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箱庭登録管理局は今日も増員申請中。

作者: ヒナタ


 世界とは儚いものである。


 朝一番に回ってきた昨日分の登録及び抹消関連の書類をめくりながら柄にもなく黄昏れてみたが、そうしたところで仕事は減らないので必要な部分を抜き取って処理していく。

 最近の滅亡原因はほぼほぼ脳みそお花畑が原因の内乱やら侵略。生まれてくるのも脳みそお花畑を体現したかのようなバグだらけの世界が大半だからしょうがない。設定がおざなりな上に『乙女』なんて冠するだけにターゲットが限られていて支持基盤が弱いせいでほんの少しヒビが入るだけであっという間に自壊していくのだ。

 この職場で働き始めてから早幾年。いつしか誕生の報にも滅亡の報にもアクシデントが起こらない限り動じなくなった。そもそも日にいくつも生まれてほぼ同じだけ滅亡しているのだ。感慨なんか起きようがない。局長なんか報告書を斜め読んで統計のデータを修正して即シュレッダー送りしているし、職員一同ほぼルーティンワークと見做している。なんで自分たちがこんな面倒くさい仕事をなんて思っても口にしちゃいけない。


 だって、ここで働く職員はほぼほぼ全員が、この職場が生まれた原因であるからだ。


 生まれたばかりの世界は箱庭といった方がふさわしいほど脆弱だ。さらにその世界の理をろくに構築しないままに生み捨てられたらもう目も当てられない。

 かつては世界の誕生など年に片手で数える程度でも多いと言われてたし、滅亡も同じようなものだった。もともと『箱庭』が『世界』に相応しいまでながらえるのは砂漠からひと粒の砂をより分けるほどに困難なものだったのだ。創造主から生み出されたいくつかの兄弟姉妹を神とした世界、さらにそこに住まう者たちが作り出した、いわば孫ひ孫の世界。特に地球という惑星を中心においた世界において文明が発達し、魔法に頼らない技術が花開いたことが功罪を産んだ。君主制が廃れることで、トップの一声で戦争を起こすことも難しくなり、平和の中で技術が次々と民間にも降りてゆき、世の情報をある程度は指先一つで収集できてしまう時代が訪れた頃から、かつては限られた者しか発信できなかった『物語』や『ゲーム』といった『箱庭』を誕生させる最低条件を満たす者が爆発的に増えた。特にその引き金となったのは『インターネット』の誕生だろう。そりゃもう、それまで創造主が趣味感覚で箱庭運営していたのがおっつかなくなって狼狽えたくらいに、それは突然のことだったそうだ。そのせいでその他の仕事が滞り、子どもたちからの苦情に辟易した創造主は閃いた。


 無責任に箱庭を生み捨てたなら、その本人たちに責任を取らせればいいじゃないか、と。


 そんなわけでこの職場の前歴には元ゲームクリエイターとか、元アニメ製作者とか、元編集者とか業界関係者がゴロゴロである。ごく狭い業界関係者から引き抜いているだけに前世からの知り合いが最低2、3人はいるので、新人が入ってもいまいち新鮮味がなかったりする。

 俺の場合、デスマーチで無茶して寿命縮めて、目がさめたら創造主にほぼ強制的に転職先斡旋である。なにそれ就職前からブラック確定じゃん! と叫んだのは俺だ。多分他にもいる。

 ちなみに、拒否して即転生もできるがその場合、来世では『物語』や『ゲーム』といった娯楽からは程遠い世界での転生が確定だと言われて絶望した。


 ……拒否なんか無理に決まってんじゃん。


 死ぬまでワーカーホリックブラック上等で娯楽業界に人生捧げたような前世を送った俺らが、来世は娯楽なしって、記憶無しで生まれ直しだとわかっていても無理だった。足元見やがって畜生。俺らは娯楽に弱いんだよ!


