いつかまた出会うときに
前回、途中で終わったので、その続きからとなります。
崇は涼太と雄太を背にプールに近付いた。そして右手首までプールの中に浸けた。そのまま目を閉じ呪文を小声で唱える。二人は黙って崇の後姿を見守った。
崇が呪文を唱え始め少ししてから、ほとんど静かだった水面が少しずつざわめき始めた。
「うっ」
崇が小さく呻いた。
「!?」
涼太と雄太は崇の側に行こうとしたが、崇は左手でそれを制した。呪文は続いている。二人はそこで立ち止まった。崇は軽く微笑むと、また目を閉じた。水面はざわめきつつも、先程のような攻撃性は見られない。鈴音は祈るように目を閉じている。20分ほど経った頃だろうか、崇がプールから右手を出した。
「そういうことでしたか…。うーん、どうしましょうか…」
崇は考えるようなそぶりをした。
「崇!どうだったんだよ」
「何か分かったか?」
涼太、雄太、鈴音は崇の側へと駆け寄った。
「はい。どうしてここにババさんがいたのか分かりました。あの方は本当に鈴音さんを大事に思ってくれていたようですね」
崇は優しい顔で鈴音を見た。
「なぜあそこにババさんがいたかを伝えたいけど、まずはこの場から離れましょうか。もう時間も時間ですし」
辺りはまだ明るいが、時間はすでに7時を回っていた。
「そうだな。腹減ったし、今日こそラーメン!絶対ラーメン!!」
雄太は力いっぱい訴えた。
「今日は誰もいないから、うちに泊まりに来ると良いですよ。皆さん、一度家に戻って、お泊りの準備をして来てください」
崇はニッコリと言った。
「色気ある誘い文句を男に言われると何か醒めるな」
雄太は力が抜けた顔をした。
「では一度、家に戻って準備をするか。雄太、ラーメンは崇んちで食べたら良い」
「そうだな。そうするわ」
そういう雄太のお腹からはグウウとお腹が鳴った。
『…わらわは学校からは出られんぞ…』
鈴音は冷たく、そして少し悲しそうに言った。
「鈴音さん、大丈夫ですよ。僕と一緒なら出られます。僕はあのリボンをずっと大事に持ってますから」
崇はそう言うと胸ポケットから赤いリボンを取り出した。
「僕はこのリボンにおまじないをかけてます。僕がこのリボンを持っている以上は鈴音さんは僕と行動が取れますよ」
崇はそういうと鈴音に手を差し出した。
「さぁ、鈴音さん。僕と一緒に行きましょう」
『…うむ』
鈴音は崇の手を恐る恐る取った。
そして3人と姫は学校を後にした。
「うんめぇ!崇!このラーメン、めっちゃうめぇよ!」
「崇は何でも出来るからな。この焼き飯も美味い!」
「はは、そんなに褒めないでくださいよ。有り合わせの醤油ラーメンと焼き飯なんですから」
「いやいやいやいや、腹が空いてたことを差し引いても、これは美味い!チャーシューもたまらん!」
「そうだよ。単純な食材でここまで焼き飯を美味く作れるのは凄い。パラパラだしな」
「ありがとうございます。いつも褒めてくださるので作り甲斐があります。あ、ちなみにチャーシューは僕のお手製です」
涼太と雄太は一度家に帰ってからお風呂に入り、着替えを持って崇の家に着くといなや良い匂いが自分たちを出迎えたので、すぐ食卓に向かった。三人の家は歩いて2~3分と近く、よくお互いの家に泊まりに行っていた。なので家族も反対なくスムーズに泊まりに行かせてくれるのだ。
『お前たち…よくそんなに食べれるな…。見てるだけで気持ち悪くなる…』
鈴音は食卓から少し離れた居間の隅から見て言った。ちょうど、その場所は食卓の光が影を作っており、薄暗かった。
「ブホッ!す、鈴音さん!そこはヤバいって!ただでさえ鈴音さんは、そっち系の方なのに、そんな薄暗い所に行かれたら恐怖しかないって!」
『ほぉ?』
