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【05】 思い出あずかり屋のお客様①

「終わりが見えない……」


 つぶやいた途端、プツンと集中力が切れる。

 人間、終わりが見えないものに対しては頑張れないものだ。

 例えそれが好きでやっていることなのだとしても、永遠には続かない。


 錆びついた蝶番(ちょうつがい)がギィと音を立てたのは、まさにそんな瞬間だった。


 もしも作業がうまくいっていたら、気づかなかったかもしれない。

 それを考えれば、うまくいかなくて良かったと思うべきだろう。


「お客様か」


 メアリは作りかけの機械から顔を上げた。

 広い作業台の上には、機械と思しきものがデンと鎮座している。

 霧の活用法を考えるにあたり、まずは霧について調べようと霧を発生させる機械を作っていたのだが……思いつきでなんとかなるものではなかったらしい。

 メアリの理論では、水中から水面に向けて振動を与えることで霧が発生するはずなのだが……うまくいかなかったようだ。


 メアリは気分を変えるようにフゥと小さく息を吐いたあと、ポケットに手を突っ込んだ。

 中から取り出したのは、懐中時計だ。華奢(きゃしゃ)な鎖がシャラリと音を立ててこぼれ落ちる。

 リューズにあるボタンを押すと、パチンと懐中時計のふたが開いた。


 カチコチ、カチコチ。

 中の動きが見えるようデザインされたそれは、公爵夫人からの贈り物だ。

 小さな部品が一生懸命動いている様は、メアリの目を楽しませ、心を和ませてくれる。


「約束の時間よりずいぶんと早いわね。もしかして、新規のお客様かしら?」


 再びボタンを押しながらふたを閉じつつ、メアリは首をかしげた。

 この店を利用するのは公爵夫人の紹介で来る人がほとんどだが、それ以外が全くないわけでもない。

 ごくたまに、藁にもすがる思いでやって来る人や、度胸試しに黒猫横丁へやってきた若者がその証明のために鍵を買い求めてやって来ることもある。


 前者なら特に問題はないが、後者はやっかいだ。

 この店は気軽な気持ちで利用するには高すぎる。

 かといって、鍵だけを売るわけにもいかない。


 だって、この店で扱う鍵は唯一無二のものなのである。

 公爵夫人はこの店のためだけにわざわざ腕の良い鍵屋を雇っていて、小箱と鍵は二つで一つ。どちらか一方だけを売ることはできないのだ。


 口に出せない思い出(ひみつ)を預かるのだから、それに見合ったものを用意するのは当然のこと。

 だが、度胸試しをするような若者にそんな理由を話せるはずがないし、尚かつ店主が女性ともなれば調子に乗りやすい。


「そういう時のために、デンバーを雇っているのですが……」


 残念ながら、彼は本日も無断欠勤である。

 理髪店(バーバーショップ)にいるのか、それとも仕立屋(テイラー)か、あるいはどこぞの女性とカフェでお茶でもしているのか。


 自らの美貌を保つ努力は結構だが、お金をもらっている以上は働いてもらいたい。

 どこで嗅ぎ付けてくるのか、公爵夫人が来るときは必ず出勤しているのが、なんとも調子の良いところだ。


「ごめんください」


 客の声に、意識が引き戻される。

 デンバーへの怒りを思い出している場合ではなかったと、メアリは慌てて作業部屋から店へ出た。


「お待たせして申し訳ございません」


 客の顔を見ることなく、店へ出るなり頭を下げる。


「こちらこそ、急がせてすみません。このあたりは来たことがなかったものですから……心細くて」


 穏やかで落ち着いた声だ。ちょっと掠れた感じは、怖がっているようにも聞こえる。

 度胸試しの人だろうか。

 声からして、無理強いされたのかもしれない。


(優しそうな、声だもの)


 強く断ることが苦手そうな声だ。

 見えないが、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべている気がする。

 なんとなく、いつもの冷やかし客とは違うな、とメアリは思った。


「それは、ますます申し訳ないことを……本当に、すみません」


 顔を上げて、改めて謝罪する。

 その瞬間、目に入ってきた情報量の多さにメアリはクラリとめまいを覚えた。


 貴族令嬢らしく失神しそうになるのはいつぶりだろう。

 思い出せないから、初めてかもしれない。


 こういう時、デンバーがいてくれたら。

 愛用の気付け薬入れ(ヴィネグレット)を取り出させて、正気を取り戻してもらうのに。


(まさか、この人がうちへ来るとは……)


 なるほど、心細いわけだ。

 黒猫横丁はもちろん、思い出あずかり屋なんていう怪しげな店とも無縁そうな男が、メアリの目の前でソワソワと所在なさげに立っていた。


読んでくださり、ありがとうございます。

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