、目先にあったバルコニーに何者かの気配があった。

近寄るよりも先に、そこから小さな声が聞こえる。


「慣れたものじゃないな、やっぱり」


ヴァロムは傍にいた黒猫たちと共に、夜空を見上げていた。

ただ見ている訳ではない。

その姿はまるで、顔を上げて涙を堪えているような。

と、思わず踏み出した瞬間に足音が響く。

当然、猫たちは驚いて逃げだし、彼は気付いてティエラの方を振り返った。


「あっ……」

「……どうしたんだ?」

「い、いえ……その……」

「辺境伯が礼を言っていたんだろう?」

「え?」

「考えている事は分かる。悪魔の眼に映ればな」

「わ、私の思考を読んだの……?」

「そう言えば、頭の中を見るのは厳禁だったか。悪い、つい癖でやってしまった」


そう言って、彼は取り繕う。

表情はいつもと変わらない。

代わりに話題を逸らそうとしているのが、ティエラにも分かる。

追及は出来なかった。


「兎に角、これで一安心だ。あの辺境伯が味方に付けば、ノルマンディの所までは目と鼻の先だ。早朝にはウインスを連れて、ヤツの領土に乗り込む」

「……ここまで簡単に信用されるなんて思っていなかったわ。美味しい食事も頂いたし、申し訳ない位よ」

「ティエラの口にも合ったんだな。気に入ったみたいで何よりだ」

「あら。そういう貴方も、随分気に入られていたじゃない」

「……オレが?」

「屋敷のメイド達が、好意的な目で貴方を見ていたわよ? それに、あの時の悪魔もね?」

「おいおい、随分と言うようになったな」


少しだけ茶化すと、ヴァロムは肩をすくめる。

実際の所、皮肉ではない。

彼はかなりの美青年だ。

シトリーという悪魔に関してはティエラの知った事ではなかったが、屋敷のメイド達も随分と好意的な目を向けていた。

今まで殆ど衆目に姿を現さなかったから気付かなかったが、普通はそういった反応になるのだろう。

だが彼は、あまり興味がなさそうだった。


「ああいう手合いは、オレの好みじゃないな」

「好きなタイプがあるの?」

「そうだな……せめてオレよりは強くないと、だな」

「……それは無理でしょう?」

「無理だから言ってるのさ。悪魔のオレを連れ出すヤツなんて、いる訳がない」


理想が高い、という訳ではない。

適当な理由で遠ざけているように聞こえた。

それは自身が悪魔だからだろうか。

悪魔とは人間と呼び出されて契約する時に限り、この世界に現れる。

人と触れ合うのも、僅かな時間のみ。

シトリーとの会話からしても、悪魔同士の関わり合いすら殆どないようだった。

だが何故だろう。

彼は心の何処かで、未練を残しているように思えた。

先程一人呟いていた姿に、儚い思いが想起される。

それがどうしても引っ掛かり。

気付けばティエラは、彼の袖を引いていた。

気付いたヴァロムが目を丸くする。


「ティエラ?」

「ご、ごめんなさい! 私、何をやっているのかしら……!」


馬鹿だ、と思いながら手を放す。

殆ど無意識の行動だった。

彼が何を思っているのかも不確かなまま、安易に踏み込んでしまった。

恥ずかしくて情けない気持ちばかりが満たしていく。

だがヴァロムは責めない。

少しだけ悲しそうな顔をするだけだった。


「キミは、変わらないな」


瞬間、僅かな風が吹き抜け、ティエラはアグレアスが言っていた事を思い出す。

そして理解する。

やはり、そうなのだと。

ヴァロムと離れたくないのだと、どうしようもなくなっているのだと、確かに感じ取った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