鈴音はニマッと笑った。
『怖いのか?雄太は怖がりだったものな』
「こ、怖くはないぞ!ただヤバいって言っただけだ」
それを人は怖いという。崇と涼太は思った。
そうこうして楽しいお食事会も終わり、片付けをし終えた後、本題へと入った。
「まずは鈴音さんが気になっているであろうババさんについてですが、ババさんは鈴音さんが人柱にされた後、後を追うように滝へと身を投げてます」
『!』
「!?」
崇の言葉に皆、絶句した。
「今日、僕がプールで行っていたのは、そこにいるモノの正体、思いを探ることでした。今回、ババさんの存在があったので集中的に見たんですが、鈴音さんへの思いが本当に強かったです。大事に大事に思っていました。そして、鈴音さんと同じように人柱へと選んだ人たちを恨みつつ、しかし仕方がなかったことも分かってます。誰かがやらねばならなかったから。自分が代わりになってあげたかったと。しかし人柱には生娘ではいけないと決まりもあった。だから後を追うことを選んだ」
『ばば…』
「そして、なぜ今回ばばさんは学校のプールに現れたのか。それは水が関係してました」
「水?」
「はい。ルサールカという名前は知ってますか?」
「いや、知らないな」
「聞いたことがない」
雄太と涼太は言った。鈴音は頭を横に振った。
「ルサールカとは水の悪魔と言われています」
「!?」
『悪魔?』
「あぁ。鈴音さんの時代で言えば悪霊、怨霊もしくは鬼と言った方が良いでしょうか。ルサールカは水の妖精であり、悪魔であると言われてます。ババさんはルサールカに捕らえられているのです。いえ、自らルサールカになったと言えるでしょう」
「どういうことだ?」
涼太は聞いた。
「ルサールカは水で亡くなった方がなるからです。もちろん水で亡くなった方全員がなるわけではありません。それだけの思いがあればこその存在です。そして、そのルサールカにババさんは自我を失った状態であると言えます」
『じゃが、ババはわらわを分かったぞ』
「はい。ババさんは鈴音さんを見て、一瞬、戻ったようです。しかし、またルサールカとなった。ルサールカは悪意が強く、僕も少し瘴気にあてられたのですが、幸い軽いものでした。そしてプールにいたのは無意識に鈴音さんの気配を学校から感じ取っていたのでしょう」
「どうすればババさんを助けられる?」
雄太は崇が瘴気を浴びたであろう瞬間の事を思い出しつつ聞いた。
「ルサールカとしての力を弱めれば大丈夫なんですが…」
「?なんかあるのか?」
「ルサールカはとても美しい女性なので…まぁ…何と言いますか…佐藤君が適任なのかなぁと…」
崇は歯切れ悪く、そして苦笑いをしながら言った。
「俺?俺、そんな大役できんの?」
「なるほど。そういう事なら雄太が良いだろうな。幸い明日は休みだ。朝から行くことにしようか」
「え?え?どういうことだ?」
「そうですね。では、今日はこの辺にして明日に備えましょう。雄太も寝ますよ」
崇と涼太は戸惑っている雄太をよそに、布団に入った。雄太もこれ以上は聞くことができないと判断したのか、ノソノソと布団に入った。鈴音はそんな三人を見届けた後、スゥっと家の壁から抜けだし、屋根の上から学校の方を見つめた。
次の日、崇、涼太、雄太、鈴音は学校へと向かった。
「佐藤君、僕はルサールカを呼び出しますので、そしたら話しかけて下さい」
「日本語、通じんの?何て話せばいい?」
「お前がいつも女子に話してるように話しかけたら良いんだよ」
「そうですね。普段から女性に声をかけているようにお願いします」
「そんなんでいいの?…なんかちょっと癇に障る感じがあるけど…。まぁ、普段通りでいいならナンパっぽく行こうか。俺の得意分野だぜ」
