天眼の聖女
誤字報告ありがとうございます!
「リーディア!お前との婚約を破棄する!」
王子の声が頭の中で弾け膨大な記憶が溢れ、ほんの数秒で前世の一生を見た。
前世の記憶を理解した時、この世界全てが気持ち悪くなった。
親愛なる人が、信じていた両親が、心を許した友が、あっさりと掌をかえす様に絶望し諦めた自分がいる。
もしかして私が悪かったのではないか、何か気にさわる事をしてしまったのではないか。
明日はもっと気をつけなければと、精神を削られる日々。
何度も、何度も、何度も、思い返しても全く身に覚えはなくて気が狂いそうだった。
自問自答している間にどんどん味方はいなくなり、今は孤立無援。
その理由が、悪役令嬢それだけのこと。
私の中の綺麗だった全てが崩れ去る。
婚約破棄の言葉が終了の合図。
今この瞬間をもって乙女ゲームから解放された。
物語の中の純粋で馬鹿な女は消えてしまい、もう私であって私ではない。
「何とか言ったらどうだ!」
王子が喚いている、ちらと見て驚いた。
ん?誰?というか人なの?
王子の声で判別ついただけで、顔を見ても全く誰か判らない。だって目や鼻や口がない……婚約破棄を宣言する時までは、青い瞳が綺麗なご尊顔だったのに。
大広間を見渡すと私以外、皆化物になっている、つるんとしたのっぺらぼうに、空洞の穴が開いている仮面をつける者、三日月の笑い面をつけている者、奥には黒々とした塊であったり、茶色の影であったり、前世で言う百鬼夜行のようだ。
自分はついに壊れて頭がおかしくなったのか、それともこの現象は物語が終わったせいなのか。
登場人物達は化物なのか、自分もこんな風になるのかと思うと怖くて少し震えた。
こんなところに居たくない。
「異母姉さま、どこへいかれるのです!」
「そうだ!」
「リーディア嬢!」
「まだ話は終わっていないぞ!」
「誰か娘を止めてくれ!」
大広間の扉まで歩いていると、後ろから様々な声が聞こえてくる。
不思議な事に誰も動く事が出来ないようで、これ幸いと振り向かず大広間を去る事にした。
どうせ、ここにいても断罪されるだけ、未練はない。
バタンと扉が閉まる。
私は何もしていないのにどうやら開かなくなってしまったようだ、扉の中から怒号が響いている。
ふふ、ざまあみろ。
さて、これからどうしよう。
ここ1年は淀んだ汚水の中で生きてきた、今はとても清々しい。何ひとつ持っていないが、このまま何処かへ行ってしまおう。
◇◇◇
まだ夜が始まったばかりの時間に、城から城下町へ踵の高い靴で歩き過ぎてしまった、かかとがずる剥けになっている。
やれやれとため息をついて噴水の端に腰掛け思案していると、薄暗がりから茶色の髪の痩せこけた子供が近寄ってきた。
「靴もってきてやろうか?」
痩せた子供の顔は、三日月の穴が目と口の場所に開いている。
これ愛想笑いと言うやつかも。
「そうね、もってきてくれたらお礼をするわ」
「なんだ、後払いなんてしっかりしてんだな、貴族のおねーさん」
すとんと三日月が無くなり、のっぺらぼうの子供が何処かへ走ってゆく。
……あれは、感情なのだろうか?
やけに気持ち悪いものだなと思う、噴水の縁に腰掛けながらゆっくりあたりの人間を観察してみると、帰り道だろう急いで歩いている人々のっぺらぼうばかり。
空洞の穴が開いている仮面をつけている男もいる。
笑い面や泣き面怒り面もいた。
「あ、いた」
さっきの子供が戻ってきた、右手に古いサンダルを振り回している。
「貴族のおねーさん、はいどーぞ」
子供が古びたサンダルをつきだした。
その場でスカートを少し上げヒールを脱ぐ。
「洗浄」
今まで履いていた靴に洗浄魔法をかけた、これで血や汚れはない。はい!と子供に渡してサンダルを貰う。
痩せたのっぺらぼうが真っ赤になってる。
「お、おまえ恥じらいくらいもてよ!貴族だろ!!」
「んー?だって、すぐ渡せるお礼はそれしかないし」
この世界には魔法がある、残念な事に私には回復魔法はないので痛む足は痛んだままなのだ。
さて、足は痛むけど歩けない程じゃない。
「ねぇ、名前何て言うの?」
「……は?」
「だから、君の名前は?」
「俺の名前なんか聞いてどうすんだよ……」
子供がのっぺらぼうから警戒の仮面になった。
「ちょっと案内して欲しい所があるの、だから君とか呼ぶの不便じゃない」
「……ジョー」
警戒から後ろめたい仮面に切り替わる、嘘か、なるほど。
まぁいいか、案内さえしてもらえたら。
「この界隈で、一番人が集まるカジノに案内してもらえるかしら」
◇◇◇◇
「ベット!500」
「っ!くそ」
おおお!と声があがる、会場は盛り上がっている、それもそのはず、イレギュラーな珍客のせいで場は荒れ狂い嵐になっている。
月の女神のような美少女がカジノ会場に入りたいと来たときには、オーナーは内心笑いが止まらなかった、無料で奴隷に売り飛ばせる商品が転がり込んできたと。
が、蓋を開けてみれば、あれよあれよという間に美少女は賭で勝ち巻き上げたチップの山に埋もれている。
