15.開廷
ウインスが屋敷へ戻って来たのは、それから半日が経ってからだった。
既に屋敷のある街には、彼女の所業が白日の下に晒されていた。
民衆が屋敷へ入ろうとする馬車を塞ぐのは当然だった。
彼らは全員、疑いのある伯爵へ敵意の視線を向ける。
「何なの、これは……!? 貴方達ッ! 誰の許可を得て、私を阻んでいるの!? そこを通しなさいッ!」
何が起きているのか分からないウインスが大声を張り上げたが、民衆の中から現れたのは伯爵子息・アランだった。
執事の服ではなく、皆が見慣れた貴族としての服を着こなし、義母と相対する。
「彼らの行動は、僕が許可したんだ」
「なっ!? あ、アラン……!? どうして……!」
「理由は全てこの後で話すよ。これから行われる法廷でね」
まさか彼が意識を取り戻すとは思っていなかったようだ。
アランが現れた事に、ウインスは酷く狼狽える。
それもそうだろう。
彼は自分が隠してきた罪そのものなのだ。
そしてウインスは、即興で造られた街中の法廷に連行された。
多数の人間の視線を受ける彼女に、拒絶は出来ない。
身隠れのローブを被ったままのティエラが進行役として、彼女の罪を暴いていく。
「ウインス・ヒンドリー伯爵、貴方は夫であるベルク氏を毒殺。そして息子のアラン氏までも洗脳した。間違いありませんね?」
「なっ……何を根拠にそんな事を! ふざけるのもいい加減にしなさい! 私は伯爵なのよ!? こんな真似をしてタダで済むと思って……!」
「既に貴方の屋敷は捜査済みです。自室の隠し部屋から非合法な魔薬や毒薬を押収しています」
「ッ!?」
「屋敷の衛兵と、当然立会いの下で確認していますよ? そしてアラン・ヒンドリー子息の目撃もある。これでもまだ、言い逃れが出来ると思っているのですか?」
そう言って、持ち出してきた薬品の数々を並べていく。
屋敷の使用人達も隠し部屋は確認している。
言い逃れなど出来る筈もない。
それを聞いた周りにいた民衆が、徐々に騒ぎ始める。
「まさかベルク伯爵を暗殺するなんて!」
「なんてヤツだ……!」
「許せない!」
「始めから怪しいと思っていたんだ!」
彼らもベルク伯爵の死は知っている。
或いは始めから不信がっていたのだろう。
病死したと嘘をついて、伯爵を殺したのだと非難する。
しかしウインスは認めようとはしなかった。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! そんな訳がないでしょう!? そんなモノ、私は知らない! 何も知らないのよッ!!」
「見苦しいよ。貴族らしく、素直に認めたらどうなんだ。そうすれば、義理の母という立場を重んじて、死罪だけは見逃してあげても良い」
「死罪……? こ、ここ、この私、が……?」
アランは往生際が悪いと改めて告げる。
物証がある時点で、詰みの状態なのだ。
認めなくとも意味などない。
彼女もようやく事態を理解したのかもしれない。
身体を小さく震わせ、敵意ばかりに満ちた周囲を見渡す。
しかしその直後、ウインスは目を見開き両手を広げた。
「そ、そう! これは事故! 事故なのよ!」
「何ですって……?」
「趣味で集めていた薬と、夫が飲んでいた薬を間違えて、うっかり料理に紛れ込んでしまったのよ! それをアランに見られてしまって、気が動転して思わず襲ってしまったの! 本当に、申し訳ない事をしたわ!」
表情は乾いた笑みを浮かべていた。
あまりに荒唐無稽。
ティエラだけでなく、皆が呆気に取られて言葉を失う。
まさか、そんな発言が認められると思っているのか。
我に返った人々が次々に声を荒げた。
「ふざけるなッ!」
「そんな出鱈目を誰が信じるんだ!」
「自分が何を言っているのか、分かっているのか!?」
しかしウインスは、彼らに負けじと声を張り上げる。
「だったら、貴方達には説明できるの!? 私が毒で夫を殺したと!」
「!?」
「確かに私が集めていた魔薬は非合法なもの、それは罪に問われるべきでしょう! でも、夫を毒殺した証拠なんて何処にもないわ! この場にいる誰も、毒の混入が故意だったなんて証明できる訳がない! これは事故! 事故なのよ!」
非合法な薬物所持は、逃れられないと悟ったのだろう。
代わりに彼女は、夫を殺した罪だけは認めないつもりなのだ。
確かにこの場にいる者達には、それが故意だったかどうかなど証明できない。
現場を見ていたアランでさえも、誤って混入した可能性を否定できない。
酷く苦し紛れなものだろう。
だがそこさえ言い逃れできれば、どうとでもなる。
彼女の表情からは、そんな思惑が見て取れる。
逆撫でするような発言に対して、アランは怒りのあまりに掴み掛りそうになる。
「このッ……!」
だがそれをティエラが制する。
流れに呑まれてはいけない。
それこそ思う壺なのだ。
だからこそ、彼女は冷静に肯定する。
「そうね。この場にいる誰も、故意かどうかは分からない。だから、貴方自身に聞いてみましょう」
「何を……!」
「ヴァロム」
そう告げると、何処からともなくヴァロムが現れる。
一瞬の事だったので、誰もが突然出現した狩人に驚く。
彼はそんな中で、手に持っていた薬品を掲げた。
