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1.冤罪と断罪




「ティエラ・シュヴェルト! お前をこの場で拘束する!」


王宮の一室に響き渡ったのは第一王子、フェルリオの宣言だった。

それが互いの決裂を意味する言葉。

婚約者であるティエラは動揺を隠せなかった。

彼女の特徴でもあるバイオレット色の髪と瞳が、不規則に揺れる。

今まで平穏そのものだった日常が崩れ去っていく感覚が襲い掛かる。

意味も分からずに、彼女は彼を問い質した。


「お、お待ちください! 一体どういう事ですか!? フェルリオ様!」

「どういう事か、だと? 自分の胸に手を当てて聞いてみると良い! お前はこの国に伝わる、悪しき力を持つ忌むべき魔女である事を隠し、王国転覆を目論んだ! これ以上のない大罪だ!」

「魔女? 王国転覆? な、何のお話です!? 私にはさっぱり……!」

「言い訳など無用だ! お前たち! この魔女を捕えよ!」


フェルリオの命令を聞いて、衛兵たちがティエラを取り囲む。

既に経緯を知っていたようだ。

彼らは動揺することなく、彼女へ剣を向ける。

一体、何が起きているのか。

声を詰まらせたティエラの視界に、新たな人物が現れる。

長い黒髪の美しい女性だった。

彼女はまるで真のヒロインであるかのようにフェルリオに寄り添うと、彼は安堵した様子で頷いた。


「全ては聖女であるお前が、気付かせてくれたお陰だ。エニモル、感謝する」

「いいえ。私にはもったいないお言葉です。貴方が私を信じてくれた。それだけで十分ですわ」


エニモルと呼ばれた女性は優しく微笑む。

しかしこの場に不釣り合いな笑顔には、悪意しか感じられない。

あからさまな不自然さと嫌な予感を抱いたティエラは、剣を向けられながらも問うしかなかった。


「貴方は、一体……!」

「冥途の土産だ。紹介しよう。彼女こそ聖なる力を持つ、聖女・エニモル。そして俺の新しい婚約者だ」


聖女。

人の内から現れる、人ならざる聖なる力を持つ者。

悪しき力を持つ魔女と相反する、善なる存在だ。

まさかそんな人物が目の前にいるなど信じられず、新しい婚約者という言葉は、殆ど彼女の耳に入っていなかった。

紹介されたエニモルは、笑みを崩すことなくティエラを見下ろす。


「初めまして、魔女・ティエラ。そして、さようなら。フェルリオ様に取り入ったことが、運の尽きでしたね」

「何を言って……! ま、まさか、貴方が全て……!?」

「貴方の無知な魂が、天上にて救われる事を祈りましょう」


笑っていた目が薄っすらと開き、その隙間から漆黒の瞳が覗く。

ゾクリと、ティエラの背筋が凍った。

そして直感的に、彼女は違うと理解した。

あの目は人を陥れる目だ。

到底、聖女と呼ばれる者が持つモノではない。

しかし拒否する猶予も、抵抗する力も与えてはくれなかった。

ティエラは即座に王宮から追放、そして裁判に掛けられ、宰相自らの手によって判決が下された。


「疑う余地などない。国王が急逝した中、魔女が第一王子のフェルリオ様に取り入ったのは事実。この宰相・ノルマンディの名において、不敬を働いた悪しき女狐、ティエラ・シュヴェルトを火刑に処す」

「そ、そんな! あまりに横暴です! 私の何処に、魔女である証拠があると言うんですか!?」

「聖女であるエニモル様が証言したのだ。それ以外の証拠など、探る必要はない。何故なら彼女は、聖なる力を操る。そこに人を偽る穢れなど、ある筈がないのだからな」


第一王子のフェルリオだけでなく、他の者達も何故かティエラを魔女と思い込んでいた。

おかしな位に、欠片の疑いすら持っていないようだった。

彼女を擁護する者が出ないまま、断罪という名の火刑があてがわれる。

所謂、死刑執行。

判決はすぐさま王国中に広まった。

不思議がっていた民衆達も、声明が出た以上は信じざるを得なくなった。


「まさか、あのお方が悪しき魔女だったなんて!」

「恐ろしい……そうやって私達を騙していたのね……!」

「本当に、そんな事が……?」


王宮内でのいざこざを知らない民衆達は、そう言うしかなかった。

ティエラの死刑に驚く者、感謝する者、悲観する者。

様々な反応はあったがそれだけだ。

貴族の令嬢である身であっても、彼女の判決が覆ることはない。

どれだけ言葉による抵抗をしても、どれだけ泣き叫んでも、意味などなかった。

数日の内に火刑は執行された。

恐ろしい程の手際の良さ、淡々と進む状況に、彼女は絶望すら抱く。


「どうして、こんな事に……」


王都の広場にて、十字架による磔が行われる。

十字架の下には大量の藁や薪が置かれ、火刑という名に相応しい処刑台が作られた。

ティエラは鎖によって複数の執行人に連れられ、その場へと持ち上げられる。

魔女であるならば、その力で逃げ出す事も出来る筈なのに。

そんな疑いすら、誰も持っていないようだった。

磔にされた彼女を待っていたのは、処刑を見届ける多くの視線だけ。

何を言っても無駄なのだろう。

髪を刈り上げた大柄な処刑人が、磔にされたティエラの前に現れる。


「火刑なんて久しぶりさ。腕が鳴るねぇ」

「……」

「安心しな。直ぐにお前も、両親の所に送ってやるよぉ」

「……ぁ」


その言葉を聞いた瞬間に、彼女は理解する。

既に父と母は断罪された後なのだという事を。

魔女を生み出した家系として、王族を騙した大罪として共に焼き払われたのか。

そこまですると言うのか。

ティエラは最早、か細い声を上げるしかなかった。

周囲の湧き上がる声が響く中、彼女は項垂れる。


「私はただ、夢の通りにならないように……願っただけなのに……」


やはりあの夢の通り、未来は決まっていたという事なのか。

思い出すのはかつて見た、忘れようとしていた、滅びの夢。

悪行の果てに身を滅ぼす、最悪の結末。

口元を歪める処刑人が、魔法を操り彼女の足元へと火を差し向けた。


「お父様……お母様……」


藁に火がつき、彼女の目の前が赤黒く染まっていった。





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