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【24】 奇婦人メアリの聖域②

 蓄音機(グラモフォン)のある部屋が落ち着いた雰囲気なのだとしたら、メアリの作業部屋はさながら、ゴチャゴチャしたおもちゃ箱のようだった。


 レンガが剥き出しになっている壁や、ところどころ焦げている床。

 窓のない壁には天井まである大きな鉄製の棚と本棚が作り付けられており、あらゆる部品や重そうな本がズラリと収められている。


 本棚に並べられた本の半数近くにルカ・ブレゲの名前が記されているのを見て、ユリウスは少しだけ、ブレゲがずるいと思った。


 お門違いなのはわかっているが、なんだかブレゲ本人が彼女のそばにいることを許可されているようで、面白くない。


 実際、ブレゲはメアリのことを特別目をかけているようだったから、なおさらだ。


 本棚から視線を逸らすと、次に目に入ったのは、部屋の隅に山となって置かれている機械だった。


 おそらく、メアリがつくったものだろう。

 見覚えのあるものも多いが、目にしたことがないものもたくさんありそうだ。


 まだまだ通う必要がありそうだと、ユリウスは内心安堵(あんど)した。


 というのも、ユリウスはメアリがつくった機械の紹介が終わった時こそ、告白の時かもしれないと思っていたのだ。


 告白するにはまだ、いろいろと足りない気しかしない。

 だから、その時がまだ先だと知って、安心したのである。


 ユリウスが一歩足を踏み入れると、床板がギィと(きし)んだ音を立てた。


 外観の見た目通り、この建物はずいぶんと古いようだ。

 今まで入ったことがある部屋はとても綺麗に改装されていたから、全く気がつかなかった。


 驚いて足元を見るユリウスに、メアリはクスクスと楽しげに笑う。


「音が鳴って、面白いでしょう? 私のお気に入りなのです」


 メアリはそう言って、音が鳴る床を次々と踏んでみせた。


 ギィ、ギィ、ギィと鳴る音は、ユリウスにはまるで床板が抗議する声のように聞こえたけれど、彼女が楽しそうにしていると、楽器の音色のように聞こえてくるから不思議である。


 恋は盲目というが、難聴にもさせるらしい。


 メアリは、道端で遊ぶ子どものように床の上を跳ねる。


 一瞬、先ほどの自分に合わせてわざとそうしているのではないかという疑惑が浮かんで消えたが、ユリウスはそれならそれでいいかとも思った。


 だって、メアリがかわいいから。そんな彼女を見ることができて、ユリウスの胸は愛しさでいっぱいなのである。


 部屋にある唯一の窓の前で、メアリは足を止めた。

 窓の前には、古いミシン台を加工したような作業台が置かれている。


「変わった机だな。もとはミシン台か?」


「ええ、そうなの」


 ユリウスの問いに答えながら、メアリは目を細めて机の角を撫でた。

 優しい手つきだ。相当に大事なものなのだろう。


 ミシン台というと女性が使う印象だが、誰かから譲り受けたものなのだろうか。

 ユリウスの視線に気が付いたのか、メアリが顔を上げる。


「母の……亡くなった母の遺品なのです」


 ポツリとこぼされた声は、寂しげだった。


 ユリウスは無性に彼女を抱きしめたくてたまらなくなったが、そんなことをしたら拒否されるのは目に見えている。


 グッと堪えながら、ユリウスは「そうか」と返した。


 推測でしかないが、メアリの母親は早くに亡くなったのではないだろうか。


 懐かしむだけではない何かを感じ取って、ユリウスはそう思った。

 母や父を恋しいと思う気持ちに、彼は敏感なのだ。


「亡くなってからしばらくたってから父が譲ってくれたのですが……ずっと使っていなかったから、いざ使おうとしたら動かなくなっていて。分解して直そうとしたのですけれど、うまく、いかなくて……」


 思い出しているのか、メアリは作業台を見つめながら苦笑いを浮かべる。


 ユリウスの目には、メアリが泣きそうな気持ちを押し込めて無理に笑ってごまかそうとしているように見えた。


 今よりももっとずっと小さなメアリが、ミシンを直そうと四苦八苦している姿が浮かぶ。


 一生懸命、がんばったのだろう。がんばって、がんばって、それでもうまくいかなくて。

 涙を浮かべて、それでも諦めきれなくてミシンに立ち向かう、幼いメアリ。


 なぜその時、一緒にいてあげられなかったのだろう。


 どうしようもないことなのに、悔しく思う。

 そばにいられたら、一緒に泣いて、抱きしめて、一緒に直そうと努力できたのに。


「でも、私らしくなったと思いませんか? これなら、ずっと使えますもの」


 次に顔を上げた時、メアリはもういつもの彼女だった。

 まるで一線引かれたような気がして、ユリウスはまだまだだなと思う。


 最初に会った時よりずいぶんと打ち解けてくれたような気になっていたが、まだ足りないようである。


 我慢しないで、なんでも話してほしかった。初めて会った時のように、遠慮なく。


 どんなことを聞いたって受け入れる度量を、ユリウスは持っているつもりだ。


 やはり年齢が足りないのだろうか。

 しかし、どんなに頑張ったって、ユリウスはメアリより年上にはなれない。


 やはり告白するにはいろいろ足りないと、ユリウスは気を引き締めた。


「ああ。とても、すてきだと思う」


 作業台もだが、なによりメアリがすてきだ。

 どんな形だろうと、なんとか思い出の品を蘇らせようとした彼女の心が、すてきだと思う。


 メアリが好きで、彼女がつくりだすものが好きだ。

 もしかしたらその原点は、今見せてくれた作業台にあるのかもしれない。


 なんだか、秘密を共有しているみたいだ。

 いつか自分の秘密も……聖人としての能力を彼女に明かしたい。


 ユリウスがメアリを見つめると、彼女は「ありがとう」と満面の笑みを見せてくれる。

 前よりももっと彼女が輝いて見えて、ユリウスは眩しげに目を細めた。


読んでくださり、ありがとうございます。

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