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【38】 聖人ユリウスと審査官①

 その日、ユリウスは王都にある特許庁の応接室にいた。

 これから、ある人と会う約束をしているからだ。


「ふぅ」


 気を落ち着かせようと、深呼吸してみる。

 こんなにも緊張したのは、初めて蒸気機関車に乗った時以来だ。


(どう言えば、彼らは来てくれるだろう……いや、弱気になっていては駄目だ。絶対に来てもらう、そういう気概でいないと)


 足の上に置いた拳をギュッと握り、ユリウスは自身を奮い立たせる。

 喉の渇きを覚えて出されたカップに手を伸ばした時、ノックの音がした。


「お待たせしてしまって、申し訳ございません」


 入ってきた壮年の男性に、ユリウスは立ち上がって頭を下げる。


「それで……妻にどういったご用件でしょうか? アールグレーン様」


 壮年の男性の背後から、三十代くらいの女性がヒョコリと顔を覗かせる。

 丸いメガネ越しの明るい茶(ヘーゼル)色の目はメアリとよく似ていて、ユリウスは緊張が一気に解けていくのを感じた。



 ***



 本来、特許出願には出願書類と発明が十分に記載されている記載要件が必要だ。

 それらを特許庁へ提出し、審査官に認められてはじめて、特許取得となる。


 現在、特許庁には七人の審査官が在籍しており、そのうちの一人で唯一の女性であるルルド女史とその夫で審査官のトップであるネロ氏へ、ルカ・ブレゲ没後二十年記念に開催するファンタスマゴリーの招待状を用意したのは、単なる偶然ではない。


 なにをかくそう、これはルフナ教会の陽気な英霊たち──ライルとブレゲによる発案だった。

 書類審査の一切を無視し、現物を見てもらうことで特許を認めてもらおうと、そういう魂胆なのである。

 つまり、メアリがあずかり知らぬところで勝手に特許を取ってしまおうという作戦だった。


 メアリは、女性が特許出願をしても通らないと思っている。

 女性は駄目だなんて法律はないし、実際に通っている特許もあるのだが、彼女はないと断言している。


 それは、なぜか。

 メアリは今までずっと、誰にも認めてもらえなかったからだ。


 ブレゲがメアリ本人から聞いた話によると、実の父はもちろん、商売として利用している公爵夫人でさえ、彼女が持つ技術を正しく認めていなかった。

 彼女の周囲はみな、「女が機械に触れるなんて」と嫌悪感をあらわにしていたらしい。


(いや、周囲なんてものじゃない。あの街全体が、彼女を遠巻きに見ていた)


 メアリのことばかり見ているから忘れそうになるが、彼女はいつも一人だった。

 友人がいると知った時は、内心ホッとしたくらいである。

 もっとも、知ったばかりの頃は嫉妬に目がくらんでいたので、そう思えるようになったのはごく最近のことなのだけれど。


『おそらく、いくらメアリに特許出願を勧めても、動こうとしないでしょう。口癖のように“女だから無理に決まっていると”言っていましたから。ですから、彼女には一切知らせず、ワタシたちがお膳立てしてしまえば良い』


 とは、ブレゲの言葉である。


 彼は、もう長いことメアリの師匠をしてきた。

 メアリは自称ブレゲの弟子だと笑っていたが、彼は本当に師匠だと思っているし、そのつもりで見守っている。

 きっとそんな彼だから、この作戦を思いつけたのだろう。


『特許が取得できれば、メアリの自信につながるはずです』


 かつてのブレゲが、そうであったように。

 彼もまた、メアリと同じように認めてもらいたいのに行動できない人だった。

 現在は発明王などと呼ばれているが、たまたま良い支援者に出会えただけのこと。


『ワタシは運が良かった。ただそれだけのことですが、この“運を引き寄せる”というのはとても難しい。幸いなことに、彼女にはあなたがいます、ユリウス。だからどうか、彼女を支えてあげてください』


 ブレゲから話を聞いて、ユリウスはようやく納得した。

 普段のメアリは確固たる信念のもと一本筋が通った生き方をしているように見えるが、時折驚くぐらい自信なさそうにしている時がある。


 ユリウスはずっとどうしてだろうと思っていたが、聞けずにいた。

 聞くことで、メアリを悲しませる結果になることを恐れたからだ。


 聞かない代わりに、ユリウスは言葉を尽くして褒めていた。

 もちろん、そんなことがなくても、彼女がつくったすばらしい機械を前にしたら、おとなしくしていることなんてできやしないのだけれど。


 思えば、初めて店へ行った時はすごく警戒されたような気がする。

 もしかしたら「女のくせに機械いじりなんて」と説教されるかもしれないと、身構えていたのかもしれない。


(ああ、あの時に戻れたら。もっとマシな登場の仕方があったかもしれないのに)


 厄介ごとの種でしかない顔を、存分に生かす方法があったかもしれない。

 この顔で彼女が好きになってくれるのなら、とっくに両思いになっているだろうが。


 せめて今からでもできることをしよう。

 そう思って、だからユリウスはここへ──特許庁へ来たのである。


 ルカ・ブレゲ没後二十年記念のイベントなんて、教会の予定にはなかった。

 五十年、百年の節目に行うことはあっても、二十年記念は慣例にないのである。


 珍しく自発的に話を持ってきたユリウスに、神父はわけも聞かないまま了承してくれた。

 ただ一言、「お嬢さんを悲しませるようなことをしてはいけないよ」と言って。


 秘密にしていたわけではないけれど、内心を見透かされたような気がして、ユリウスは気恥ずかしかった。


 メアリがイベントごとに疎くて良かったと思う。

 そうでなければ、ここまでスムーズに事が運ぶことはなかった。


 さまざまな思いを胸に、ユリウスは微笑む。

 少しでも可能性が広がるように。


 対面する二人の顔から、警戒色が抜け始める。

 大嫌いな自分の顔が、少しだけ好きになれた気がした。



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