25.所感と既視感
城外の裏庭では、何百もの茨がとぐろを巻いてひしめき合っていた。
少しでも触れれば引き裂かれかねないその茨に、近づける者はいない。
しかしそれらを裂くように、青白い炎が燃え広がる。
元あった裏庭の植物達には一切影響を及ぼさず、生み出された悪魔の力だけを焼き払っていく。
まるでそれは浄化の炎のようだった。
「素敵! 素敵だわ!」
シトリーは歓喜の声を上げた。
自らが生み出した力が抑え込まれている現状でも、焦りは感じられない。
それどころか迎え撃つ相手の力量を実感し、喜ぶばかり。
対するヴァロムは、手中に炎を纏わせながら視線を鋭くした。
「ワタシの茨を、こんなに簡単に退けるなんて! やっぱりアナタは、ワタシの王子様に相応しい!」
「下らない問答もそこまでにしよう。もう分かっている筈だ。オレには勝てない。そしてこうして姿を現した以上、此処から帰すつもりもない」
彼は冷静に告げる。
シトリーの能力は既に把握した。
それなりの悪魔のようだが、実力は及ばない。
このまま茨を生み出し続けたとしても、見込みはないだろう。
無論、ヴァロムは彼女を殺すつもりなどない。
悪魔同士の戦いでは一方が消滅する事もあり得るが、彼は残酷ではない。
周囲に炎を散開させ、脅すだけに留める。
「一体、誰の差し金で来たのか。洗いざらい吐いてもらうぞ」
「あらあら、強引なのねぇ。でも言ったでしょう~? 今日はアナタと、踊りに来ただけなのよ~?」
理由は違えど、シトリーも同じようだった。
彼を殺すつもりなどない。
憧れの王子様の様子を伺いに来ただけだと、臆面なく答える。
「本当はもっとワタシも楽しみたいのだけど、これ以上は流石に怒られてしまうわ~」
「逃がすと思っているのか?」
「そうねぇ。じゃあ、これならどうかしら~?」
彼女はそう言って、指先を軽く振るった。
何か策があるのか。
警戒してヴァロムが身構えた、その瞬間だった。
彼らの間に、見知らぬ数人の男達が踊り出る。
「シトリー! おぉ! 愛しのシトリーよ!」
「ずっと! ずっと、お慕いしておりました!」
ノルマンディの兵士達だった。
先程まで警戒心を露わにしていた彼らは、一斉にシトリーを守ろうと動き出す。
その様子は明らかに普通ではなかった。
正気を失っている。
ヴァロムは剣を振り上げて迫る男達に、狙いを変えた。
「っ!? これは、洗脳の類か……!」
「シトリーを奪おうとする薄汚い間男め! 殺すッ! 殺してやるッ!」
「あの美しい、愛しいシトリーを、こんな男に渡してなるものかッ!」
男達はヴァロムを恋敵と見定め、殺しに掛かってくる。
徘徊していた茨を恐れることなく、盲目的に肉迫する。
説得が通じるようには見えない。
仕方なくヴァロムは纏っていた炎を握りつぶし、それから指を鳴らした。
鳴り響いた音が反響し、男達の身体を縛り上げる。
そうして一斉に昏倒させ、同時に洗脳を解除させた。
彼にとって、この程度は簡単に対処できる。
しかしそれだけの猶予があれば十分だったのだろう。
対峙していたシトリーの姿は何処にもいなかった。
「次は絶対に、ワタシのモノにしてあげるわ! そのための準備は、もう整っているんですもの! うふふ! うふふふふふっ!!」
シトリーの気配は、それを最後に完全に消失する。
蠢いていた茨も、主を失い消滅した。
逃げられたようだ。
残されたヴァロムは、気を失った兵士達に大事がないと確認し、上空を見上げる。
「恋情の悪魔、か。ヤツは一体……」
嫉妬と恋愛を巧みに操るやり口。
今の洗脳は確かに、恋情の名に相応しい悪魔の力だった。
しかし何故、自分を付け狙うのか。
初対面である筈のヴァロムには分からなかった。
すると暫くして、戦いの跡だけが残る裏庭に別の気配がやってくる。
無論、それは敵ではない。
透明化のローブを取ったティエラが、彼の元に帰還したのだ。
「ヴァロム!」
「ティエラ、無事だったか!」
「えぇ、伯爵も連れて来たわ! これでもう、大丈夫! あの悪魔は?」
「悪い。あと一歩の所だったんだが、逃げられたよ」
彼女の傍らにはローブに包まれたウインスがいる。
自分の力で確かに目的を果たしたのだ。
だというのに情けない、とヴァロムは残念そうに言うが、ティエラは首を振る。
彼が無事だった、それだけで十分なようだ。
そんな中、ウインスは身体を振るわせるだけで殆ど反応を示さない。
今までの襲撃も、茨の群れも、全て自分を殺そうとしていると思い込んでいるらしい。
「随分と懲りたみたいだな。自分から死のうとしていたってのに」
「アレはそう見せかけたかったみたいよ。感情的に突き刺しただけで、本当は死ぬつもりはなかったって」
「……困った伯爵さんだな」
「これから、どうするの?」
「街の人達も気付いたみたいだ。騒ぎが大きくなる前に、早いとこ逃げ込もう」
「逃げ込む……?」
「ユースハイムの邸宅さ」
向かう場所は決まっている。
