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21.ユースハイム




ウインス伯爵の身柄は、ノルマンディが仕向けた兵達に引き渡された。

完全な回復が終わっていない中での搬送である。

名目はより安全な病院への移送らしいが、それを鵜呑みにする者は殆どいない。

民衆も見守る中、彼女は担架に乗せられたまま馬車に運び込まれる。


「ウインス伯の移送、完了しました!」

「よし! このまま宰相の領地へ帰還する!」


兵士達は事務的に、そして即座にヒンドリー領を後にする。

余計な寄り道はせず、痕跡を残す気もないらしい。

ティエラ達はそんな兵士達の後を、ヴァロムが出現させた黒馬の馬車で追った。

透明化によって気付かれている様子はない。

距離を離しつつ、ウインスを乗せた大きな馬車と、護衛のためにある何台もの取り巻きを追跡した。

兵士達の馬車の速度は、並の馬車よりも早い。

速度が優れているのではなく、無理をさせて走らせているようだった。


「あの急ぎよう……流石に露骨すぎるわね」

「あぁ。でもそうするしかない位に、焦っているんだろうな。彼女が口を滑らせれば、色んな意味で首が飛ぶのかもしれない」


彼らに引き渡した時点で、ウインスは殺される可能性があった。

しかし、この場で口封じをする気はないらしい。

魔眼で見通していたヴァロムは、兵士達が大人しく輸送に徹していると告げた。

代わりに時間は刻々と過ぎていく。

兵士達の馬車は一切止まることなく走り続け、遂にヒンドリー領の領境が見えてきた。


「ヒンドリー領は直ぐに過ぎてしまうわ。いつ、奪い返すの?」

「暫くはこのまま様子を見る。今動くのはマズい」

「どういう事?」

「奪い返すこと自体は簡単だ。でもここで動けば、アランが仕向けた従者の仕業だと思われるかもしれない。そうなれば変な理屈をこねて、報復にくる筈だ」

「……アランの息が掛からない場所で、奪い返すしかないのね」

「あぁ。彼女が自分で脱走したように見せかる。そのためには先ず、ヒンドリー領から離れるべきなんだ」


穏便に済ませるにはヒンドリー領を抜けるべき。

アランに迷惑が掛からないためにも、ティエラも了承する。

ノルマンディの領土はヒンドリー領と、とある一貴族の領土を越えた先にある。

ここを抜ければ、その一貴族の領土に踏み入る。

取り返すならば、そこ以外にはないのだろうが。

彼女はかつての記憶を思い出した。


「でも、ヒンドリー領とノルマンディの領土間にあるのは、ユースハイム辺境伯が持つ小さな領土だけよ」

「……辺境伯?」

「えぇ。昔は大公爵を名乗る程の貴族だったの。でも子供に恵まれなくて、自らの代でユースハイム家を終わらせると宣言したのよ。今では自ら爵位を落として、領地も殆ど手放している状況だわ」

「そう……だったのか……」

「実質的にあの方は、領土を明け渡したノルマンディに従っている立場。あの場で事を起こせば、どうなるか……」


ユースハイム辺境伯は、崩御した国王の遠い親族だったと聞く。

今では家の解体に取り掛かっているため殆ど表には出てきていないが、ティエラがフェルリオ王子の婚約者となった時に、祝いの席で対面した事がある。

かなり厳格そうな、彫の深い男性だ。

あの時もノルマンディの横に控える形で同席していた。

しかも今、ウインス達を連行する兵士は既に行きの時点で、辺境伯の土地を横断している。

つまりはノルマンディの動きを容認したのだ。

既に傘下に入っているかもしれない。

ティエラはそれを危惧するが、ヴァロムは何の気なしに返答する。


「いや、ウインスを奪い返すのは、その辺境伯の土地で良い」

「何か考えがあるの?」

「まぁ、似たようなものだな」


彼は馬の手綱を握りつつ、前方を見る。

ウインス達の馬車ではなく、その先にある辺境伯の土地を見ているようだった。


「ユースハイムについては、オレも知っている。以前の主と契約した時に、その名を聞いた。百聞は一見に如かず、を地で行く人だとか。昔はこの国の極度な聖女信奉を止めさせようと、独自に動いていた時もあるらしいな」

