14.立入捜査
悪魔の馬車は、やはり通常とは違うらしい。
一般的な馬車を幾つも追い越す程の速度の中、車内は殆ど揺れを感じないままだった。
貴族らしさはないが、居心地自体も不思議と不満はない。
そんな馬車を平然と操るヴァロムに対し、彼は一体何者なのかと聞くアランだったが、ティエラは自分の従者だと答えるだけに留めるのだった。
そうして数時間が経って、彼女達はヒンドリー邸へと辿り着く。
先回りはされていないようだ。
現れた屋敷の使用人達も、アランは留学中であると信じ切っていた。
本物の彼が姿を現し、驚き戸惑う。
「アラン様!? 留学中ではなかったのですか!?」
「それについては、後で詳しく話す! 今は、この二人を屋敷の中へ入れてくれ! 衛兵も一緒に! 今から屋敷の中にある魔薬を探し出す!」
アランは堂々とした様子で、ティエラ達を屋敷の中へと引き入れた。
ヒンドリー邸に立ち入るのは久方振りだ。
様相は殆ど変わっていないが、彼女も細部まで知っている訳ではない。
どうにかして、ウインスが帰ってくる前に物証を見つけ出さなくては。
逸る気持ちを押さえ、ティエラは心当たりのありそうな使用人達に問う。
「貴方達は定期的に屋敷内を清掃しているでしょう? 伯爵に近づくな、と釘をさされている場所はない? そこだけは絶対に掃除をするな、とか」
「そ、そうですね……。奥様の部屋については、自分で掃除をするから、と以前から仰っていましたが……」
彼らも魔薬については一切知らない。
ただ、怪しい場所は見つかった。
事情を知らない使用人達に魔薬のある所へ近づける訳もない。
彼女達は次々とウインスの自室へと向かう。
当然だが、その部屋は固く閉ざされていた。
「開かないわね」
「任せてくれ。直ぐに外す」
後ろで控えていたヴァロムが小さく呟く。
すると一瞬の内に、扉のノブがカチリと音を立てて開錠された。
「さ、さっきまで鍵が掛かっていた筈なのに!」
「お、お待ちください! 許可なく奥様の部屋に立ち入るなど……!」
「責任は全て僕が持つ! 今は彼女達の言うとおりにするんだ!」
思わず止めに入ろうとするも、アランがそれを牽制する。
今のティエラ達はローブを来た謎の二人組だが、次期領主の命令とあっては従うしかない。
そのまま全員がウインスの自室へと侵入する。
部屋の中は整然としていた。
机の上に何冊かの本が積み上げられているだけで、他に不審な点は見当たらない。
だが悪魔であるヴァロムは、少しの変化も見逃さなかった。
「……ヴァロム、何か分かる?」
「魔法の残り香があるな。それと風の音が聞こえる」
「風?」
そう言われて、ティエラは耳を澄ませる。
微かに小さな隙間を通り抜けるような、空気の音が聞こえてきた。
出所は部屋の奥にある本棚からだった。
裏に何かがあるのか。
ティエラは棚に近づき、音のする近くの本に触れてみる。
すると一冊の本が、棚の更に奥へと入り込んだ。
その直後、何かの仕掛けが動き、本棚が重々しい音を立てて横へとスライド。
スライドした先に、音の元凶であろう鉄の扉が姿を現した。
「こ、こんなものが……!」
アランだけでなく、使用人達も驚きの声を上げる。
予想通りではあるが、やはり何かを隠しているのだ。
それを確かめるためにも、ティエラは扉に一歩近づく。
しかし手を伸ばすよりも先に、ヴァロムが片手で制した。
「ティエラ、下がるんだ」
何かを警戒している。
そう理解したティエラは小さく頷き、一歩引く。
同時にヴァロムが、扉の取っ手に触れた。
直後、取っ手の付近から小さな光が飛び出し、彼に向けて放たれる。
普通の人間なら、反応も出来ない。
しかしヴァロムは軽く片手で払いのけ、反射する形でそれは足元の床に突き刺さる。
見えたのは小さな針だった。
「こ、これは?」
「扉に触ると発動するトラップだな。針で刺して、猛毒を注入するタイプみたいだ」
「毒!? ヴァロム、大丈夫なの!?」
「あんなモノじゃオレは殺せない。安心してくれ」
「ほ、本当に?」
「……もしかして、心配してくれるのか?」
「べ、別にそんな事は、ないけれど」
思わず歩み寄るティエラだったが、自分の言葉を思い出す。
そう、彼は悪魔だ。
毒如きで怪我を負う筈がない。
だというのに、何故だか分からないが気遣ってしまった。
針に触れてはいないが、胸の奥で針が刺さったような小さな痛みを感じる。
そんな彼女の動揺を知らず、ヴァロムはアランに問い掛けた。
「重要なのは、それだけの罠を扉に仕掛けていたという事。伯爵令息、この状況をアナタはどう見ますか?」
「……普通の人が、そんなモノを自室に仕掛ける訳がない。この先で、間違いない」
「なら、あの女伯爵の化けの皮を剥がしてやりましょう」
もう、罠はないらしい。
鉄の扉を開き、ヴァロムとアランが先導して地下へと進んでいく。
辿り着いたのは、少々狭い物置部屋。
明かりを灯すと、木造の棚が幾つか四方の壁に面して設置されているのが見える。
そして棚の中には、怪しげな薬品の数々が置かれていた。
誰の目からも、まともなモノではないのは明らかだった。
「奥様の部屋に、こんな隠し部屋が!」
「まさかこれは、毒薬!?」
「もしやお館様が亡くなったというのも……これが原因なのでは……!?」
連れてきた衛兵達も、ようやく事態を理解していく。
元々不審には思っていたのかもしれないが、隠し部屋に並ぶ薬品は正規の品ではない。
悪しき魔力が込められた魔薬だ。
素人でも分かる程に、その毒々しさは特徴的だった。
アランは幾つもある薬品の中から、薄く緑色に光る小瓶を見つける。
「……これが人を惑わす魔薬、なのか」
「心当たりがあるの?」
「うん。この形状の瓶、緑色の液体。確かにこれは、僕が意識を失う前に飲まされた薬品と同じだ。間違いない」
一年前の記憶を思い起こす。
と言っても、彼からすればつい先程の出来事なのかもしれない。
意識を奪われ、自我を奪われ、その胸中は計り知れない。
それでも馬車に乗っていた頃の激しい怒りはない。
静かに燃え続けるような炎が、アランの目に宿っているように見えた。
「これで証拠は押さえたな」
ヴァロムがその魔薬の小瓶を取り出して言う。
これだけの物が集まれば、言い逃れは出来ない。
家族を奪われた無念を晴らすことが出来る。
「アラン、行きましょう。貴方を信じてくれる人達を信じて、彼女を追い詰めるのよ」
彼はティエラの力強い言葉を聞いて、確かに頷いた。