 ちなみにいくら生み捨ての元凶であっても、小説家や脚本家漫画家などの創作者は拾われて来ない。奴らは想像やインスピレーション大事の感覚で物事を判断する傾向があるので、管理者には向かないのである。というか、かなり早い段階で創造主が痛い目にあってタブーとなり、業界関係者でも管理職とか裏方の実務向きをメインにひっぱってくるようになったそうな。うん、俺らも前世で苦労したから想像つく。

 たまーに元ヲタクな事務に強い人も勧誘されてくるけど、彼らの場合は拒否しても転生先に娯楽無しなんて脅しは無いそうな。彼らの報酬は『二次元がリアルな世界を覗き見られる』ことである。彼らの内定率は高いが職務がおざなりになったら即転生です。羨ましい。

 むしろ俺らも早くお勤め終えて転生してのんきに娯楽に浸りたい。ここにスカウトされてくるメンツは大抵前世で仕事を頑張りすぎていたせいでお勤め期間が長い。長すぎる。あああ……。


 話は戻るが創作者が面倒臭いのは鉄板だがその中でも一部の素人創作者やデビューしたものの本人の評価と現実の落差に鬱々している手合は扱いが輪を掛けて面倒臭い。大抵は己が素人であるとレベルと現実を自覚してるので良いが、なぜこの素晴らしい才能が埋もれなければならない! の勘違い自信満々系とか、自分なんか自分なんかチラッ、みたいな卑屈謙虚自意識過剰系はたいていアドバイスしても悪い方に曲解して被害者妄想にふけるのでほんっとうに心の底から面倒臭い。

 同僚にこれを愚痴ると眉間にシワを寄せてうんうんと頷いてくれる。特に持ち込み対応に辟易してた元編集者とか。無料投稿サイトの元管理スタッフとか。


 ちなみに俺はカルトなエロ漫画雑誌の編集でした。でも、箱庭を生み出すような作品を手掛けたことはないので、ここで働いていることがなんだか解せぬ。しかも妙な所で真面目な創造主の意向で18禁とかR指定とか犯罪倫理にはNG指定が飛んできたりするので余計解せぬ。いや、俺tueeチートハーレムな貞操感覚が常識なんて設定が長持ちする訳もないので、無駄な労力を使わないで済むからある程度間引いてもらえるならこちらとしてもありがたいんだけれども。ついでに二次元でチートハーレムエロエロはオカズになるかもしれんが三次元でやられるとうんざりしかしないので厳選してくれるのは管理者側からしてもありがたい。この職場に居ると覗き見しすぎて色々悟って賢者もかくや、といった領域に達してしまうのだ。そういう意味でも早く転生したい。


 で、ある程度創造主が間引いてもなお増え続ける一方の箱庭たちを現状で大別すると、正統派ファンタジーRPG的箱庭と、召喚勇者系ファンタジー世界に妄想乙女ゲーム箱庭と、その派生のざまあ系創作、または有名漫画小説が元ネタの転生風箱庭である。


 割と正統派ファンタジーは放っておいてもそこそこ自立する。だって、油断したら即死のシビアな世界なのでよっぽどのことがない限り転生者のテコ入れは要らないので異物による世界の混乱が起こりにくいからだ。


 問題は召喚系勇者(聖女)を要する箱庭である。ぶっちゃけ召喚なんて異世界拉致誘拐だし、どんな言い訳をしたところでそんなもんやらかす政の国や常識に期待できるはずもない。

 そもそもお花畑か厨2を拗らせてでもいなければ異世界人からしたらなんでなんの縁もゆかりもない加害者でしかない奴らに偉そうに命令されにゃならんのかとか、てめえらに都合の良いように取り繕ってはいても要するに危険も責任もおっ被せたいだけだろが、としか思えないわけで。

 たまにお人好しな召喚者が現れるがお前らが後先考えずにホイホイ飴をやるから被害者が増えてることに気づけー、と傍観者として思う。当事者としては自分の居場所とか身分保証的に断れないのもあるだろうが。

 まあそこそこ長持ちはするが後始末がすんごく面倒臭いのがこの系統の箱庭である。

 もの凄い壮大な世界観で召喚勇者とか担当に回されたら箱庭崩壊までブラック業務が確定になるので不人気である。そこまで壮大な世界観なのになんで他所の世界から召喚しないと解決(討伐)できないのか実に疑問に思う。ホント自前でなんとかしてほしいものだ。

 たまーに、召喚勇者がクズ過ぎて見切りをつけて自分たちでなんとかしちゃって「箱庭」から「世界」に昇格した、なんてものもあるので多分どこでだって不可能ではないはずなのだが。少ないのは面倒を押し付けられると分かっているなら任せたい小市民的発想の人間が大多数だからだろう。


 で、残りをざっくりまとめてインスタント系恋愛箱庭と俺は呼んでいる。

 これが実にいろいろなパターンがあって面倒臭いのだが、これが長持ちするかどうかは「ゲーム」や「物語」が終わった時にどれだけ現実の政や常識と乖離しているかいないかによる。