気がつけば、カジノの資金が底をついている。
でっぷりと肥えたオーナーは怒りと動揺で体が震える、その時やっとゲームをやめてくれた美少女が此方を視た、その眼、なんてゾッとする眼。
美少女の桃色の小さな口が、自分に向かって声を放つ。
「ちょっとお話しても良いかしら?」
支配する強者の声だ。
「どうそ、こちらへ」
豪華なVIPルームへ案内し部下に目配せをして配置につかせる。
「今宵は楽しまれたでしょうか?」
「ふふ、そうね、お陰で資金もできましたわ・・で、相談ですけど」
何と言ってくるものやら、肥えた男は体を堅くし構えた。
「貴方のこのお金お返ししても宜しくてよ?」
「なっ!なんだと?!本当か!」
「その代わりお願いがありますの」
少女は花のように笑いかける。
「貴方、グランパニア国に伝がありますわよね?」
部下に目配せをして出ていかせた、ここから先は聞かれてはまずい。
部下が部屋から出るまで、少女は話すのを待っていた。
「マスクドウェル少佐、潜入活動って大変ですのね?」
冷や汗が流れる。
「貴方の本国に連れていって頂けないかしら」
◇◇◇◇
チリリンとドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませー」
カウンターの中でゆったりとお気に入りの本を読みながら、顔も上げずに適当に声をかけておく。
盗られて困る高級品は、店の奥に置いているから平気だ。
「リーディア!やっと見つけた」
ん?誰だ?本から顔を上げて客を見る。
のっぺらぼうの顔に驚きと困惑と歓喜の仮面をつけている。
んー?銀髪とあの体格と声は……ああ兄か。
「お客様?」
「お前の兄のレイザだ忘れたのか?!」
「…………」
攻略対象に成り下がった兄だが、2年ぶり今さら何の用件だろう?
ま、もう関係無いが、しつこそうだし色々話しておいた方が良さそうだ、椅子から立ち上がり、兄と向き合う。
「こんな所に、全く捜したぞ!」
「申しわけ御座いませんが、私には兄はおりませんが?」
「そ、そんな訳あるか!父上も母上もどれだけ」
「私は2年前に平民に落とされました、家族と呼ばれるそれが……私に罪を擦り付けました」
「あれには理由があってだな」
「リーンデール国の騎士服では無さそうですが、お辞めになられたのですか?レイザック・ハミルトン元公爵子息様」
「!」
「ふふ、確か2年前にリーンデール国は大変な醜聞があったとか、ま、もう平民の私には関係の無いことでございますが」
「関係あるだろう!殿下も側近も俺も異母妹のシンシアも処罰された!俺はお前を捜し出すまで国へは帰ってくるなと」
「ならば、一生帰れませんねぇ」
冷たく見つめると、兄は目を白黒させている。
「何故、私がお前の言葉通りにしなければ?」
ゆっくりと魔圧を兄にかけてゆく、濃縮された魔力に兄が震えている。
「リ、リーディア?」
「何か勘違いしてるようだから、この際はっきりさせるけど」
バキッ!
「ぎゃぅ!」
兄の右手の小指を魔力で折る。
自分の表情は抜け落ちている、兄に表情を作るのすら面倒だ。
痛みで店の床を転げ回っている。
「お前も、もう平民でしょう?知ってるのよ」
異母妹に骨抜きにされた子息達は僻地に使役に送られたり、勘当され平民になったりと色々あったがその家にまでは咎は及ばなかったし及ばないように立ち回ったのだ、しかし我が家は違う。
元凶の娘がいた家なのだ。
シンシアの嘘を鵜呑みにし長女に冤罪を擦り付け断罪途中で長女は失踪。
長女の婚約者である、聡明だった王太子を異母妹シンシアを使い傀儡とし国家転覆を謀った罪でとり潰しとなった。
領地、財産共に国庫を空にした賠償の為没収、処刑されないだけマシな話。
あの王子が叫んだ瞬間、全ての人のゲームが終わったのだ。
今さら戻ってこいなんてむしが良すぎますわ、国王様。
貴方もあの中で私を裁こうとした一人なのに。
過去をぼんやりと思い出すと、また怒りが溢れ出てきた。
ようやく、転がるのを止めた兄に言う。
「私、天眼持ちの聖女なんて呼ばれてるけど、お前らの未来なんか天眼で視なくてもわかるんだよ」
脂汗を流しながら兄は私を見上げた。
「お前ら、全員、破滅だよ」
転がっている兄をリーンデール王城に転送する。
どんな処罰をされるか知らないけど、いい加減にして欲しいものだ。
バタバタと店に護衛の男達が駆け込んできた。
「リー姉大丈夫!?」
「聖女様!魔力に揺らぎが!」
「聖女大丈夫ですか!」
「ジョーと護衛の皆さん、すみませんご心配をお掛けして」
「聖女に何かあったら我々が団長から殺されます!!」
「ふふふ」
心配してくれる男達にほほ笑みかける、あの時の子供も保護して連れてきた、今はきちんと顔がわかる。
実は、このグランパニエ国の人々の顔はのっぺらぼうではないのだ。
私のこの力を悪用せず、守ろうとしてくれる。
それだけでも、この国へ来てよかったって思える。
私は安心してこの国の人々と共に生きている。
これからもずっと。