12.操り人形
ヴァロムに付き添って、ティエラは屋敷の中へと戻る。
ヒンドリー家の兵士や使用人の目を掻い潜った先にあったのは、客人用の大部屋だった。
先程と同じ甲高い声が聞こえてくる。
彼が壁を透視する魔法を掛けると、ウインスが大部屋の中で両手を広げて足踏みをしていた。
「さぁ、此処はダンスホールにしましょう! 貴婦人たちを呼んで華麗なパーティーを開くのも一興ね! 邪魔な壁は、取り払ってもらいましょう!」
「……」
「貴方もそう思うでしょう? サイモン?」
「……はい、奥様」
執事の青年が俯きながら、小さく返答している。
彼女はやたらあの黒髪執事を気に掛けているようだ。
ティエラの視点では、何の変哲もない使用人にしか見えない。
しかし何故だろうか、妙な既視感がある。
あの執事とは話した事すらないのだが。
魔眼を使っていたヴァロムも、何かしらの確証を得たようだ。
一旦誰もいない物置部屋へと戻り、身を隠す。
「やっぱりか」
「何に気付いたの?」
「ティエラ、ウインス伯爵の家族は他に誰がいるんだ?」
「家族? それは前妻の息子、アランがいるけれど?」
ヒンドリー家には一人息子がいる。
アラン・ヒンドリー、去年から留学中となっている人物だ。
父であるベルク・ヒンドリーの死後、正統な後継者となるべく知見を広めようと、諸外国へ旅立ったと聞いている。
しかし、何故そんな話をするのだろう。
そこまで考えて、嫌な予感が浮かび上がった。
「ちょ、ちょっと待って……もしかして……?」
「あぁ。あのサイモンと呼ばれている執事、彼はアラン・ヒンドリーで間違いない」
驚きのあまり声が出そうになったので、口元を押さえる。
しかしあの執事は黒髪で、アランは金髪の青年だ。
加えて髪の色だけではなく、容姿も全くの別人。
どう見ても、同一人物には見えない。
「ヴァロム、幾ら何でもそれはないわよ。アランの事は、私もよく知っている。彼とあそこにいる執事は、様子も髪の色も全然違うわ」
「そうだな、全然違う。そうしないと他の人に丸わかりだからな」
「!?」
「彼は今、洗脳と変装の魔法をかけられている」
振り返ったヴァロムは、青白い瞳で彼女を見返した。
「オレの目は人の考えを読める。ついでに、正常な思考をしているかどうかも分かるんだ。そしてあの執事には何もなかった」
「何も?」
「あぁ。自分の意志で考えていない。与えられた条件だけに従って行動する。洗脳特有の思考になっているんだ」
「まさか、そんな……」
「原因はある程度絞れるが、何にせよ、あの女伯爵が確実に関わっている」
ティエラはどうにか落ち着きを取り戻す。
ヴァロムの悪魔としての力は既に理解している。
彼が言うのなら間違いはないだろう。
ならばどうするか。
ウインスが魔女裁判に関わっていると分かっている以上、アランも無関係ではないかもしれない。
洗脳されている理由が必ずある筈だ。
「本当にそうだと言うなら、洗脳を何とかしないと。もしかしたら、魔女裁判の手掛かりを掴めるかもしれないわ」
「それがキミの指示なら従おう。洗脳と変装の解除自体は、オレが何とかする」
「解けるの?」
「まぁ、悪魔だからな」
隙あらば悪魔アピールをするヴァロム。
何だか自慢気だ。
そういう所が悪魔らしくないと言えば、きっとまたショックを受けるのだろう。
「ただ一つ、懸念がある」
「何?」
「仮に此処で洗脳を解除したとしたら、どうなると思う?」
「……きっと、場が混乱するわね」
「あぁ。正気に戻った人は、大抵自分の置かれている状況に酷く困惑する。しかも彼の場合は髪の色や服装まで、別人のように仕立てられている。先ずあの女伯爵に気付かれる」
一体、いつから彼が洗脳されているのかは分からない。
ただ『サイモン』という執事は一年前から見かけていたので、つい最近の話ではない。
急に洗脳を解けばアランは確実に混乱、最悪は錯乱する。
そんな状態では話も聞けず、ウインスにも気付かれてしまう。
「つまり彼を奪取して、それから洗脳を解く。そういう事ね」
「そうだな。どうやっても伯爵にバレるのは避けられない。となれば、身の安全が確保できる場所まで連れ出すのが一番かもしれない」
「出来る?」
「それに関しては問題ない。だが……」
「何か、気になる事があるの?」
「洗脳を解除した後、どうやって落ち着かせるかだ。正気を取り戻した彼からすれば、オレ達は身分を隠した得体の知れない二人組。信用されるとは思えない」
尤もな意見だった。
ティエラ自身、火刑から助けてくれたヴァロムを不審者と勘違いして、最初は戸惑いと警戒心を抱いた。
今回も似たような状況だ。
落ち着けと言われて落ち着く方が不自然だろう。
一体どうすれば、正気に戻したアランを説得できるのか。
力ずくでという方法は、あまり取りたくはない。
互いに考え、少しだけ時間が過ぎていく。
そうしてティエラは、仕方ないといった様子で一つの案を取り上げる。
「一つ、方法があるわ」
「ん?」
「アランは私とは、古くからの幼馴染。関わり合いも、友人程度にはあったと思っている。だからきっと、彼なら分かってくれる筈よ」
「それは、まさか……」
「アランに、私の正体を明かすわ」
ティエラは、かつての友人としての自分を信じることにした。