そうでしょう。崇と雄太は、そう思った。やる気に満ち溢れた雄太は容姿を整えた。
『三人とも、わらわがこんな事をいえる立場ではないのじゃが、どうかババをよろしく頼む』
鈴音は頭を下げた。
「まっかせなさい!」
涼太は胸を張って言った。崇と涼太は鈴音を優しく見た。
崇はプールに近付き、前と同じように右手首まで水に浸し目を閉じた。そして呪文を唱え始めると、前回よりやや大きく波打ち始めた。水しぶきが崇にかかる。崇はそれを気にせず呪文を唱え続ける。そして、それはプール上に姿を現した。
腰まである、長く艶やかな水色の髪、透き通るような肌、瞳は大きく明るい緑、小さな鼻に小さなピンクの唇。年の頃は18歳くらいだろうか。スタイルも良く、さすが妖精と言われるだけある。いや、簡単に男を意のままに操れそうな雰囲気は悪魔そのもの。とにかく惹きつけられるだけの魅力がある。
「う、わ」
雄太はルサールカを見て、心が奪われそうになっている。涼太は、そんな雄太の背中をバシッと叩いた。
「自分の役割を忘れんな。しっかりしろ」
「お。おぉ。悪い。サンキュー」
涼太に喝を入れられた雄太は、気合を取り戻しプールサイドまで近付いた。
「初めまして、俺は雄太って言うんだけど、君は何て名前?」
『…』
「あれ、だんまりかぁ。君、めっちゃ美人さんだね。俺、こんな美人、初めて見たよ」
『…』
「君、何歳?こんな所にいてもつまんなくない?俺と喋りしようよ」
『…おまえ…』
「うん?」
『お前、嫌い。死ね』
ルサールカはそう言うと水を刃に変えて雄太にめがけて放った。
「うおっ!?」
雄太はギリギリに交わした。
「雄太!」
涼太は叫んだ。崇も閉じていた目を開けている。しかし、呪文は唱え続けている。
「崇、そのまま続けてろよ。お前はお前の仕事しろ」
雄太はルサールカから視線は反らさず言った。崇もそれに応じて再び目を閉じた。
「雄太、大丈夫か?」
「あんな美人、簡単に落ちちゃ面白くない」
雄太はそう言うとニヤッと笑った。ふと気づくとルサールカの様子がおかしい。何やらモジモジと体を動かしている。崇の呪文が効いているのだろうか。しかし、よく見ると何やら頬に赤みが見えるような…。
「どうかし…」たのか、と雄太が言葉を続けようとすると、ルサールカはキッと睨みつけ
『お前は嫌いだ』
と、先程と同じように攻撃をしようとする。
「危ない!」
涼太が雄太の前に立った。するとルサールカは攻撃の手を緩め、またモジモジと体を動かす。
いや、おい、待てよ。
雄太は何やらとんでもない感が働いた。
いや、まさか、そんなはずは…。俺を差し置いてまさか…。
「ちょ、ちょっとすいません…」
雄太は涼太を自分の前から押しのけ、前へ出るとルサールカは睨みつけてくる。そして押しのけた涼太を自分の前に連れてくるとルサールカはパッと表情を変え、恥ずかしそうに見ている。
マジか…
雄太は憶測が確信に変わった。
「おい、雄太。さっきから何やってんだよ!真面目にしろよ!」
まだ分かっていない涼太は雄太に怒る。
「俺じゃ無理だよ」
「どういうことだよ」
「あの子、お前に惚れてるぞ」
涼太からしてみては目から鱗の話だった。当然だが頭が追い付かない。
「はい?」
「だ~か~ら!お前に気があるから俺じゃ無理なの!俺だと殺される」
「…はい?」
「俺は死にたくないから降りるの!あとはお前がやらねぇと無理だっつってんの。疑ってんなら聞いてみろよ。俺ん時は名前すら言わずにいたのが、お前ならどう出るか」
雄太は両手を挙げて後ろへと引き下がった。前のほうに取り残された涼太は、いまだ半信半疑のままだが、恐る恐る話しかけた。
「あなたのお名前、教えてくれますか?」
『ルサールカ』
教えてくれた!!