ヴァロムはウインスを担ぎ上げ、ティエラにそう言った。
当初の目的は達せられた。
ウインスを手中に収めた今、必要なのは彼女の証言を聞き入れる証人だった。
それこそが、裏でノルマンディの兵を引き止めていたユースハイム辺境伯だ。
彼女達は混乱に乗じて古城を去り、辺境伯の屋敷へと向かう。
距離的には遠くもなく、馬車を使えば十分もかからない程度の場所に、目的地はあった。
すると向こうも此方の動きを予測していたのか。
正門で待ち構えていた従者たちが、三人を迎え入れる。
「事情は把握されております。どうぞ、こちらへ」
透明化を切ったローブを取るよりも先に、従者によって屋敷の中へと案内される。
煌びやかな応接間で待っていたのは、この土地を統べる領主だった。
群青色の髪が目を引く、彫の深い壮年男性。
辺境伯、ランドルフ・ユースハイム。
緊張した面持ちでティエラが進み出ると、彼は得体の知れない筈の彼女達を眺めた。
「全く、通行証を切っただけでこの有様か」
「……」
「さて? 自慢の宿を荒らした無法者が何者なのか、この目で拝ませてもらおうか?」
彼は自分の目で、事を起こした者を見定めようとしている。
ティエラ達も素顔を隠したまま信用されるなどとは思っていない。
ローブを取る以外に手段はない。
「ティエラ、大丈夫だ」
背後からヴァロムの声が聞こえ、意を決し彼女はローブを取る。
自らが魔女裁判で殺された、ティエラ・シュヴェルトであると明かしたのだ。
辺境伯は最初こそ驚いていたが、続けて彼女達が告げた今までの軌跡を知り、冷静な態度を崩さなかった。
拘束を試みるなどという事もなく、それらが真実であると呑み込んだのだ。
「まさか……君が生きていたとは……」
「……私達を拘束しないのですか?」
「ティエラ・シュヴェルトは火刑に処された。それは現場にいた者達が見届けている。だがそれが嘘偽りなのだとすれば、何かが歪んでいる証拠だ」
彼はそう言って、傍に置かれていた紙の束を捲り始める。
そこには多くの文字が書き記されている。
従者達が調査した、一種の報告書のようだ。
「処刑人・アルバドの殺人未遂。ヒンドリー領で明らかになった毒殺事件。それら全ては君が生きていたからこそ、表に現れた歪みなのだろう」
「今までの事を、ご存じだったのですね」
「ある程度の探りは入れていた。だからこそ彼女の輸送についても、寸前で食い止められた。そしてそれこそが、新たに現れた歪みだ」
おもむろに辺境伯は席を立った。
そして立ち尽くすティエラの元へと歩み寄る。
心情は読み取れない。
無表情のまま近づいて来る姿を見て、彼女は思わず目を瞑った。
権力者からの視線に、王宮で行われた断罪を思い出したためだ。
すると不意に、優し気な声を掛けられる。
「よく、生きていてくれた」
「……!」
「力を貸そう。君が生み出した歪みを暴いてみせよう。既に領地の殆どを手放した身だが、私が声を掛ければ動く者もそれなりにいる。それが爵位を返上する前に、私が執る最後の仕事だ」
「あ、ありがとうございます……!」
あったのは労わりと協力の言葉だった。
魔女と呼ばれ火刑に処された彼女を、信用したという意味に他ならない。
ティエラが顔を上げて礼を言うと、辺境伯は微かに笑うだけだった。
その笑みには、何処か既視感を抱かせた。
辺境伯は続いてヴァロムの元へと近寄り、礼を言った。
「君が何者なのかは、あえて問わない。彼女をよく此処まで連れて来てくれた。礼を言う」
「いえ。当然のことを、したまでです」
「ん……?」
「何か?」
「しかし、何処かで会った事はないか?」
辺境伯も同じものを感じ取ったのか。
不思議そうな顔をしてヴァロムに問い掛ける。
すると彼は酷く驚いた顔をしたが、直ぐに顔を背けた。
基本的に誠実な態度を示すというのに、らしくない態度だった。
「……貴方とは初対面ですよ。ユースハイム辺境伯様」
「そうか? すまない、妙な事を聞いたな」
辺境伯はそう言うだけだったが、ティエラは違和感に気付いていた。
ユースハイムに助けを求めたのは、ヴァロムが切っ掛けだった。
彼が信用できると進言したからこそ、此処まで辿り着いたのだ。
明らかに信頼を置いているような言動すらあったのに、今では妙な距離感すらある。
加えて互いに初対面だったという事実。
何かが噛み合わない。
そんな食い違いを追求する者はいなかった。
辺境伯が縮こまるウインスに視線を向ける。
「さぁ、ウインス・ヒンドリー。知っている事を全て話してもらうぞ」
「う……」
「今のままでは死罪は免れない。だが歪みを正すために証言すると言うのなら、情状酌量の余地はある」
「ほ、本当ですか……?」
「約束しよう。代わりに明かすのだ。ノルマンディと何があったのかを」
既に彼女の狼藉は、この場にいる誰もが知っている。
命を助ける代わりに全てを話せという命令。
威厳ある領主の声に、罪人のウインスは従うしかなかった。




