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16.道具じゃない




法廷が終結した日の夜。

ティエラ達はヒンドリー邸に客人として招待されていた。

傍から見れば、身隠れのローブを着る得体の知れない人物なのだが、不審に思われることはなかった。

ローブの効力が周囲を誤魔化しているのか、あくまで主人を救い出した恩人として、快く受け入れてくれる。

屋敷にいる間、アランは身体を休めていた。

一年前の決着がついたと言っても、洗脳から解放されたばかりの彼にとっては重荷が大き過ぎる。

ティエラには気遣う事しか出来なかった。


「少しは落ち着いたかしら」

「……ありがとう、ティエラ」

「お礼を言われる程ではないわよ」

「いいや、礼を言ってもし切れない位だ。君達がいなければ、僕は義母に操られたまま謀殺されていた筈だ。父の無念を晴らし、義母に制裁を与える事が出来た。本当に、感謝しているよ」


そう言って頭を下げられたが、殆ど偶然によるものだ。

もしアルバドから証言を引き出さなければ、彼が洗脳されている事にも気付かなかった。

今まで疑問にも抱かなかったティエラ自身、引け目はある。

幼馴染の関係だったというのに、王家に呼ばれて以降は関わりも薄れていたことが、中々に情けないと感じていた。


「彼女は?」

「病院へと運ばれた。峠は越えたそうだ。君の従者が、応急手当てをしてくれたお陰だよ」

「……そう。それなら良かったわ。危うく死人を出してしまう所だったから」

「死して償うなんて、僕は許さない。父を殺した罰を、生きて償わせるんだ。義母の身柄は、父が育てたこの領土で永遠に拘束する」

「踏み止まってくれたのね」

「……そうだね。ティエラに強い意志を見ていたら、自然とそう思うようになっていた。本当に、相変わらずだよ」


ウインスは魔法による応急手当てを受け、病院に搬送された。

治癒は出来るといったヴァロムの力は本物だった。

深々と刺さったナイフの刺し傷は、重傷には達しない程度へと修復された。

迅速な行動と傷を癒した善の力は、伝承にある聖女のようだった。

そんな有り方が、アランの考えを変えたのだろう。

復讐に燃えていた炎は、既に鎮まっている。

ティエラにとっても、それは喜ばしいものだった。

そして彼も何となく事情は察しているようだ。

部屋のソファに身体を預けたまま、ティエラを見上げる。


「ティエラ、何をしようとしているのかは聞かない。君の従者についても。でも力になれる事があれば、何でも言ってほしい。君達の素性は明かさない。客人として屋敷に招き入れる」

「私達を、信じてくれるの?」

「勿論だよ。魔女であろうがなかろうが、命の恩人なんだ。切り捨てるような真似は絶対にしない」


そこに嘘偽りはない。

本来ならば魔女が生きていたと騒いでも不思議ではないのに、アランはティエラに力を貸すと言い切った。

全てを失ってから始めて、誰かの信用を得られた。

ようやく彼女の胸中に、そんな実感が湧いてくる。

するとアランは少しだけ寂しそうに微笑んだ。


「とは言っても、ティエラには優秀なボディーガードがいるみたいだけどね」

「!」

「彼にも伝えておいてほしい。命を救ってくれて、ありがとうと」

「……そうね。ありがとう、伝えておくわ」


小さく頷いてから、アランの自室を後にする。

礼を伝える相手を探していると、その人物がバルコニーにいるのが見えた。

屋敷の外を監視しているのだろう。

吹き抜ける夜風を進むと、ティエラに気付いたヴァロムが振り向く。

話でもしていたのか、傍にいたフクロウが飛び去って行くのが見えた。


「あの伯爵子息から信用を得られたのは僥倖だったな。お蔭でこうやって、ヒンドリー邸で夜を過ごせる」

「ヴァロム、アランが礼を言っていたわよ。ありがとう、って」

「……そうか。アイツも律儀だな」

「え?」

「あ、いや……貴族の身分で、素性の知れないオレに礼を言うなんて、律儀だなって思っただけさ」


彼は言葉に詰まりつつ要約する。

しかしアランは礼儀を欠く人物ではない。

身分に関係なく、評価するべき相手はしっかりと評価する。

だからこそ、断罪された筈の容疑者を匿ってくれているのだ。

ティエラはヴァロムの元まで歩み寄る。

結局、法廷では毒殺の罪を暴けはしたが、それ以上は分からなかった。

アランは洗脳されていたため、魔女裁判の真相は知らない。

当のウインスも話せる状況ではないため、こうして屋敷に戻る他なかった。


「結局、彼女が何を隠しているのか。分からなかったわね」

「まさか、自刃しようとするとは思わなかったな。どうにか治癒出来たのは幸いだったが……言ってしまえば、それだけ自分の身が危険になるものだったんだろう」

「……」

「でも、手掛かりは掴めた」


ヴァロムが振り返る。

そこには確信めいた面持ちがあった。


「女伯爵の考えは読み取った。ナイフを突き刺す直前、見えたのは一人の貴族だった」

「それって……?」

「ノルマンディ侯爵。この名前は、ティエラも知っている筈だ」

「っ……! 私達を死罪にした宰相ね……!」

「本筋が見えてきたな。ノルマンディは、魔女裁判で判決を下した男だ。多分、ウインスはそれに追随しただけだ。何かしらの脅迫があったのかもしれない。でも、この筋を辿って行けば王族……フェルリオ達にも辿り着ける」