驚いた表情で涼太は雄太を見た。雄太は「だろ?」と顔で言った。
「どうも、この件に関しては北倉君じゃないとダメみたいですね」
「崇!」
涼太は後ろから声をかけてきた崇に驚いた。
「呪文はいいのか?」
「はい。先ほどまでは無理やり姿を出していただいてたんですが、どうやら今は消えるつもりがないようですよ」
崇はニッコリ笑って涼太に言う。
「お、お、お、俺は無理だぞ!?俺は女に興味がないんだ!どうやっていいか分からん!雄太の方が適任じゃないか!」
「お前なぁ、俺をどう見てたんだよ。お前も男だろ。そろそろ女に興味もてよ」
「無理無理無理無理!俺はマシェリを裏切れない!」
「人助けじゃん。マシェリもそんな小さいやつじゃないだろ?」
「マシェリはとても寛大なんだ!マシェリは許してくれても俺自身が許せれないんだ!浮気なんてもってのほかだ!」
「北倉君、どうしてもダメですか?」
「悪いけど、この件は俺には無理だ」
「そうですか…。…では、涼太」
崇が涼太を名前呼びした瞬間、涼太はビシッと体が固まった。
「お願いできますか?」
崇は優しく言った。
「………はい」
涼太は弱々しく言った。
涼太はマシェリを胸ポケットから出し、「大丈夫、俺はマシェリだけだから」と何度も小声で言った後、覚悟を決め、マシェリをポケットに戻しルサールカの方へと近付いて行った。
「んん!先ほどは失礼した。自分の名前を名乗らず先に女性に名乗らせてしまった事を謝罪する。俺は涼太という。ルサールカさん、俺は回りくどいのは苦手なので率直に聞かせてもらうが、あなたの中にババさんを解放していただきたい。お願いできないだろうか」
涼太は軽く咳払いした後、やや硬い顔でルサールカを見て言った。ルサールカは涼太の顔を横目で見ながら少し頬を染めて言った。
『解放したければ私の言うことを聞いてほしい』
「言う事とは?」
涼太は嫌な予感がした。
『そこのもの』
ルサールカは崇を指さした。
『お前なら私をこの場所から動けるように出来るな?』
「はい。この瓶に少しのプールの水を入れると、そこを媒体にして行動範囲を広げることができます」
崇はそう言うと自分のカバンから親指大ほどの小さな小瓶を取り出した。
なんでそんなもん、持ってんだよ、と涼太は心の中で突っ込んだ。
『なら話は早い。涼太、その瓶を持って、私と共にいろんな所へ行ってほしい』
「いろんな所とは…?」
涼太は思わずゴクンと唾をのんだ。
『こっちの世界ではデート、とかいうものだ』
「でーと…」
『私を楽しませてくれたら解放しよう』
「分かった。楽しくできるかは分からんが、善処しよう」
涼太は強張った表情で言った。
「話は決まったようですね。では、先程この瓶にプールの水を入れて呪文をかけておきましたので、これでどこでも大丈夫ですよ。ただ気を付けておいてほしいのは絶対に瓶を割らないこと、中の水をこぼさないこと。それだけは守ってほしいです」
「分かった」
涼太は崇から瓶を受け取った。
ルサールカはフワッと涼太の側に降り立ち、そしてニコッと笑顔を見せた。普通の男なら、この笑顔でイチコロだろうが残念ながら涼太は冷汗が出るだけだった。ルサールカに笑顔を返したつもりだが顔が引きつっている。
「とりあえず、デートとは言っても崇や雄太が一緒でも良いか?」
『…離れてなら…』
ルサールカは少し拗ねたような顔をした。
「おいおい。涼太。俺たちは邪魔する気はないぜ?」
雄太はニヤニヤして言った。
涼太は、ふざけんな!と言わんばかりに雄太をキッと睨みつけた。




