神官エルムの回想
龍神昇天から2月後、王都から龍神聖地巡礼が出発することになった。
参加者は数十名で、貴族や商人の代表、そして神殿から若い神官と巫女が2人付き添う。王都から各街道は、それぞれ護衛がつくことになる。
ようやく始まった龍神昇天の聖地巡礼・・・。
その途中で若い神官エルムは、あの満月の夜の神殿での出来事を思い出さずにはいられなかった・・・。
あの夜は確か・・・・・・・・・・・
「エルム様、エルム様!」
不寝番の声で、神殿の自室で目を覚ます。あまり眠った気がせず、頭がぼんやりしている。
「巫女様から急ぎの連絡です。女神様の眷属が現れ、龍神慰撫の祭事を直ちに執り行うよう申し付けられたとのことでございます」
「・・・わかった、すぐ参る」
不機嫌に答えると、明かりを点け着替え始める。窓の外には満月、いったい何の騒ぎだ?
祭壇では、急ぎかき集められた数人の神官見習いと巫女達が慌ただしく準備をしている。
「エルム様、あちらを」
巫女が指す方を見ると、祭壇に供えていた酒入りの大甕がひび割れ、そこから酒が漏れている。
「な、こ、これはどうした!」
「女神様の眷属がおっしゃるには、龍神様が怒りのあまり大地を突き破る寸前であるとか。今新しい大甕と酒を用意しております」
こんな時に限って、神殿の長達がそろって留守にしているとは!
思わず舌打ちしそうになるのをこらえて、手配に感謝する、と答えた。
「準備ができ次第、エルム様は他の見習い方たちと共に、龍神慰撫の祝詞をお願いいたします。我ら巫女は、続いて舞を行います」
「わかった、よろしく頼む」
やがて、目の前に新しい大甕が運ばれ、酒が注がれ始めた。
・・・龍神慰撫の祝詞の唱えは、神殿の長達の役目だ。しかしこの場は、エルムが先達を引き受けなければならない。祭壇の横に陣取り、ブツブツ文句を言いながら祝詞を確認するのであった。
そして、祭事は朝方まで続けられ、雨が降り始めた頃巫女が倒れてそれが終了の合図となった。
後日、事の顛末を報告すると、神殿の長達は慌てて宮殿に向かった。その後しばらくして、神殿の長達は内密の指示をエルムに与え、聖地巡礼のメンバーに選んだ。
しかし、その時はまだ巡礼の旅にとんでもない事態が待ち受けていることなど知るはずもなかった。
水龍神の怒りを鎮めるため、女神様が幾重にも手段を講じたうちの一つが、神殿への龍神慰撫依頼でした。次回、お母様にまつわる閑話的なお話を少し・・・。