「そういえば以前、教会の人達と敵対していたと聞いたわね。彼が子供に恵まれなかったのを、教会の人達は神の裁きだとか、酷いことを言っていたような……」

「神の裁き、か」

「……どうかしたの?」

「いや、何でもない」


一瞬だけ声色が変化したが、直ぐに元に戻る。

彼も悪魔として複数の人間と契約してきたのなら、王国内部の情勢についても小耳には挟むのだろう。

以前あった辺境伯と教会の争いは、中々に酷いモノだった。

どちらかといえば、教会側の言動があまりに印象が悪かった。

先程の神の裁き然り、神を侮辱したとして横暴を働いていた。

聖女信奉の王国からしても、教会には表立って忠告は出来ない立場にあったのだが、見かねたティエラも口を挟んだ程だ。

国によって決められた法律を遵守せよと、憮然とした通告を行った。

それに加えて辺境伯を慕う領民や諸外国の協力もあって、どうにか争いは収まった。

それでも未だ、両者の関係は拗れたままだと聞く。


「兎に角、彼は自分で見たモノしか信じないタイプなんだ。ウインス伯の移送も知らない訳がない。ここで事を起こせば、必ず彼女が何かしらの鍵を握っていると気付く」

「……辺境伯を引き入れるの?」

「そうなるな」

「だ、大丈夫かしら。確かにあの方は、今でも王族に意見できる程の発言力があるけれど……」


聖域ともいえる教会相手に互角に立ち回る辺境伯が味方になれば、一気に形勢は傾く。

しかし逆に目を付けられれば、どうなるか分からない。

するとヴァロムは少しだけ不敵な笑みを浮かべた。


「大丈夫だ。ユースハイムは、そこまで抜けちゃいない」


何かは分からないが、強い自信を持っている。

そしてその言葉の意味は、直ぐに思い知ることになる。

ヒンドリーの領土を抜けて、辺境伯の領土を横断する最中。

日が暮れ始める頃、今まで走り続けていた馬車が急に立ち往生する。

合わせてヴァロムの馬車も後方でゆっくりと止まった。

目の前にあるのは橋の関所。

宰相であるノルマンディの馬車が前に現れようとも、門は開こうとしなかった。


「どういう事だ! 通れないだとッ!?」


前方の馬車から怒号が飛ぶ。

よく見てみると、今まで指揮を取っていた隊長らしき人物が、関所の監視員に牙を向いている。

顔を赤くする隊長に対して、関所の男はあくまで冷静に応対していた。


「ですから、通行の許可証がないと移送は認められないのです」

「馬鹿を言うな! 行きは問題なく通れただろう!? 私達が持つこの許可証で、通れる筈ではないか!」

「それは本日を以って期限が切れました。今、新しい許可証を随時発行中です」

「なッ!? これは、宰相の命令だぞ!? こんな事をして、タダで済むと思って……!」

「許可証の期限切れは、罪に問えません。行きの時点で、私達は通告を出していました。貴方のサインも頂いております。よく目を通さなかった、貴方の落ち度では?」


どうやら急ぐあまり流れ作業のように関所を通ったらしい。

それによって、通行許可証の期限が切れたと知らなかった。

恐喝した所で意味がないと知った隊長は、苛立ちながら問う。


「一体、いつまでかかるんだ!?」

「少なくとも、今日中には困難なので……お詫びに宿泊施設を提供するので、宰相殿にも宜しく伝えるように、と言伝を預かっております。もしそれでも納得できないようでしたら、領主・ユースハイム様の元へお連れするようにとの命令です」

「クッ! 何を考えているんだ、あの辺境伯はッ!」


再度、隊長の怒声が飛ぶ。

とは言え、このタイミングで許可証の期限が切れるのは都合が良すぎる。

仕組まれていると考えた方が自然だ。

そしてそれを行ったのはこの地の領主、ユースハイム辺境伯で間違いない。

後方から透明化で様子を窺っていたティエラ達は、思わず顔を見合わせる。


「これって、もしかして……」

「絶好のチャンスってヤツだな」


何にせよ、ウインス奪還のお膳立ては自然と整いつつあった。




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