 していてなお「補正」で突き進むなら放っておいても自壊する。そもそもの世界観がガバガバなので、すぐヒビが入ってモロモロと崩れ落ちていくのだ。

 提示された世界が地球で例えるなら欧州部分だけ、その周りの国に行こうとしたら奈落に落ちるか透明な壁に遮られて進めない。けれどその先にどういう国か誰も知らないし国交も無いのに「国は在る」と認識されている、みたいな具合に矛盾を強制的にスルーさせるるという「補正」が働く。もちろん矛盾であるし、箱庭維持の最大の弱点となっている。

 転生者がいればそこを二次創作的に想像力で補ってよくある「日本的東国」なんてものや「アジア的南国」なんてものが追加されて箱庭の補強となるのだが。しかし、転生者は世界観を安定させるばかりでなく人柄によってはお花畑ビッチが政も貞操感覚的常識もかき回したりするので、なかなかバランスが難しい。

 実は「転生風」なのに本物の転生者率が一番高いのがこのインスタント系恋愛箱庭である。お花畑系転生者は本人の欲望のために本来の魂を蹴り出して成り代わっているパターンが殆どだが、それ以外だとお花畑の対抗などのテコ入れの為に創造主が引っ張りこんでいるパターンもある。ちゃんとお願いしている場合もあるが、大抵はロクな説明も無くなので、個人的には拉致誘拐……と思っている。まあ、異世界召喚と違って転生なら身分は保証されているし、一度きちんと生を終えての転生先斡旋なので輪廻転生の理から外れてはいないので、マシかなぁと思わなくはないが、褒められたもんでもない。

 創造主に逆らうような考えを意外かと思われるかもしれないが、こちとら半ば脅されてこの仕事してるわけで、創造主だからといって盲目に従うつもりはないのだ。実際、筋さえ通せばその程度のことは許されているし。

 そんなわけで直接関わり合えないものの、テコ入れ転生者にはうっすら仲間意識みたいなものがあったりする。否応無しの巻き込まれなのは同じだからな。お花畑? 現実見えてないビッチなぞムダな仕事を増やす厄介者以外何者でもないが、何か?


 実際のところ夢の詰まった恋愛ゲームで国を救うのは自称真実の愛を安売りするお花畑転生者よりも現実とゲームをきっちり切り替えられるお仕事できる系現実主義転生者なのである。そんな現実主義転生者たちも「補正」には苦労するようだが、地球の悪役令嬢ざまあ小説なんてものを参考に乗り切ったりしているようである。


 本当に地球人のもうそ……想像力は恐ろしいくらいである。


 乗り切った後で「続編なんて聞いてないー!!」なんていう悲鳴もたまに聞こえたりするが、まあそこまでたどり着けたなら多分続編とかちょろいよ、きっと。君らたくましいし、うん。頑張れ同じ仕事増えるにしても建設的な方向の方がやりがいがあるからな。ここまで安定させてあれば多少のバグなら修正の許可が降りる筈だ。

 そっと箱庭の蓋をもとに戻して次の箱庭を覗いてげんなりとする。そろそろだとはわかっていたが、お花畑病の伝染力と脳細胞死滅の速さには恐怖しか感じない。

 あー、またアホな顔だけ王子が盛大に婚約破棄宣言ですかー。せっかく最高の教育受けられる立場のくせに税金ムダにして。あそこは箱庭の安定率が高めだからと救援として創造主の判断で悪役令嬢役に頭の回る転生者が飛ばされてるけど廃嫡されないで済むといいねえ。

 ……みたとこ多分無理だろうだけど。

 むしろ「箱庭」から「世界」に昇格させるなら廃嫡一択だけど。でもアホ王子の兄ちゃんの王太子も若干難ありなので騙されずに逃げ切ってほしいところだ。散々真実の愛のとばっちりをくってきたのだそうそうひっかかるまい。優秀だが腹黒粘着気質なのは付き合いの長さで気付いているようだし。

 まあ、俺はあくまで傍観者であり、管理者という名の始末屋でしかないので、頑張れとしか言えないけどな。


 まあ、そんなわけで今日も俺たちは担当しているいくつもの箱庭の蓋を開けてはのぞ……見守りながらぼやいている。仕事増やさんでくれよ、と。




 あー早く娑婆に戻りたーい。なんちて。






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