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【26】 奇婦人メアリと招かれざる客①

 ロディム街はいつも通り、夜は深い霧に包まれている。

 煙るような視界の中、空にはぼんやりと輪郭がにじむ月が浮かんでいた。


 それは、ユリウスと約束した、ある夜のこと。

 メアリは珍しく念入りに、身だしなみを整えていた。


 一人暮らし用の小さなクローゼットから取り出したのは、淡い水色のドレス。

 このドレスを選んだのはたまたまだった。それしかなかったとも言う。


 王都にあるベケット家のタウンハウスには、元婚約者(コンラート)から贈られたドレスがたくさん置いてあることをメアリは知っていたが、わざわざ取りに行く気にはなれなかった。


 だって、着ればコンラートのことを思い出して、嫌な気持ちになるかもしれない。

 分解する約束をしていた蒸気自動車のことを考えると、今でも悔しくなるのだから。


 かといって、いつもの格好も(はばか)られる。

 ユリウスはどうか知らないが、メアリにとってこれはデートなのだ。

 もちろん、幽霊演芸(ファンタスマゴリー)のためのリサーチもするつもりだが、もともとデートに誘うつもりだった彼女にとって、これは正しくデートなのである。


 デートといえば、おめかし。

 おめかしなら、服装はドレス一択。他意なんてない。たぶん。


 ──なんてそれっぽい言い訳を並べているが、メアリはただ、恥ずかしいだけなのである。

 なぜなら、淡い水色はユリウスの目の色を思い起こさせるから。


 男性の髪や目の色に合わせたドレスを着るなんて、夫がいる女性か、社交界デビューしたての夢見がちなお嬢さんか、意中の相手がいる未婚女性がすることだ。

 メアリのような、間もなく婚期を逃した未婚女性(オールドミス)になろうとしているような年齢の、分別ある女性がすることではない。


 鏡に映るメアリの頰は、赤く色づいていた。

 これならば頬紅(チーク)をつける必要なんてないのではないだろうか。


 化粧ブラシを片手にじっくりと鏡の向こうを見てみると、実年齢よりも幾分か幼く見えるような化粧をしている自分がいる。

 メアリは思わず「うわぁ」とつぶやいた。


 まるで、年下のユリウスを意識してそうしているようではないか。

 ああ、恥ずかしい。恥ずかしすぎて、鏡を直視できない。

 メアリは化粧ブラシを手放すと、「はぁ」とため息を吐いて冷たい化粧台の上へ頰を押し当てた。


 ひんやりとしていて気持ちが良い。

 このまま頬の赤みが消えてくれたらいいのに、とメアリは祈るように目を閉じた。


 ユリウスを夜のデートに誘う。

 その方法について散々悩み、挙げ句にモテるための本まで買って読んだというのに、蓋を開けてみればメアリが誘われていた。


 思いがけず目標が達成されたことに喜んだのも束の間、果たしてこれはデートという位置付けで良いのだろうかという疑問が頭をもたげる。


 だって、そうだろう。

 ユリウスは、リサーチのために墓地を案内してくれるのだ。

 秘密のお散歩デートっぽいシチュエーションだが、あくまでリサーチが目的なのである。


 メアリの機械に、深い関心を抱いている彼のことだ。きっと、善意からこの提案をしてくれたに違いない。


「気を付けないと……」


 欲は身を失う。

 虻蜂取らず。

 二兎を追う者は一兎をも得ず。

 欲張ってはいけない、とメアリは自戒する。


「ん?」


 そこでメアリはパチリとまぶたを上げた。

 ありふれた明るい茶(ヘーゼル)の目に、戸惑いと焦りが浮かぶ。


「私はアールグレーン様に何を警戒しているの?」


 至って人畜無害そうな人を相手に、どうして胸が騒ぐのか。

 口に出してみると、ますますわけがわからなくなった。


 もともとは、シェンファに言われたからユリウスをデートに誘うことになったのだ。

 そしてシェンファは、メアリが真面目すぎるからたまには羽目を外せとデートを提案してきたわけで……。


「アールグレーン様を誘ったのは、彼しか誘えるような人がいなかったから……よね?」


 語気が乏しくなるのはなぜだろう。

 決して解明してはいけない世界の真理を暴きそうになったような危機感を覚えて、メアリは口をつぐむ。


 一体全体、どうしたというのだろう。

 頭を抱えてうーんとうなった、その時だった。


読んでくださり、ありがとうございます。

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