11.遺された日記
聞こえてきた女性の声を頼りに、ティエラ達は隠れ潜みながら中庭に辿り着く。
庭の中心では大きな煙が上っていた。
何かを燃やしているようだ。
炎の中で、様々な物が形を失っていくのが見える。
そしてそれを見届けながら、赤髪の貴婦人が周りの従者に何かを命じていた。
「まさか、あれが……?」
「……えぇ。噂のウインス伯爵よ」
ヴァロムの疑問にティエラは答える。
あの女性がベルク・ヒンドリー伯の後妻、ウインスだ。
一度二度会った位で、殆ど面識はない。
響く声色も、あんなものだったのかと思う程に記憶に残っていない。
数年前に嫁いできた身分なのだから仕方ないのかもしれないが、今ではヒンドリー領とシュヴェルト領を管理する貴族なのだ。
ウインスは相変わらず声を大にしているが、そこに従者の声が割り込む。
「う、ウインス様……いくら不要な物とは言え、屋敷内の物品を許可なく廃棄するなど……」
「許可を取る相手が何処にいるというの!? もうこの領土は、屋敷は、私のモノとなったのよ! どう扱おうが私の自由! さぁ、さっさとしなさい!」
高圧的な声と、聞き逃せない言葉が届く。
そしてティエラは燃やされている物の正体に気付いた。
アレらは全て、この屋敷に置かれていた品々。
読み慣れた数々の本や、彼女と両親の大切にしていた沢山の衣服。
それを何の躊躇いもなく、ゴミのように燃やしているのだ。
上り続ける煙を見て、ティエラの胸中に怒りが込み上げてくる。
ヴァロムは心配そうに顔色を窺ってきたが、彼女は問題ないと頷いた。
「安心して。感情に任せて姿を現すような、愚かな事はしないわ。それよりも、あの人の考えている事が分かる?」
「やってみよう」
ヴァロムは真っすぐにウインスを見据える。
相手の思考を読み取る魔眼。
何のために彼女が此処にいるのかを探らせる。
数秒が経って、彼は視線を外した。
「どうやら自分の気に入った物だけを残して、改装するつもりらしい。キミの屋敷に視察に来たのもそれが理由だな」
「我欲塗れね」
「まさしく、キミの言う通りだ。彼女は自分の財産と地位を第一に考えている。それはベルク・ヒンドリー伯爵に嫁いだ事にも掛かってくるみたいだが……」
「何かあったの?」
「……これは少し、確証を得てから話すよ」
そう言って、少しだけ考えこむ。
気になる事があるようだが、今は推測の域を出ないらしい。
ならばわざわざ聞き出す必要はない。
時が来れば、彼から打ち明けてくれるだろう。
「汚らわしい魔女の痕跡なんて、全て焼き払ってしまえば良い! ここは魔女を生んだ屋敷ではなく、私が住まうに相応しい華麗な居場所にするの! サイモン、行くわよ!」
「……畏まりました」
ウインスは傍にいた若い執事を引き連れ、再び屋敷に戻っていく。
指示を出された部下達も、新たに運ぶ物を求めて中庭から去っていった。
そして誰もいなくなった中庭に、ティエラ達は近づく。
未だにその中心では、様々な物が燃やされて煙を上げ続けている。
今から中の物を引きずり出しても、手遅れだろう。
「酷い事をする……。こんなやり方、まるで焚書じゃないか……」
「焚書……もしかすると、それが目的なのかも……?」
「え?」
「ヴァロム、見張っていてくれる? 自分の手で、少しでも手掛かりを探したいの」
「それは構わないが、火と煙に近づき過ぎないようにな。怪我でもしたら大変だ」
ヴァロムに断りを入れておく。
本当に気に入らないものを焼いているだけなのだろうか。
魔女裁判に関わりのある何かを隠すため、焼却しようとしている可能性もある。
そう思い、ティエラは自分の手で痕跡を探すことにした。
燃え盛る炎の周りには、焼け残った布や紙が散乱している。
それらを拾って自分の記憶と擦り合わせようとするも、損壊が酷くて一致しないものばかりだった。
「駄目ね。殆ど燃えてしまっている。これじゃ、何を処分したのかも……ねぇ、ヴァロム。悪魔って、燃えたものを元に戻すことは出来るの?」
「確かに悪魔の中には、修復に特化したヤツもいる。でもオレは、そういう系統は専門外なんだ。人の傷程度なら癒せるが、ここまで損傷が激しい物は難しいな」
「……そう。ありがとう」
そうそう都合の良い事にはならないか。
と、不意に半分ほど燃え残った冊子がティエラの目に映る。
金色の装飾が入った、高価そうなものだ。
手に取って表紙を開くと、日誌と書かれた文字が刻まれている。
この字には覚えがあった。
「これは、お父様とお母様の日記?」
筆跡は古い。
最近書いたものでもない。
そして両親が日記を書いていたとは知らなかった。
思わずティエラは、火傷をしないように注意深くページをめくっていく。
『何という事だろう。まさかと思っていたが、伝承のそれと何も変わらない。直ぐに調べ上げなくては。勿論、内密に。他の誰にも告げる事は許されない』
意味深な文字が並んでいる。
彼女は掠れたそれらを、ゆっくりと追っていった。
『考え得る最悪の答えが返ってきた。このままでは、私達もどうなるか分からない。せめてあの子が、かの聖女であったなら』
『あまりに危険すぎる。危害が周囲に及ぶ前に、対策を考えなければ。いや、最早こうなれば、責任を取ってその命を終わらせるしかないのか。しかし、それはあまりに――』
『私達の子だ。そしてこれは、私達の罪だ』
『まだあの子は幼い。何も告げずに優しく導こう。きっと天上の神々も、私達を許してくれるはずだ』
『どうか――ティ――ラを――消して――』
それ以上は、読み取れなかった。
それどころか手に力を入れ過ぎて、辛うじて残っていた日誌がバラバラに砕け落ちてしまう。
ティエラは今見た日記の内容を、頭の中で繰り返した。
「一体、誰のことを言っているの……?」
明らかに不穏だ。
両親が誰かの命を奪おうとしているような書きぶり。
そんな話は、今まで暮らしてきて全く記憶にない。
そもそも『あの子』とは一体誰なのか。
シュヴェルト家の実子は、一人娘のティエラしか存在しない。
「もしかして……私が……?」
震える声で呟くと、ヴァロムが近くにやって来る。
異変に気付いたのだろう。
目ぼしいものでもあったのかと、声を掛けてくる。
「何か見つかったか?」
「い、いえ、何も……」
「そうか……だったら、少し付き合ってくれないか」
「付き合う?」
「一つ、気になる事があるんだ」
ティエラの動揺に気付いた様子はない。
ただ彼も気掛かりな点を見つけたらしく、屋敷の方向へと目を向けた。