「アナタの隠し部屋には興味深い薬ばかりあったが、中でもコレは一番でしたね」
「そ、それは!?」
「自白剤。飲んだ相手は、真実を話さずにはいられなくなる魔薬。コイツの効力はアナタが一番知っている筈です」
ウインスの隠し部屋には、かなりの種類の魔薬が揃っていた。
その中には、嘘をつくことが出来なくなる自白剤も存在していた。
自らの収拾癖が仇となった訳だ。
誰も証明できないなら、自ら証明してもらうしかない。
当然その薬の正体を知っていたウインスは、遂に笑みを引き攣らせる。
「や、止めなさい! それを近づけないで!」
「何を怖がる必要があるんです。ベルク氏の死は、事故だった。それが真実だと言うなら、自白剤を飲んでも証言は変わらない筈」
「そ、それは……! と、とにかく止めなさい! それは非合法な魔薬なのよ!?」
「元は貴方が集めたものでしょうに。皆さん、伯爵を抑えて下さい」
ティエラがそう言うと、待機していた衛兵たちが逃げようとするウインスを捕える。
疑いのある伯爵を庇おうとする者はいなかった。
そのままヴァロムは瓶の蓋を開け、拘束された彼女の口へ数滴垂らす。
例え少量でも効き目があるのが魔薬の恐ろしい所だ。
思わずと言った様子で、ウインスは口を押さえようとする。
「う……あぁ……」
「さぁ、義母さん。証言するんだ。貴方が毒を盛ったのか、そうではないのか」
「む、ぐぐぐぐ……!」
「答えるんだ! 父を殺したのかどうかを! 今すぐに!」
アランが強く訴える。
自白剤は自分の意志とは関係なく、全てを赤裸々に語る。
どれだけ抵抗力があったとしても、逃れられはしない。
口を塞ぐことも出来ないウインスは、遂に口を開いた。
「そうよ、私が毒を盛ったの……あああああああああああぁぁぁ!!!」
ウインスの絶叫が響き渡る。
彼女は自らの罪を、衆目の下で告白した。
ベルク・ヒンドリー氏を毒殺した疑いは、確信のものへと変わる。
衛兵たちが手を放すと、彼女はそのまま崩れ落ちていく。
確かな鉄槌を下したのだ。
ヴァロムは小さく息を吐いて、ティエラを見返した。
「終わったな。これで彼女の犯罪は、明らかになった」
「そうね……でも私にはまだ、聞きたい事があるわ」
確かにこれで非道な殺人は明らかになった。
手を広げつつあった伯爵としての権威も、完全に失墜した。
しかし、まだ聞かなければならない事がある。
ティエラの言葉にヴァロムは小さく頷いた。
そして彼女は義母を連行しようとするアランを引き止める。
「アラン、少し良いかしら」
「どうかしたのかい?」
「自白剤が効いている今、彼女に聞かなければならない事があるの」
「それって、まさか……」
目を丸くするアランの言葉には答えず、ティエラはウインスに近づく。
以前、処刑人・アルバドは確かにウインスの名を語った。
例の裁判と関係がない筈がない。
全てを奪った冤罪の真実を、吐いてもらう。
自白剤の効いている今、問い質さなくてはならないのだ。
「ウインス伯爵、貴方は魔女裁判で何をしたの。教えなさい」
「魔女……裁判……?」
項垂れていたウインスの身体が、ピクリと動く。
同時に民衆がどよめき立つ。
「な、何の話だ?」
「王都で行われた火刑だよな? 一体、何の関係が……?」
いきなり別の話が持ち上がり、誰もが顔を見合わせる。
だがティエラは一心にウインスの様子を確かめていた。
先程の身体の震え。
あの反応は、間違いなく何かを知っている。
何かを隠している。
確信した彼女は感情の赴くままに、更に問い詰めた。
「貴方は知っている筈。シュヴェルト家の全てを焼き払ったのは何故か。その背後にいる者達は何者なのか。この場で、全て吐きなさい」
最早、彼女の罪は決定したようなものだ。
今更誰かを庇い立てする必要があるとは思えない。
仮にあったとしても、自白剤を飲んだ状況で抵抗する力はない。
固く結んでいた口が、徐々に開いていく。
「む、ぐぐぐぐぐぐ……!」
「!」
「ぐっ、ああああああああああッ!!」
その瞬間だった。
ウインスは両手で懐を探ったかと思うと、真新しいナイフを取り出した。
隠し持っていたのか。
鈍い光を放つ切っ先をティエラに向ける。
一瞬遅れた彼女だったが、それを守るようにヴァロムが間に割り込んだ。
主であるティエラを守るために。
だがそれが二人の元に届くことはなかった。
理由は単純。
そのナイフはウインス自身の胸に向けて、突き刺さったからだ。
「えっ!?」
「何だとッ!?」
ティエラだけでなく、庇っていたヴァロムも愕然とする。
目の前に舞い散ったのは鮮血。
ウインスの身体から小さな血飛沫が舞い散り、ドサリと倒れ込む。
続いて民衆から悲鳴が上がった。
「きゃああああああっ!」
「じ、自分にナイフを……!?」
「だ、誰か止血を! 医者を呼ぶんだ!」
衛兵たちが慌ただしく動き始める。
思わずヴァロムは倒れ伏したウインスに駆け寄ったが、鋭い視線を落とすだけだった。
一体、どうして自らにナイフを突き立てたのか。
ティエラも、そしてアランすらも理解できず、立ち尽くすだけだった。
罪を暴くために作られた法廷は、思わぬ結末の中で幕を閉じるのだった。