「復讐を……果たすまで……」

「そんな大それた話でもない。これは、真実を明らかにするための旅だ。ティエラがその道を見失わない限り、手を貸してくれる人達はいる。今のアラン達みたいに」


勇気付けるような言葉に、ティエラは視線を返した。

始めは復讐のために全てを捧げるつもりだった。

自らの命すらも投げ打っても構わないとすら思っていた。

だがヴァロムと行動を続けていく内に、そんな薄暗い感情は消えつつあった。

あるのは微かな希望。

そしてそれに感化されるように、確かな居場所が、信用してくれる人が増えていく。

力を貸している者が、悪魔だからという訳ではない。

ヴァロムでなければ、きっとこうはならなかった。

今の彼女には、そう思えていた。


「今日はもう疲れただろう。今の内に、ゆっくり身体を休めておくんだ」

「まだ寝るには早いわよ。子供じゃないんだから。それに貴方だって、疲れているんじゃないの? ずっと馬車を走らせてばかりだったじゃない?」

「悪魔も、眷属の馬たちも疲労を感じないんだ。休む必要はない」

「でも……」


だからこそ、ティエラは言い淀む。

悪魔であったとしても、消耗がない筈がない。

少しでも休んでいる所を見ないと、此方の気も休まらない。

そう思い、ティエラは引き止めようと一歩踏み出す。

すると間近でヴァロムと目が合った。

不思議そうな表情をする彼を見て、少しだけ胸が高鳴る。


「な、何?」

「どうしてティエラは、オレを人間のように扱うんだ?」

「え……」

「契約時に言った筈だ。オレは道具という名の悪魔。目的を果たすために存在する。それはキミ自身が、一番良く分かっている筈」

「……」

「正直、意外だった。屋敷の探索と言い、法廷の時と言い、此処まで自分で動こうとするなんて。今まで契約して来た人達は、オレをもっと酷使してきた。足蹴にした所で、オレは何も言わないのに」


さも当然のように言う。

彼が口にしてきた道具とは、比喩ではない。

主である契約者の手足となる意志そのものだ。

過去にもそれだけの扱いをされたのだろう。

だがティエラはそれを否定した。


「道具なんて言い方をしないで」

「ティエラ……?」

「以前の契約者がどうとか、そんな事は関係ないわ。私は私。ヴァロムの事を気遣ってはいけないの? 貴族でもなくなった私には、身の回りは貴方に頼ってばかり。本当に感謝してもし切れない位。そんな人を道具として扱うなんて、私には出来ない。私だって、貴方に何かをしてあげたいのよ」

「オレは、道具で良いって言っているのにか?」

「次言ったら、貴方の頬っぺたを抓るわ」

「……頑固なお嬢様だ」


ヴァロムは大抵の事を全てそつなくこなす。

そんな相手に何が出来るのか、ティエラには分からなかった。

だが、何もしないまま指をくわえたままは我慢できない。

そう言うと、彼は観念したように小さく息を吐いた。

微かに口元を緩める。


「でも、ありがとう。悪魔として生きてきて、そう言われたのは初めてだ」

「!」

「最初は本当に偶然だったが、キミと契約して、久しぶりに思い出せた。本当に久々だよ、こんな温かい気持ちは」


声色は穏やかだった。

透き通った瞳も、真っ直ぐにティエラを見つめている。

彼女は、ヴァロムに何も出来ていないと卑下していた。

だが彼はそう言わなかった。

既に色々なものを返してもらっていると、笑顔の中でそう言う。

それがあまりに悪魔らしくなく、そして眩しかったせいか。

ティエラは胸の痛みを抱えて視線を逸らした。


「いきなりそんな事を言うなんて、ズルいわ」

「……? 何がズルいんだ?」

「べ、別に何でも……」


自分でも何を言っているのか分からなくなる。

ティエラはただ困惑する。

以前から気になっていた痛みは、ヴァロムの事を考えている時だけに起きていた。

締め付けられるような、身体が火照るような痛みだ。

フェルリオと婚約をしていた時にも、こんな感情はなかった。

まさか、と彼女は思う。

だがそれを自覚するよりも先に。


「話は終わったかな?」


突如、しわがれた老人の声が聞こえた。




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