13.切れた糸
その後の行動は早かった。
ウインス達の注意を引き付けるため、ヴァロムは自ら魔法を行使した。
指先を軽く振るい、中庭に向けて炎を生み出す。
焚書の如く燃えていた火とは別に、何もない場所が発火したのだ。
燃え盛る炎の光は強く、兵士達のどよめきによって、ようやくウインスも気付く。
「ちょっと! 一体何が起きたの!?」
「わ、分かりません……! 急に炎が起きて……!」
「早く消火しなさい! 私の屋敷に燃え移ったら、どうするつもりなの!?」
かなり激しい炎だが、燃え移る事のない特殊なモノらしい。
消化しようと動き出す彼女達の隙を見て、今の内にティエラは物置部屋から飛び出す。
数秒遅れてウインスの後を付いていこうとした執事を、両手を広げて足止めした。
「待ちなさい」
「な、何ですか……貴方達は……!」
動揺する執事の『サイモン』。
一見するとあの伯爵子息、アラン・ヒンドリーには見えない。
しかしよくよく目を凝らすと、何処となく雰囲気が似ている気もする。
間近で対面したティエラは、虚ろな彼の瞳が正気を失っている事に気付く。
「……悪いな」
アランの背後からヴァロムが現れ、指先で後頭部を軽く触れる。
瞬間、彼は意識を失って崩れ落ちた。
魔法の類なのだろう。
ヴァロムは気絶した彼を抱え、ティエラを見返した。
「皆が炎に気を取られている内に、屋敷から出よう」
「えぇ。彼は任せるわ」
「歩けるか?」
「大丈夫。心配しないで」
ヴァロムは二人分を抱える勢いだったが、流石に気が引ける。
竦んでいる訳でもないので、自分の足で歩くと返答した。
注意が完全に炎に向いている間に屋敷を抜け、裏庭の壁を潜り、シュヴェルト家の敷地を抜け出す。
ヴァロムの先導もあって、あっという間だった。
その後は透明化によって身を暗ませる。
大の男を担いでいる状況を隠し、街の裏路地へと逃げ込む。
そして誰も見ていない頃合いを見計らって、馬車を出現させた。
ティエラが乗り込んだ後は、ヴァロムが車内にアランを運び入れる。
彼は眠ったままだったが、いつの間にか変身も解かれていたようだ。
執事姿ではあるが、見覚えのある金髪の青年が目の前に現れる。
「大丈夫、かしら?」
「気絶させた時に洗脳も解除した。直に目が覚めると思う」
そう言うと、黒馬が小さく鳴いて走り出す。
直ぐに出立するようだ。
馬車が動き出し、都市の真ん中を横断し始める。
ティエラは少しだけ後方を見るが、追手はいない。
直後に揺れに気が付いたのか、アランがゆっくりと瞼を開ける。
「あれ……?」
先程のような虚ろな目はない。
だがティエラの姿を見るよりも先に目は見開かれ、飛び起きる。
その表情は明らかに恐怖に歪んでいた。
「や、やめろっ! ぼ、僕は……!」
「落ち着いて、アラン! 私をよく見て!」
「え……? テ……ティエラ……?」
「そう、私よ。安心して。貴方を傷つける人は、此処にいないわ」
ティエラは身隠れのローブを脱いで自分の顔を晒す。
魔女として火刑に処された少女だ。
逆効果になる可能性も考えていた。
しかし、アランは落ち着きを取り戻したようだった。
彼女がかつての友人だと知り、胸を撫でおろす。
「どうして、君が……?」
「……信じられないかもしれないわね。死人の私が、貴方を救ったなんて」
「死人? 何の話を?」
「え? アラン、貴方もしかして……例の魔女裁判を知らないの?」
「魔女裁判? ど、どういう事? な、何が何だか……」
するとアランは困惑するだけだった。
魔女裁判の言葉自体、初耳だと言わんばかりだ。
だが、そんな筈はない。
例の断罪は王国全域に知れ渡っている。
伯爵子息である彼が知らない訳がない。
どういう事かとティエラが考えていると、手綱を持って馬車を動かすヴァロムが、納得したように頷いた。
「やっぱりそうだったか。彼は今まで洗脳状態にあった。魔女裁判が行われる、一週間よりも前に。だから、ティエラの事情を知らないんだろう」
「き、君は一体……?」
「……名前はヴァロム。彼女の、従者ですよ」
アランに尋ねられ、僅かな間の後に答える。
恐らく魔女裁判があったこと以前に、ティエラが婚約破棄をされたことも、既にシュヴェルト家が存在しないことすら知らないのだろう。
どうにか理解した彼女は、自分まで混乱してしまわないように、懇切丁寧に今まで自分の身に起きた事を話した。
勿論、ヴァロムが悪魔であるという事実は除いて。
「魔女だなんて、そんな……そんな訳の分からない話だけで、火刑だって……!?」
「えぇ。私も彼がいなければ、殺されていた所よ」
「馬鹿げている! あのフェルリオ王子が!? 確かに良い評判は聞かなかったけれど、まさかここまで……!」
「……」
「本当に……あれから一年も、経っているんだな……」
「アラン、何が起きたのか、説明して。一体、あのウインス伯に何をされたの?」
続いて彼女は問う。
やはりアランの反応が正しいのだ。
突如行われたあの断罪は、どう見てもおかしかった。
第一王子の婚約者であったティエラの話を完全に封殺するやり口。
始めから仕組まれていた罠だったのだろう。
そして今、その手掛かりを握っているかもしれない人物が目の前にいる。
アランは神妙な面持ちで語り始めた。
「父が亡くなった日。僕は見たんだ。あの人が、料理に毒薬を仕込んでいる所を」
「何ですって!? ベルク伯爵は、病に伏せって亡くなったって……!」
「徐々に毒の量を増やして父を毒殺した……僕はそれを見て直ぐに理解したんだ。でもあの人はそれに気付いて、剣を抜こうとした僕を捕まえたんだ。凄まじい勢いと、女性とは思えない力で……まるで猛獣のようだった」
「……」
「その後、薬品を無理矢理飲まされて……気付いたら此処に……」
ベルク・ヒンドリー伯爵が病で亡くなったという話は、後妻のウインスから告げられたものだった。
既にその時点で彼女の偽装に騙されていたのだ。
その直後にアランが留学で屋敷を出たという話も、真っ赤な嘘。
彼は実に一年近く、洗脳によって意識を奪われていた事になる。
「洗脳と変装の魔薬だ。彼は去年から、あの女伯爵から定期的に飲まされていたんだろうな」
「一体、何処からそんなもの……」
「貴族としての立場を使えば、裏のルートで入手できるのかもしれない。奴隷商関係にはそういった類の薬が出回っていると、聞いた事がある」
魔薬とは魔力が込められた薬である。
特に精神的、肉体的に悪い作用を起こすものに限って呼ばれる名だ。
そういった部類の薬が、過去に事件を起こした話もある。
ただ、シュヴェルト家自体には縁のない話で、詳細は彼女も殆ど知らない。
ヴァロムが言う裏ルートを見つけるのは、困難だろう。
「出所を見つけるのは難しい。現物を押さえた方が確実だ」
「……ヒンドリー邸に向かって、その薬を見つけるのね?」
「あぁ。定期的に使っていた事は間違いないし、今も何処かに保管している筈だ。非合法な薬が見つかれば、解決の糸口に繋がる」
「でも、どうしてこんな回りくどい方法を取ったのかしら。わざわざ洗脳させて、変装までする意味も……」
「そうするしか、なかったんだろうな」
ヴァロムは持っていた手綱を強く握りしめる。
「毒殺の現場を見られたんだ。何らかの方法で口封じしようとする筈。でも立て続けに身内が亡くなれば、流石に自分が疑われる。だから洗脳させて、自分の傍に置いていたんだ」
「じゃあ、留学中という話も……」
「頃合いを見て、偽装した留学先で亡くなったように見せかけるつもりだったのかもな」
全ては自分に疑いが掛からないため。
彼女は自分の地位と名誉に強い執着を持っている。
それさえあれば、家族であろうと切り捨てる。
疑惑を抱かれた義理の息子など、邪魔なだけだったのだ。
ふとティエラが横を見ると、今まで黙っていたアランが拳を震わせているのが見えた。
「許せない……!」
「アラン……」
「きっと父の財産目当てだったんだ! それで父を! 絶対に許さない! あの人だけは、僕がこの手で……!」
事情を呑み込んだアランの目は鋭くなっていた。
普段は穏やかである筈の彼に宿ったのは、明確な殺意。
肉親を奪われた憎しみだった。
その様子を見て、ティエラは過去の自分を思い出す。
だからこそ彼女は、その震える手を両手で包み込んだ。
「アラン、落ち着いて」
「!」
「人殺しを裁くのに、人殺しになる必要はないわ。彼女には、正当な罰を下すのよ。魔薬と貴方の証言があれば、領民もきっと貴方を信じてくれる」
ヴァロムの言葉と同じだった。
外道に堕ちる意味などない。
それだけの価値が、ウインスにあるとは思えない。
既に彼女は致命的なミスを犯した。
ヒンドリー邸に隠されている魔薬を見つければ、物的証拠になる。
彼女を追いこむことは出来る筈だ。
引き止める声を聞いて、アランはハッとした顔でティエラを見るのだった。
「飛ばすぞ。例の女伯爵は、血眼でオレ達を探している筈だ」
ティエラの言葉を聞いたヴァロムは、ただ馬車を走らせる。
後は時間との勝負だ。
ウインスも彼が近くにいないと気付いた筈だ。
一刻も早く、隣国のヒンドリー邸に向かわなくては。
その思いに呼応するように、黒馬は中心都市を出て、更にスピードを上げるのだった。




